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63枚目

「お疲れ様!」

 試合が終わり黙って体育館を出ようとした私を、阿部が呼び止めてきた。

「いきなりだったけど、うまいことできてたみたいね!良かったわ…杏里ちゃん?え?家田さん、いえたさーん!」

 私はそれに全く気づいていなかった。気がつかないまま外に出ようとしていた。このとき何を思っていたのか、今となっては思い出せない。このあとあった出来事のせいで、自分の感情を書き留めることができなかったのだ。

 ただ1つだけ、確実に思っていたことがある。今度は、私が結城を助ける番なんだ!ということだ。

今日の仕事はこれで終了だった。終わったら遠垣と帰る約束をしていたから、まだ少しだけ時間があった。結城は今、どこにいるんだろう。思えば彼は、なんでこう私が困っているときにひょっこり顔を出せるのだろう。忍者か宇宙人しかできない所業だと感じた。私にはそんな能力ない。宇宙人だけど、そんな特殊能力はない。ならば頼るのは科学の力だ。私はおもむろに携帯電話を手に取ると、結城に電話をかけた。

 時刻は午後2時を回ったところだった。野球部はこうしえんに向けて頑張っているのだから、まだ練習中なのだろうか。いやでも怪我をしているというなら、練習はしていないか。いやいやでも怪我をしていても練習には帯同しているか。いやいやいや…

「はいもしもし」

 結城からの声が聞こえて来た。私は不意なことで少し慌てた。

「結城!今どこ?」

「ん?」

 この声がなぜか背後から聞こえた気がして、私は振り返った。

「お前の後ろだよ」

 それと同時に電話を耳元に当てる結城の姿を確認し、私はネズミを見たドラえもんのごとく飛び上がってしまった。何?なぜ宇宙人が国民的アニメについて知ってるかって?無論調べたから…そんなことはこの場面ではどうでもいい。

「ゆゆゆゆ、結城!?!?あんた、いつからここに??」

「さっきだよ。いきなり連絡きたから焦ったわ」

 私は一呼吸置いた。結城は強がるように首を傾けていた。

「や、野球部の練習は?」

 地雷はいきなり踏むものだ。私は上目遣いをしつつ相手の様子を伺った。

「や、今日はないよ。明日試合だからね」

 結城はいつもより優しい声で言った。

「そ、そっか!応援に行きたいなあ」

 私は少し話を脇道にそらした。

「何言ってんだよ明日俺ら球技大会だろ?」

「そ、そうだったねー」

 そう言って2人で笑いあった。とても気分の悪い笑い合いだった。だからすぐに収束した。収束したのちには、ザラザラとした感情しか残らなかった。

「なんだよ」

「ん?」

「何が聞きたいんだ?なんのために電話したんだよ」

 結城は少し、荒っぽい口調でそう尋ねてきた。私は意を決して言うことにした。

「結城」

「ん?」

「怪我したって、ほんと?」

 結城は少し間をあけて答えた。その間が気持ち悪いほど長く感じた。

「そう…だよ」

 私は次の言葉を必死に探した。

「痛くない…の?」

 結城は嫌がりながら答えた。

「痛くないわけないじゃん」

 簡潔な言葉に、また私は言葉に詰まってしまった。

「どこが痛いの?」

 ついに結城が苦言を呈した。

「そんなの聞いてどうするの?」

「いいから答えてよ!私だって、心配してるんだよ」

 今から考えると少し傲慢な言葉だ。独りよがりで思慮に欠けた発言だ。しかし、感情と道理の折り合いを瞬時にできるほど、私は大人になれてなかったのだ。

「あれだよ、肩だよ。キャッチャーだからね」

 キャッチャーは肩を壊しやすいのか…私はそうインプットした。

「で?聞きたいことは終わり?俺用事あるから早く解放してほしい…」

「なんか結城、いつもと違うよ」

 私は率直な感想を言葉にした。

「そうか?いっつもこんな風にサバサバした」

「サバサバしてるわけないじゃん。あんたはネチョネチョだよ。ネチョネチョ」

 そして私は前を見た。

「ねえ、結城。何か隠してることがあるんじゃないの?」

 前を向いてはいけないと、何度も諭してきていたというのに、私は前を向いてしまった。

「隠してること?」

「うん」

「あるわけないじゃん」

 そう冷たく言い放って、結城はその場を後にしようとした。違う。違うよ。こんなの私の知ってる結城じゃない。ねっとりしてて、意地悪で、周りがよく見えてて、それで持って私を時々助けてくれてきた、あの時の彼が完全になくなっていたように思えた。

 私は踵を返した結城の後ろ姿を追いかけて、彼の服の裾を掴んで軽く引っ張った。

「なに?まだなんか用?」

「結城、辛いでしょ?」

 当然のことだ。結城はもはや言葉にすらしなかった。

「だからさ、愚痴とか言ってよ!聞くからさ」

 人と深く関わるのは苦手だ。

「聞くって…別に家田じゃなくても大丈夫だし」

 自分の過去を話さないといけなくなるから。

「それでもさ、何にも知らない一般人に言って、ちょっとは気が晴れるかもだし」

 自分の現状(いま)を否定しなきゃいけなくなるから。

「間に合ってるよ、そもそもなんで家田がそんな行動とるの?」

 なんだこの時は気づかなかったんだろう。

「そりゃ簡単よ!私は、あなたの助けになりたいの!」

 何度も言ってきたじゃないか、彼と私は似た者同士だって。

「はあ、助け?」

 彼も現実から目を背けないと生きていけないのかもしれないと。

「そうだよ!言ったでしょ?今度は私が助けてあげるって」

 私が誰にもその領域に入ってきてほしくないように、彼にもそんな領域があるかもしれないと。

「なにが助けてあげるだ」

 結城の冷たい声が響いて、私は硬直してしまった。わかっていたはずだ。

「俺のことなにも知らないのに、勝手なこと言うなよ」

 他人と深く関わってもろくなことがないって、わかってたはずなのに…

「別にお前の助けなんていらない。別に1人でなんとかできる」

 そう言っていた彼はどんどんと歪んだ顔になっていった。私の視界はどんどんと悪くなっていった。

「勝手に値踏みして、心配してやるとか、何様のつもりなんだ!!そんな…家田?」

 気づいたら、視界が涙で不明瞭になってしまった。

「あ…ごめん、家田…いいす」

「ごめん、ごめん、ごめんね…」

 私は泣きながら謝った。

「大丈夫、私が悪かった。勝手に色々いってごめんね」

「いや、俺の方こそ悪かった…」

「大丈夫、悪くないよ。結城は悪くないから。私が…私が悪いから。気に病まないでね」

「いや…」

「また明日、頑張ろうね。バイバイ」

 そう言いながら、今度は私が踵を返し、小走りでその場を去った。また包帯がボロボロになりそうなくらい、涙が溢れて止まらなかった。

 ーほうら、言った通りじゃないかー

 心の中で誰かが声をあげた。一体だれなのか、そんなことにはもう頓着しなかった。

 -ろくなことがないんだよ、誰かと関わるなんてさー

 大事なことは、もう私はその言葉に対して反論するすべを持っていなかったことだ。

 -ずっとひとりぼっちだったなら、こんな思いしないで済んだのになー

 自分で自分に吐き捨てて、自分で自分を傷つけた。そんな自己完結で自己解決な自分が、今となっては自己嫌悪で満たされてしまっていたのだった。

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