7枚目
宇宙人にだって休日はある。それは普通の高校生と同じで、毎週土曜日と日曜日は学校に行かずのんびりできる日である。他の学生であれば、例えば部活に熱中したり、バイトに明け暮れたりするのだろうか。私はそのどちらもしない。何をしているか?無論調査活動だ。学校だけではこの世界の現状について把握できないからだ。決して足りない食材や壊れた備品の購入をしているのではない。確かにそういったこともしているし、ほんの時々お好みの服を買ったりしているが、そんな浮ついたショッピングは二の次で、本当は調査のための致し方ない出費なのである。うん、そう、そうなのだ。け、決して間違えないでほしい。
この日は古くなったカバンを購入するために、電車で20分の大都会へ繰り出していた。この日本という国で2番目に大きいらしいこの街は、この星の実状を把握するにはうってつけの場所だった。任務とプライベートの両立、まさに社会人の鏡と言えるだろう。ん?公私混同?そんな言葉は受け付けていない。
歩いて駅に向かい、急行電車に乗った。電車内には結構人がいた。そりゃ休日だから平日に比べて人はいるだろうと思うかもしれないが、それを差し引いても中々の人の多さだった。おしくらまんじゅう一歩手前、といったところだった。いつもならもうちょっとスペースがあるのになあと思いながら、私は開くドアと反対のドアにもたれかかり、外の風景を見た。別にものすごいほどの絶景が広がっているわけでも、これからの世界征服に有用な光景が広がっているわけでもない。何の変哲もない住宅街が広がるだけだ。しかしそれを見るのがなんとなく好きだった。日頃の喧騒も、逃れたい現実も、のんきな風景がすべて忘れさせてくれる気がした。これもまた、私なりの休日の楽しみ方である。
急行というだけあって、電車は快調に飛ばしていたが、各駅各駅止まるごとに乗客数を増やしていった。どんどんと電車内が混雑し始め、ついには体をひねることすら容易にできないほどになった。こうなるともう、のんびり風景を見るのもしんどくなってきた。本当に、なんでこんなに人が多いのだろう。なにか大きなイベントでもあるのだろうか。私は群がる男たちの汗のにおいに苦しみながら、体を小さくして立っていた。
前にちらっと私の身長は150cmであるということを皆さんにお伝えした。150㎝は地球基準でさえ低身長に入る日本国の中でさらに平均を下回っている数字だ。つまるところチビの地球代表クラスだ。そんな私がこんな満員電車にいると、周りの圧力に体が圧死してしまいそうになるのだ。背が小さいというのがこれほどまでに大きな影響を及ぼすとは…もしも次地球に来るときは170cmくらいの女性として転生しようと思った。150cmと170cmでは吸う空気が全く違う。あまりに息苦しくて、背の高い人間に捕まってよじ登りたくなるほどだった。
そんな時、いつからいたのだろう。隣の隣に、年齢が同じくらいの少女が立っていた。外の風景の方に体を向けて、乗客たちからは背を向けていた。それだけだったら別に普通なのかもしれない。異常な点が2つあった。1つは異常にスカートが短い点、そしてもう1つは、お尻が丸出しになっていることだ。
この星の人間は、男であれ女であれ下着というものを着用している。所謂パンツという奴だ。それは、地球での生活に必要ということで、私の生活でもなくてはならないものとなっている。彼女は一見、それをはいていないように見えたのだ。その上、ひざ上30センチほどのスカートをはいていた。こんな超ミニスカートになおかつパンツをはかないなんて、こんなファッション聞いたことがない。私は一応この星に来るまでにこの国のファッションについて調べたことがあるが、少なくともその中では見聞きしたことがなかった。
そうしてその女の方を見ていると、大きくごつい手がその少女の下半身に伸びていくのが見えた。これは知っている。痴漢という奴だ。立派な犯罪である。私が背が低いので、こうした他人の手の動きには比較的敏感に反応できた。痴漢しようとしている人は恐らく男だろう。あんな手の女の人がいるならば、まず手の甲の毛を剃れみっともないと説諭したくなるほど、その手は男らしかった。そして少し逡巡した挙句、彼女のお尻に向けて手を伸ばし始めた。やばい、何とかしなければ…
一瞬の間に様々なことを考えた。彼女がどんな意図をもってあんなことをしているのか…罰ゲーム?露出狂?何かのストレスの発散?もしくはパンツの履き忘れ?解らない。理解できない。この前の自殺志願者といい、地球人とは特異な人間が時折まじっているから質が悪い。しかしながら、はっきりしていることが一つあった。今手を伸ばしている男は、紛れもなく今犯罪を犯そうとしているということだ。
私は必死に手を伸ばした。手を伸ばして、痴漢男に触れようとしたのだ。たとえその手を完璧に防御できなくてもいい。ちょこんと触るだけでも、痴漢男は我に返るだろう。自分の今しようとしている悪事は、誰かに見られているんだぞ、と。
ほんのワンテンポ迷ったせいで、男は少女のお尻に到着してしまった。それでも私は、短い手を必死に伸ばして、爪の先が手の甲の毛に到達させた。その瞬間だった。私の視界がぐるりと反転した。変な浮遊感が私を襲った。そして休む暇もなく私は地面に打ち付けられた。左目で見ていた世界が、右目と同じく真っ暗になってしまった。これは…私は瞬時に理解した。あまりに必死に手を伸ばした結果、バランスを崩して転倒してしまったのだ。しかも、おそらく、とっても派手に。
車内が騒然となった。そりゃそうだ。満員電車に乗っていたらいきなり背の低いJKが転倒したのだ。車内は心配そうに見る人と、何やってんだこいつという冷たい視線を送る人とで二極化されていた。私は気恥ずかしくなって、すぐに起き上がろうとした。
上体を起こそうとすると、頭に何物かの衣類が被さった。いや、自分から被さりに行ったというのが正しいか。私が倒れた場所は、痴漢男と少女のちょうど真ん中のほんの少しのスペースだった。痴漢が行われるほどのほんの少しのスペース。そこを無理に起き上がろうとしたため、少女のスカートに頭が当たり、ひらっとスカートを捲りあげてしまったのだ。更にその時、私は急いで起き上がろうとしていた。よって、スカートは私の頭に被さると、まるでエッチな風が吹いたかのようにめくれ上がった。そして確認のために言うが、少女はノーパンである。
本当に車内が異様な雰囲気になった。私の気恥ずかしさをみんなが共有したような、そんな感じになった。そしてその雰囲気は、少女の激高によってさらに悪化した。少女は捲れたスカートが元の位置に戻ると、振りかえると同時に私の頬を叩いた。それも振り切ってビンタしたのではなく、少女の手は私の頬を叩いて、そのまま居座った。反対の頬も同じように、叩かれてそのまま居座られた。痛かった。本当に痛かったが、私はされるがままにいた。
頬に手を置いていた少女は、そのままぐいっとひっぱり、私の顔を少女の顔と引き合わせた。その時初めて少女の顔を確認した。大きく澄んだ目、しゅっとした鼻、小さくまとまった口。この星における美人基準をすべて満たした、綺麗な顔立ちだった。彼女は私の耳に囁いた。本当に私にしか聞こえない声量だった。
「なにしてくれてんのよ?せっかく愚かな男を捕まえてやろうと思ってたのに」