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64.75枚目

 4限の授業はあまりみんな真剣に聞いていなかった。元々先生が寝てても何しててもうるさくしない限り怒らないスタンスだったから、昼寝と自主勉強のオンパレードだった。私も教科書を読んでいるふりをして、その中に文庫本を挟み込んでいたのだが、それ以上にこの日は空気が緩んでいた。やはり次の時間が球技大会であるからであろうか。このクラスの大半は家田の引きこもりに興味を引いていなかった。そもそも彼女は目立って何かするタイプではないからか、上辺だけの心配で止まっている人間が大半なのだ。かくいう私もその一人で、正直どうでもよかった。

 人はみな自由意志を持つ生き物なのだから、誰とも話さないでこの世界を生きていく自由だってあるはずだ。それを辞めようと外部が色々するのは自由の侵害に他ならない。私はそんな、人の領分を犯す人間になんてなりたくなかった。それは私が一番嫌いな人種だったからだ。

 授業も中盤に差し掛かった時、ふと隣から折りたたまれた小紙が渡された。何重にも小さく折りたたまれたその表紙には『家田杏里さんにまで回してください』と書かれてあった。懐かしいな。手紙回しって言うんだっけ?授業中話せないからこうやって連絡を取る方法は、流行っていたと思う。少なくとも私の中学では1日何枚も手紙がいきかっていた。差出人は誰だろうと思ったが、糞丁寧かつ超絶達筆な筆使いからして、恐らく姫路さんであろう。なに?これを私に渡せと?

 私は興味なさげに家田の机に投げ入れた。確かにこの作戦は有効かもしれない。休み時間は完全に心を閉ざしている家田だが、一応授業中は体は起こしている。そこで手紙を読ませようという作戦なのだろう。家田無反応だけど。

 結局家田は、それを授業が終わるまで見なかった。前の方でちらちら後ろを振り返りつつ、ため息をこぼす姫路さんの姿が印象的だった。なんだこいつ?見てやるくらいしてもいいじゃねえか。本能的にはそう思ったが、そういえばこれも個人の自由と言えば自由だなとも思った。他人の自由を侵さない範囲での行為だ。何の落ち度もない。しかし…彼女は元々からそんな奴だったか。そんな疑問を持ちつつ、私は読書を進めていた。


「家田さん!お昼食べましょう!!」

 昼休み、姫路さんは諦めずに家田に縋っていた。

「ほら、先輩の好きなクリームパン買ってきましたよ」

 それに1年生の子も便乗していた。食べ物でつられるわけがないだろうと思っていたが、予想通り何の反応も示さなかった。

「あの…」

 私は見てられなくなって声をかけることにした。個人的な興味もあったから、これは自由の行使だ。

「よかったら一緒にご飯食べない?」

 言った先は、家田ではなく姫路さんたちだ。2人は戸惑うながらも、私を引き入れた。そして教室の前の方で、3人机を並べて座った。

「あれだよ。家田さん、今は1人になりたい時だと思うし、そっとしておこうよ」

 自由を奪うことだからな。などど小難しい理論を振りかざすことはしない。そんなこと並の女子高生に話したところで、はてなマーク3つ並べられて終了だろう。こんな馬鹿っぽい言葉で済ます日々ももう、慣れてきた。

「いや、師匠が言っていたんですよ。困っている時ほど、そばにいるべきだと」

 しかし姫路さんは納得していない様子だった。それは相手のためではなく自分が困っている人に対して無力であるという現実から逃れたい衝動からくる独りよがりな行動であろうと分析したが、無論口にしない。

「でも、顔あげてくれない、何があったかもわからないだと、打つ手なしなのは事実ですね」

 一方で1年生の子の方が現実的な考えをしているように思えた。

「先輩、心配だな」

 これは1年生の子がぽつりと言った言葉だが、この点に関しては2人とも同意みたいだった。この2人は、一体彼女のどこにその魅力を持ったのだろう。聞きたくなったが抑えることにした。私とあいつはよく知らない人同士だ。そういう設定なのだから、遵守しないといけない。

「そういえば、濱野さんって家田さんと同じ中学校出身ですよね?」

 おいやめーや。決意した瞬間に核心つくの。この言葉を聞いて、1年生の子が目をまん丸くしてこちらを見てきた。

「そうなんですか!?!?!?」

 私は正直に頷いた。この点に関して嘘をついてしまうとすぐばれてしまうからだ。

「でも全然知らないよ。うちの中学校1学年200人くらい居たし、そもそも一緒のクラスになったことないからさ」

「昔からあんな感じだったんですか?家田先輩」

「うーん、違うと思う。多分だけどね」

 私はそう言ってはにかんだ。まあ、この文章に紛れている嘘の数は少ない。実際に私の中学はでかかったし、調べられる範囲で私と家田が一緒のクラスだった事実はない。その上で突っ込まれてきてもよく知らないと言っておけば、無関係を装えるのだ。

 二人は残念そうに肩を落としていた。その姿を見て、私はつい聞いてしまった。

「ほんと、仲良しだね。家田さんと」

 その言葉に、一番反応したのは姫路さんだった。

「そうです!仲良しです!」

 その言葉、願望が入ってないか?私はそう疑いつつも、追加で質問した。

「いつ頃から仲良くなったの?あんまり最初っから仲良しって感じじゃ無かったよね?」

「絶対に倒さなきゃいけない相手!!とか言ってましたもんね」

 そういや言ってたな。姫路さんは止めてくださいよぉと1年生の子を制していた。2人は先輩後輩とは思えないほど仲良く接していた。少しだけうらやましいと思ったのは内緒だ。

「私は、負けず嫌いすぎるんですよ」

 突然だった。姫路さんはしみじみと語り始めた。

「誰かと比べられると負けないぞって思うし、実際に負けちゃうと小学生みたいに拗ねたり、ひどいことを言ったり…そういうことをしちゃうんですよ。自分でも直さなきゃって思うのに、全然治らなくて…そんな本当の自分が、限りなく嫌なんですよ」

 1年生の子が、空気を読んで茶々を入れなかった。私も押し黙って聞いていた。

「それでも、それでもですよ。家田さんはそんな私に対してにっこり笑って許してくれたんですよ。それだけじゃなくて、勝ち負けに頓着しないで接してくれるんですよ。なんていうんですかね。わからないですけど、多分これが、大人というやつなんだなって、そう思ったんですよ」

 いろいろと突っ込みたいと思ったが自重した。

「私は、そんな人になりたいんですよ。損得や勝ち負けじゃなくて、自分のやるべきことを淡々としっかりとできる人。周りの人から色々言われても、毅然と頑張ろうとする人。私にとって、家田さんは理想の人なんです」

 姫路さんは真っすぐな目をして、まっすぐな言葉を紡いでいた。

「それ、結構色んなところで言ってるよね?姫路先輩」

「そうですよ!無論本人には言ったことないですけど、でも本当に思ってることなんですもん」

 こんな風に生きてたら、どんなに良かっただろうな。そんなありえない妄想をしつつも、私は

「そうなんだ!」

 と中身のない会話に終始していた。この時、心の底から家田に対して羨ましがっていたことは内緒の話だ。


 教室には2人以外誰もいなかった。さっきまで居眠りを決め込んでいた結城君でさえ、球技大会のため起き上がりクラスメイトに合流していた。この時教室にいたのは私と家田だけだった。今日の日直である出森さんからもらった鍵を手に持ちつつ、私は家田に近づいて行った。

 姫路さんは最後まで抵抗していたが、うまいこと阿部ちゃんと有田君が説得して先に教室に出ていた。もしもそうならなかったら、こんなことしなかっただろう。偶然の帰結とはかくもまあ残酷なものかと思いつつ、私は家田の髪の毛を掴んだ。

 懐かしい記憶だ。ニヤつくほど懐かしい。思い出したくもない。それでも、なるべく真似しなければ意味がない。私は必死に心にしまった記憶を掘り起こし、徐に家田の髪の毛を上に引っ張った。急なことに怯える家田。そんな彼女を見て、私は息を大きく吸って、これまで出したことのないほどドスの効いた声を出した。

「お前の大好きな体育の時間だぞ!!!起きろグズ田ァ!!!」

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