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74枚目

 家田杏里、遂にプールサイドに立つ!!前よりは少しだけテンション抑えめだったものの、少し気分が高揚していたのか、つい握りこぶしを腰に当てて胸を張ってしまった。恐らく全宇宙でも、水着を着ただけでプールサイドで偉そうに仰け反る人間など皆無であろう。その自覚は十二分にあった。

「お、家田ぁ水着着てんじゃねーか」

 遠くの方で色々と授業の準備をしていた安藤先生が、私の方に近づいてきてそう声をかけてきた。

「そうですよ先生。言ったじゃないですか!今年は私、プールに入りますって」

「前回ふざけた水着持ってきたからまたいつもの妄言だと思っていたがな」

 私は頬を膨らました。昔の昔、私はここで触れたと思うが、如何せんこの星の人は昔の失敗についてグチグチねちねちと触れたがる。1つの失敗を大げさにかつ過剰に反応するところは、何をどう考えても劣等種族としか言いようがないだろう。まともな文明人というのは、そうした過去に囚われず今を真摯に受け止めるものだろう。そう思いつつ私は当時のことを思い出して恥ずかしくて仕方なかった。

「ま、まあ?この星の人間と違って私は約束は守るからな」

 これも一種の照れ隠しだ。無論向こうの反応は悪い。いい加減、私を宇宙人と認めろよと訴えたくなった。

「まあそれはどうでもいいが、それより…なんでもうゴーグルをしているんだ?まだ授業までは時間があるぞ?」

「何言ってるんですか。私の邪眼には地球を滅ぼしかねない…」

「準備の時はとれ。目立つだろ?」

 安藤先生は私の説明をしょっぱなのしょっぱなで遮った。無論私も抵抗する

「いやです世界が滅びます」

「……いいからとれ、教師命令だ」

「ならプールの授業に参加しません」

 最後通告を出したのはむしろこちら側だった。私はゴーグル越しに安藤先生にがんつけた。その鉄の意志を感じたのか、今回は向こうから折れた。

「……仕方ないな」

 私は大きくガッツポーズをとった。よしゃー!!!と叫んでいたかもしれない。

「???どうしたんですかー家田さん」

 とここで、ゴーグルを忘れたと一度更衣室に帰っていた姫路が、再びプールサイドに戻ってきた。スクール水着の上からでもわかる、いやむしろスクール水着だからこそ強調されるボディーラインが、まぶしくてまぶしくて羨ましかった。分不相応だろという心の声は、無論奥底の奥底で蓋をした。

「なんか偉く大声のガッツポーズが聞こえたけど?」

 隣には結城が立っていた。相変らずの腹筋と胸筋である。こんな体の帰宅部なんて反則だろうと同じ帰宅部として声を大にして言いたい。

「あー良い所に来た。おい結城、姫路、こいつをゴーグル取るよう言ってくれんか」

 卑劣な!私はきっと安藤先生を睨んだ。私の必殺技不満げ100%のジト目も、この時ばかりはゴーグル越しであったため威力半減だった。しかしながらよく考えたならば、彼らが私に説得に来るなど杞憂も良い所だった。

「何を言ってるんですか?安藤先生、前も言ったじゃないですか!家田杏里は宇宙人であると。彼女は世界を滅ぼしうると。実際に5月僕は……」

「あーはいはい、結城に頼んだ俺が馬鹿だったよ」

 5月と言えば、私と結城が初めて話したときのことだろうか。私の知らない所で、彼らは何かしらのコミュニケーションをとっていたということか。私は少しだけその内容を知りたくなった。

「おい姫路、ちょっとこいつを…」

「何を言ってるんですか先生!!家田さんは裸眼を晒したらこの星を滅ぼすんですよ!」

 おおナイスだ姫路。安藤先生は完全に顔を歪ませてしまった。自分の思い通りにならなくて残念だろう。

「先生、これが集団洗脳というやつですよ!」

 私は調子に乗ってそう畳みかけた。

「集団洗脳…流石です家田さん!!」

「あれ?なんか俺もアルフェラッツ星人だった気がしてきた…」

「……おまえら、楽しそうだな」

 完全に呆れた安藤先生だったが、その中でほんの少し笑みをこぼしているのを、私は見逃さなかった。まあ彼には迷惑もたくさんかけてきたからな。感謝しよう。ゴーグルはとらないがな。

 しかしながらその後、会うたびに誰かに会うたびにゴーグルをとらないのか聞かれ続け、面倒くさくなってしまったのは内緒だ。それでも準備体操の時も決して外さなかったのは、この世界を思ってのことであり、評価していただきたい。


「家田泳げんの?」

 有田が聞いたから私は無言で頷いた。

「家田さん大丈夫?泳げる?」

 隣にいた阿部もそう聞いてきた。だから泳げるって言ってんだろ?

「つうかそもそも足着くのかよ」

 高見の手厳しい言葉が飛んできたが、無論無視をした。

「もちろん着くにきまってるじゃないですか!家田さんは高校生ですよ!」

 姫路の反論の声がでかかったため、先生に私語がばれてしまった。

「おいこらそこ私語をするな。家田の心配なんて余計な世話だぞ」

「……先生、なら手に持ってる浮き輪を片付けに行ってくれませんかね?」

 私はだみ声で注意しつつもしっかり右手に浮き輪を持つ先生に苦言を呈した。

「……いや、いるかもと思ってな」

「いるわけないでしょ。だから、ビート版もなしに泳げますって。これも返却しますよ」

 なぜか渡された私専用のビート版は、明らかに小学生が使うやつだった。それを投げつけるような気持ちで先生に渡して私はプールに入った。暑い暑い夏の日にピッタリな、とても冷たい水温だった。出席番号の兼ね合いで、阿部と有田と私が真っ先にプールへ入る権利を得ていたのだ。

「大丈夫か家田?しんどくなったら立っていいからな」

「大丈夫ですよ」

 しかもしっかり一番手前の先生側のレーンにいた。

「無理はするなよ?」

「しないですよ」

「足つったら言うんだぞ」

「わかりました」

「水温大丈夫か?冷たすぎやしないか?」

「大丈夫ですよ」

「やっぱりビート版…」

「先生が一番心配してるじゃないですかぁ!!」

 ベストなタイミングで嘉門が大声でツッコミを入れた。少し鼻につく声色が、この時ばかりは爽快だった。爆笑に包まれるクラス。しかし私としては嘉門の言葉に完全同意であった。少しだけむすっとしつつ、しかし心は暖まった状態で、私は壁に背中を付けた。

 ピッという笛の根を聴き、私は不格好にもバシャバシャと泳ぎだした。

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