64.5枚目
「まずは二人に何があったのか把握することが大事だと思うの」
2限終了後、私達は再び教室に集められた。今回は次の時間の宿題が終わっていないからとうそをついて断ろうと思ったが、姫路さんがあまりにも泣きそうな顔で懇願するから仕方なく参加することにした。
「事実関係の確認、というやつだね」
質の悪い官僚答弁みたいな言葉だなと、私は相変わらず今野に食い掛っていた。
「1年生の子たちに話を聞くのは多分遠垣さんがやってくれると思います」
「できるかなあ」
姫路さんの言葉に疑問を付した有田君に対し、姫路さんは首を傾げるだけであいまいな返答をした。遠垣というのはよく教室に来ている1年生のことだろう。そんなにも期待されていないのか。それか、家田杏里の問題なのかはわからなかった。
「やはり、結城君に話を聞くしかないよね」
阿部ちゃんはそう言って、ちらっと結城君の方を見た。結城君は家田と同じく机に突っ伏したままで、微動だにしていなかった。1つ家田との違いを述べるならば、家田は授業中起きていたが、結城君は授業中さえ寝ていた点だ。
「うーん、でも結城から話を聞くのは大変そうじゃね?」
有田君は正直な意見を述べた。
「じゃあこうしよう、今野は結城君と話してきて。私は沢木に話しかけてくるわ。2人よく仲良しそうにしていたし、何より野球部で一緒だったから何かわかるかもしれないよ」
「え?俺が行く…」
「有田君は引っ込んでてください」
姫路さんが鋭い声をあげていた。こんな冷たい口調、私は聞いたことなかった。有田君は頬を膨らましていたが、妥当な判断だと思った。
「そ、そもそも沢木君、何か知ってるかなあ」
集まっておいて一言も発さないのはなんだかなあと思い、私はそう無難なことを言っておいた。無論この発言によって大勢は影響しない。
「知ってる、と信じてる」
そう言って二人は駆け出していった。
3限終了後、そこには落ち込んでいる二人がいた。
「何も話してくれなかった…」
そう言ったのは今野だ。少しだけ耳をそばだたせて聞いていたが、ここで言っていたような健全な男子高生な会話はだいぶ抑えられていた。その辺は有田君との違いなのであろう。
「いやさ、まださ、あんたは何か話してくれただけましじゃん。私なんか、『申し訳ないっすけど、何も聞かないでくれないっすか?』って言われて、そっから逃げられたんだよ。ショックだよ。こんな扱いされたことなかったからさ」
阿部ちゃんも中々堪えていたようだった。確かに沢木君の態度も中々におかしかった。元気なことくらいしか取り柄のないやつなのに、今日はそれすらなくなっていた。いつもなら教室の休み時間に一度は彼の笑い声が響くというのに、今日は全く響いていなかった。
「こっちも手応えなしでした…」
1年生の子も落ち込んだ様子だった。家田杏里を元気づける会は、次の一手をどう打つかについて決めかねていたようだった。というか、どこから手を付ければいいかすら、わかっていなかったように思う。
そんな時だった。家田の近くに1人の男が近づいて行った。その男の名前は、亀成功太郎。亀成君は家田の机に手をかけていた。
「亀成君だ」
「どうしたんだろ?」
そんな小声を出しつつ、次の言葉を待ったが、声が小さく聞こえてこなかった。
「もしかして、心配で声をかけているんじゃない?」
阿部ちゃんの言葉に、みんなが同意した。私もその時は、亀成君が家田を励ましに行ったのだろうと思った。そう思っていたのだが…
今回は途中で抜けていいだろうと思い、そそくさと集まりから抜けて席に座った。私の席は、家田の真後ろだった。私はそこに座って一服したところで、前からとても気持ち悪い声が聞こえてきた。
「家田さん。どうしたんだい?そんな風にずっとずっと机に突っ伏してさあ。そんなに僕の顔を見るのが恥ずかしいのかい?いいんだよ。何も考えずに、僕に身を任せていたらいいんだよ。君は何位も心配することなんてないさ。誰かにいじめられたとしても、この僕がこの身を挺し全身全霊でお守りするよ。何?なんであなたがそこまでするのって?そんなもの、決まっているじゃないか。僕は君のプリンスだからだよ。だからさあ…」
うん、こいつは何をしているんだろう。こいつは何を小声で話しかけているのだろう。顔も声も話の中身も何もかもが気持ち悪かった。こんなの、家田じゃなくても机に突っ伏して耳を塞いだふりを始めるであろう程だった。そして何よりもの不幸は、この話を休み時間中聞かされたことだ。この日だけは本当に、家田の後ろの席であることを後悔した。次の席替えは、頑張って彼女の近くを引かないようにしよう。そう思いながら、私は日本史の教科書を取り出していたのだった。