62枚目
もしかしたら読者の中の一部には、ここから私がバレーボールの審判であたふた失敗する話が始まると予測を立てた人もいるのかもしれない。ビンゴだった人は猛省してもらいたい。私がそう何回もどじなことをするわけがないだろう。私は優秀なのだ。優秀な宇宙人なのだ。その点を忘却しないでいただきたい。
まあそれ以上に、ほとんど仕事がなかったことが原因だった。だってほとんどの場合、私達が判断しなくても明白なものだったのだから。そりゃそうだ。ただの球技大会で、まるでプロのような精密なショットなんて撃ってこない。アタックなんてほとんどないし、ボールを返したら御の字。『もうお前ら直接でいいから返せ』なんて声が飛ぶほどだった。しかも私は3試合見たのだが、どちらも勝っている側担当だったので、気を張らなきゃいけない場面すら少なかった。お蔭さまで楽させてもらった。さっきまで2戦圧倒していた1組と、今戦っている3組に感謝である。
「先輩、暇そうですね」
後ろから声が聞こえた。流石にもう、声を訊いたら誰かわかる。
「流石に上級生が試合中雑談するわけにはいかないから、少し離れててよ、遠垣」
遠垣のふくれっ面が振り返らずとも分かった。
「いいじゃないですか。どうせ大した仕事ないんでしょ?」
「大したことなくても、試合をしている選手たちが嫌な顔になるでしょ?『あの人、本当にちゃんと判断してくれるのかな?』って」
「まじめですね」
「まじめなことはいいことよ。まじめをダサいなんて考えているバカ野郎はこの星の人間くらいよ」
私は一切後ろを振り向かずに答えていた。
「にしても、あんた自分のクラスのところ行きなさいよ。あんた2組でしょ?こっちは3組側よ」
「やだなあ先輩、さっき私の活躍みてたじゃないですかー」
「大人げなくスパイク打って、周りが称賛しているのに関心を示さない姿は、まるで拗ねた男子小学生のようだったぞ」
私は全く振り返ろうとせず毒を吐いた。
「先輩、今日なんか手厳しいね」
「たまにはクラスの人らと話せとは常に思っているぞ」
「それ、先輩が言います?」
痛いところをつかれてしまった。確かに私が遠垣にそんなことを言う資格などないかもしれない。基本的にクラスで孤立し気味な人間からのお説教など、説得力の無さが半端ではないだろう。それでも思うのだ。お前は、遠垣は、私と違うだろうと。私と違って愛嬌もあるし、人懐っこいし、しっかりしている。だからもう、私のようにはなってほしくないと。そう思うことは、許されてしかるべきだ。
「…すみません。意地悪な言い方でしたね」
背後から気配が消えた。遠垣は何処かへ行ってしまったみたいだ。私は晴れないもやもや感をぬぐえぬまま、暇そうに試合を見ていた。相も変わらずワンサイドで、男子バレーボール部の子のサーブに苦戦している様子だった。いいぞ、そのままこっちにボール飛んでくるな。
向こうのクラス、2組はもうあきらめた顔をしていた。初戦の1組との戦いもワンサイドゲームだったもんな。やる気がなくなっても仕方ない。グダグダとした雰囲気の中で、応援もせずに座り込んで雑談をしている層まで居た。そんな無秩序な空間においても、遠垣は1人でぽつんとしていた。
少し、悪いことをしちゃったかもしれない。私は罪悪感に侵された。今の遠垣の立場が痛いほどわかるからだ。去年度の自分を投影し、やるせない気持ちになった。あの時には彼女にとっての私や姫路、有田や結城といった人間がいなかった。私には学校で話せる人間がいなかった。私が選ばれた宇宙人でなければ、耐えられない苦行だ。それを彼女が遭っていると、私が強いていると、そう感じてやまなかった。怒っていないだろうか。恨んでないだろうか。そんなちっぽけなことを悩む自分は、本当に救われない存在だ。
マイナスいなった感情を上向かせようと、とりあえず視野を上に向かせた。そしたら面白い人影が見えた。こういう所で問題を先送りしてしまう自分のメンタルの強さが、大好きで大嫌いで仕方なかった。
その人影とは、カーテンにうまくくるまりながらじっとコートを見ていた。キラッと光ったメガネが、私に誰か判別させた。あれは多分試合ではなく審判を見ているのだろう。暴れださないように、しっかりと監視しているのだろう。昔ストーカーしてたとか言っていたが、私にはむしろあんたの方がストーカーだぞと言いたくなった。無論そう、出森楼早のことだ。
そんなにも亀成のことが心配なのか、そんなにも私のことが心配なのか、それともただ亀成に構いたいのか…一番最後なら中々彼女も面倒な性格の持ち主と評することができるだろう。男も女も面倒な性格とか、救われないな。そんな自分棚上げ発言は控えるとしておこう。とにかく、今日絡まれても出森が出てくるのだと知ったら、少しは心配事無く審判ができた。今体育館の端っこからめちゃくちゃ変なガン見をしてきているとしても、だ。うん、まあ、出森が何とかしてくれるであろう。
「そういやお前、明日試合だよな?」
背後から声がした。少し振り返ってみると、どうやら3組も圧勝ペースに応援の手が緩んできているみたいだった。試合を見ている層と見ずにグダグダしている層に分かれつつあった。まあこの試合が3試合目、流石に集中力なんてなくなるだろう。かくいう私もだ。ここはひとつ、盗み聞きといこうか。
盗み聞きは惑星調査に必要なスキルだ。その星の人間がどんな話題を好んでいるかについて、自身と他人との会話だけでは不十分な点が出てくる。そこで求められるのが、周りの会話を聞くテクニックだ。これに関しては私は自信がある。決して1年生の時話す相手がいなかったから身につけたわけではない。もしもそんなことを言い出した奴は許さない。泣いちゃうからな。
私はじっと耳をそば立てつつ、視線だけは前を向いたまま話を聞いていた。どうやら男子高校生二人の会話のようだった。
「そうだな」
「バレーボールやってていいのか?突き指とかしたらやばくね?」
「こんな遊びで突き指するようなやつ、メンバーになんて入れねーよ」
そう言って二人で笑っていた。試合?部活の公式戦とかだろうか。
「でもすごいよな。うちの野球部で1年生からレギュラーなんて」
「誰も話題にしないけどな」
「まあお前、影薄いからな」
なんだこいつらの会話、ほっこりした気分になるな。決して派手なタイプではない2人ののんびりとした会話は、同じく地味な存在である私にとって共感を得やすかった。野球部で1年生からレギュラー、どれくらいすごいのかはわからないが、今度結城にでも聞いてみよう。
「それに、所詮ベンチだしな」
「いやいや、1年生唯一だろ?ベンチ入り」
1年生で一人なのか。少なくとも1年生の中では一番上手いということか。本当にすごいな。なんで話題になってないのか不思議なくらいだ。
「そうだけど…」
「お前はもっと自信もっていいんだぞ。例え先輩の代わりでも、そんな役目に選ばれるなんて光栄なことなんだから」
ほう、先輩の代わりか。先輩怪我でもしたのかな?このように、盗み聞きは何も事前知識を持っていないから、ちょっとした会話でも想像を働かせられるから楽しい。ましてや素朴な男子高校生二人の話だから、こっちも肩を張らずに聞ける。
「でも結城さんの代わりとか、おこがましくて仕方ないよ…」
ん?結城さん?私は硬直してしまった。聞きなじみのある名前が出てきたからだ。結城という名字はそこまでポピュラーではない。恐らくあの、爽やか系青春自殺志願者結城仁智のことだろう。あいつが、怪我?そんなこと聞いたことないぞ。もっと話を聞きたいと思ったところで、ブザーが鳴り響いた。それは、私の審判業終了の相図でもあった。