70枚目
この国には様々な娯楽がある。趣味の多様さという点に関しては残念ながら、我々の文明よりも一歩先んじているといっても過言ではないだろう。例示すれば枚挙にいとまがなく、外に出ない趣味だけでも読書、漫画、アニメ、ゲーム、テレビ、映画鑑賞、音楽鑑賞と様々だ。更にその中にも様々な種類があり、本にはライトノベル、大衆小説、純文学などあり、それぞれの読書層や作品の雰囲気に差がある。それはゲームや映画、音楽になればもっと顕著で、もっと多様だった。このように、その人の趣味というのは限定的な枠組みに組み込まなければ中々正確に把握しずらいものであることが多い。これは地球に来て最も関心を持っていることかもしれない。流行というものと別に、このように様々な趣味が発達した背景を探るというのは、この国、さしてはこの星について正確に理解することにつながると、私は考えていたのだ。
一方でアウトドアを主な趣味にしている者もいるだろう。アウトドアと言えばボーリング、スポーツ、キャンプ、登山…そんなところだろうか。私自身がインドア派なので、あまり明確な把握ができなかったが、こちらも恐らく多種多様な文化が形成されているに違いない。こうしたことに挑戦することも、これからの課題である。しかしこうしたアウトドアの一番の欠点は、中々一人では実行できないことだ。またある程度の運動神経と体力も要する。どちらも絶望的な私が、これらのことを敬遠してきたこともよくわかるだろう。
地球の娯楽を大きく分けるとこのようにインドアとアウトドアに分けられるが、その中間ともいうべき性質を持つ娯楽も存在する。その例として挙げたいのは、カラオケだ。
厳密にはカラオケは外に出ないとできない。しかしアウトドアと言われると、何か違うとなるだろう。ボーリングなど室内ながら体を動かすわけでも、自然を楽しんだり仲間と何かをする場ではない。しかしインドアというのにもまた抵抗がある。基本的にカラオケは誰かと行くものであり、また室内ながら自宅の中では中々できるものではない。このように、二つの派閥の中間にあたる緩衝材、これがカラオケである。しかしながら最近はヒトカラというものがブームになり、1人でカラオケに行くことが何ら問題ではなくなってしまった。少しインドアの方に軸足を移したという所か。しかしながら私は、1人でカラオケに入る勇気も、歌う曲の知識もなかったため、やはり敬遠していた。
「そういやさ、家田明日クラスの打ち上げでカラオケいかね?」
うん、知ってたんだ遠垣が言ってたからね。私は不思議に思っているんだなんでえ違うクラスのあの子が知ってて私には知らされていないのか。そんな思いも込めて有田を睨んだが、無論有田がそんな気持ちを組むはずもなく、徒労に終わることを知りながらも私は睨まざるを得なかった。
「19点差をひっくり返された戦犯が行くのはちょっと…」
「いやいや、結局勝ったからいいじゃん」
こいつは本当に能天気だな。まあ事実、私達が敵チームの女バスにけちょんけちょんにされて逆転されたのだが、最終的には裏の男子が手に汗握る大激戦を制し、1点差で勝ったのだから、終わってみたらオールグリーンなのかもしれない。
「それに、家田さんだけの責任じゃないですよ」
そう言って姫路も後ろで肩を落としていた。まあな。濱野は元々スポーツ得意ではないし、姫路はパスが全部力強すぎて取れないし、出森と高見は試合中も喧嘩してるしで中々に最悪なチームだった。無論私は動揺しすぎてただでさえ力になれないのにさらにダメダメになっていた。完全な自滅である。
「まあ、怪我なく終わってよかったってことで!良かったじゃん」
そしてなぜか結城は明るい声を出していた。なんでお前が明るいんだよ。さっきまでお通夜みたいな顔をしてたってのに。それでも少し、いつもの結城に戻ってきた気がした。
「なんでお前元気そうなんだよ」
無論有田は遠慮なく尋ねるが、
「俺10点決めたし、万々歳だわ」
そう爽やかに返していた。うん、結城だ。爽やかな中に少しのねっとり感を感じる結城らしさだ。馬鹿にしている?いやいや褒めているのだよ。まあ1つ心配している点は、未だに彼が沢木と一言も話していないことだけだった。
「で、家田は来るの?カラオケ」
有田は話を戻した。場所は放課後の学校、流れ解散になりみんな徐々に帰る支度をする教室の中だった。私は返答に窮した。いや別にボーリングほど嫌がっていたわけではない。今回は運動神経関係なさそうだし。しかし一つだけ致命的な問題があった。それは、私がこの国の歌をあまり知らないことだった。これは仕方ないことだと思う。だって私は宇宙人なのだから。3年前にこの世界に来たばかりのアルフェラッツ星人なのだから。そんな私が、カラオケに行ってもしらけるだけではないだろうか。
「や、あんまり得意じゃ…」
「いかないの?」
後ろから声が聞こえた。うん知ってたよ。君はそう言うだろうね。
「はい、行きます…」
「ま、俺はいかねえけどな」
は?私は振り返って結城の顔を見た。じゃあお前なんで私に…
「え?結城来るでしょ?」
「うん、冗談だよ」
このやろう!このやろう!!!!私は彼の腹を少し小突いた。
「騙したなあ」
「すまんな」
何一つ悪びれない謝罪だった。私は目いっぱい不満げな顔をして結城を見たが、彼は飄々としていた。いややっぱりこいつ、昔のままの方がよかったのではないか。ほんの少しだけ私はそう思った。なに、冗談というやつだ。
「やはりお二人がそうやって戯れてると、落ち着きますね」
「超わかるそれ」
姫路と有田がまるでじゃれる子犬を見るかのような目をしていた。むうう、少し不満だ。特に姫路の恍惚とした表情が気に入らなかった。
「そういや姫路さんは来るの?」
これには特に仕返しの意味はなかったのだが、姫路はまるで仕返しされたように頭を抱えてしまっていた。
「姫路は家の用事だっけ?」
「そうなんですよ…」
「そっかあ」
私は心の底から残念がった。そういや、姫路は前もボーリングきてなかったな。彼女はこうしたクラスの催し物に対してあまり乗り気ではないみたいだった。何か理由があるのだろうか。
「家田さん、私の分まで楽しんできてくださいね」
うーん、まあいいか。あまり深堀するのもよくないし。こういうところで一歩引くようになったのは昔に戻った証だなと思った。しかしそれで、何が悪いというのか。別にその人のことをすべて知らなければ、関係が作れないわけではないだろう。相手が知られたくない過去を無理やり聞き出そうとするなんて、そんなの自己満足にすぎない。そんな独りよがりの欲望に身を任せるのは、私として到底許容できるものではなかった。
「うん、そうする!」
そうして笑顔で答え、即座に
「これはいい調査になるからな」
と続けた。笑顔で答える姫路、まーた始まったと呆れる有田、そして何とも言えない顔をしている結城。それぞれがらしい顔をしていて、私は大いに満足だった。そうだ。私は宇宙人なのだから、これが正しい生き方なのだ。そう思った。そう思い込んだ。しかしそれを、間違いだと思わなかったことは正しい解釈だった。
「んじゃそろそろ帰ろっか?」
そう言いつつ歩きだそうとした私は、背後から聞こえたこの言葉に一瞬虚を突かれることになった。
「そういや、明日でテスト科目全教科帰ってきますね!」
姫路のこの言葉に、私は忘れていた勝負を思い出した。
「家田さん!今回こそは負けませんよ」
いや、姫路との何にも因縁のない勝負ではない。亀成と結城の、なぜか私を取り合った勝負のことだった。