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64枚目

 学校に着いて、こんなに憂鬱な気分になったのはいつぶりだろう。自転車を止めて、今すぐ布団へと帰りたくなったのはいつぶりだろう。あんなにも嫌な場所だった家が、ユートピアに思えたのはいつぶりなんだろう。多分高校生になってからは初めてだ。それだけは自信があった。去年ずっと一人だったけど、それでもこんなに行きたくないと思ったことなんて一度たりともなかった。

 なんだ、たった1人の男子高校生から嗜められただけじゃないか。困っている人にズケズケと入り込んで、勝手に心配して勝手なことを言って…完全に自分のせいじゃないか。それなのに何でこんなにもショックを受けているのだ。

 私は脆い。こんなことで学校に行くことを拒否したがるほど脆いのだ。相手のせいにすることもできないのに、自ら責任を取ることもできない。私はそんな人間なのだ。そんな私が…私が…

 間違っていたのだ。彼にとっての私は、ただの宇宙人で、自分の欲求を満たしてくれるかもしれない存在の1人に過ぎなかったのだ。謂わば実験体、モルモットだ。そんな私が彼を救うなんて、考えてはいけなかったのだ。

 …なんだこれ…

 私自身ですら、今の心情を正確に描写できなかった。私は今、何を考えてるのだろう。困った人1人寄り添えない自分への絶望?無下に扱われた結城に対する怒り?自分勝手な心情を嗜められた反省?単純に怒られたことへの恐れ?わからない。何もかもがわからない。今何を考えているのか、これからどうすればいいのか、私にはわからなかった。

 多分これは、自分の心情が見えないのをいいことに、嘘をつき続けた帰結なのだろう。嘘は溜まりすぎると、何が嘘かすら解らなくなる。それがこんな、いびつな私を作り上げているのだ。醜過ぎて笑ってしまうほどだった。最低だ。

「おい、家田!」

 そもそも私が、誰かと関わること自体間違っていたのだ。誰かを救えるなんて…私なんかが思い上がり過ぎたのだ。

「家田、返事しろコラ!」

 ああ嫌いだ嫌いだ。私が嫌いだ。もうこんな私やめ…

「おい!!!!家田!!!!」

 そう言われて私は肩を掴まれ、そしてようやく隣で呼ぶ声の存在に気づいた。

「教師無視するとはいい度胸だな」

 なんだ牛尾か。何の用だ。私は若干目を細めつつ無表情で次矢を待った。

「結城について、何か聞いてないか?」

 なんだこの教師。今さっきから私がやつのせいで多大な心労を抱えているというのに、そいつの話をしたいのか?私は首を少しだけ横に振って、一言も発さず教室へ向かおうとした。

「おいなんかいえや!!」

 そう言って牛尾は私の肩を掴んできた。さっきは右で、今度は左だった。流石に男の人に捕まれては、私は前へと進めない。仕方なく振り返って、無言で睨み付けた。

「なんだその態度は。教師に向かってする態度か!?え!?」

 一言も話さなかった。何の感情もわかなかった。恐怖は怒りも何もなかった。周囲の視線を感じていたけど、そんなの包帯をしている時点で慣れっこだった。そんなこと、私にとっては大した問題ではないのだ。もう、大したことではないのだ。

「お前…」

「何してるんですか?牛尾先生!!」

 遠くから息を切らした安藤先生が近づいてきた。そして牛尾と安藤の誰が見たいのかわからない話あいが始まった。

「いやこいつが生意気な態度をとっているから…」

「肩を掴んでそんな理由で生徒を叱るなんて、到底道理の通ることじゃないですよ!」

 私はそんな二人を無視して教室に入ろうとした。

「あ、ちょっと待て!家田!」

 どうでもいいのだ。教師から怒られたって、その理不尽な怒りにフォローを入れられたって、そんなことはなからどうでもいいのだ。私が望んでいるのはそんなことではないのだ。私が望んでいたことは何だったんだろうか。そう聞かれると何にも答えられなかったが、とにかくもう、どうでもいいのだ。

 いつもならここで、私は宇宙人だと偽っていくのだろう。私は宇宙人だ。高尚なるアルフェラッツ星人だ。ここにいる者たちはみな後の征服対象で、愚かで劣悪で無能な地球人なのだ。だからどう思われてもいいのだ。そんな風に思えたら、どれだけ楽でいいのだろうか。自分が愚かで劣悪で無能であることから目を背けられたら、どれだけよかっただろうか。

 目に見えないことはいくらでも噓をつける、というのは間違っていたのだ。正確には、目に見えないことは嘘を本物の中に隠すのだ。嘘と本物の区別がつかなくなり、こういう風に矛盾が出た時に何が嘘だったのかわからなくするのだ。私は嘘をつきすぎたのだ。誰かを助けることなんて、結城を助けることなんて、本当は望んでなんかいなかったのだ。

 こう思うこの感情さえ、私は嘘に感じてしまった。虚構に塗り固められた哀れな私が、今度ばかりは嫌いになった。本物に頼っては絶望し、嘘に塗り固めては崩壊する。私という自我はもう、粉々に砕け散ってしまったのだ。

 教室に入ると、真っ先に結城が目に入った。そりゃ、席が隣ならそうなるか。結城は机に伏せて寝ていた。周りから遮断しているようだった。いい判断だ。私もそれを採用しよう。

 それから私はしばらくの間、外界との連絡を絶とうとした。話しかけてくる声や心配する声尾を無視して机に座り、寝たふりを開始したのだ。授業中以外は、これを貫こう。そう思って、私は結城の隣で蹲ったのだった。

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