60枚目
なんでこんなことになったのだろう。私だって、それはわからなかった。
何度でも言ってやろう。私は宇宙人だ。誇り高きアルフェラッツ星人だ。生まれも育ちもアンドロメダ星雲内なのだから、地球で行われているスポーツなど手につけたことがあるはずないのだ。ただでさえ我が星人は体力面で地球人よりもギャップがあると言うのに、無駄な酸素を消費する価値など私たちには無理なのだ。
と言うわけで、私にとっては球技大会など愚の骨頂だ。要らぬものだ。必要ない。ただでさえスポーツ苦手な女の子なのに、勝負事もクラスへの愛着もないときたらもう、やる気など底辺もいい所だ。それなのになんで、私はこんな運営の中枢に携わらなければならないのだ。
「そう言うわけなので、みんな分担して運営するよー」
おーと言う声がきこえてきたが、私はそう簡単に了承するわけにはいかなかった。怪訝そうな阿部ちゃんの顔に少し睨んだ。だって知らなかったのだ。バスケのリーダーが下級生のバレーボールの審判係をするなんて…私は大変後悔していた。やはり人の話というものは、しっかりと聞かなければならないのだな。そんな小学生でもできる当たり前のことを、私は痛感していた。
「家田さん、大丈夫?」
しかしまあ、今回は私に落ち度がある。よく聞かずに仕事を引き受けた私の責任だ。やりたくないけど仕方ない。私はふうと息を吐くと、いつもの言葉を口にした。
「まあ、仕方ないわね」
こう言ってなんでも受け入れているから、結城みたいな人間と関わるようなことになってしまったのかもしれない。そんなことを思いつつも、私は現状を受け入れることにしたのだった。
テスト終了から2日後が1年生の球技大会の日らしい。私はそのバレーボール競技の、前半を担当することになった。主な仕事はラインに立ってボールがインかアウトか判断することだ。細かい審判は女子バレーボール部の方々がやってくれるらしい。こんなに本格的にしなくても…と思うが、まあこういう遊び事や行事にも全力で取り組むのが藤が丘高校らしさでもある。別に球技大会に勝ったからと言って何か賞金が出るわけではない。学内での地位が上がるわけでもない。ただただ勝ちたいから、公正な勝負を楽しみたいからこんなことをしているのだ。これを素晴らしいととるか馬鹿らしいととるかでその人の個性が現れそうだ。無論なことだが、私は後者である。
「えーなんでですかー?楽しいじゃないですか!」
そんな愚痴をこぼしていたら、遠垣から意外な返答が返ってきた。お、お前はてっきり私側の人間だと思っていたのに…テスト2日目終了の金曜日、せっかくバイトのない遠垣に愚痴をこぼそうと思っていたのに、これでは虚しさが増すだけではないか!まあこんなこと、憤慨しても無駄なことだが。
「たのしいか?」
私は精一杯嫌そうな顔をしたが、どうやら彼女には効果が無いようだった。
「もちですよ!私こういう対抗戦的なやつ大好きですよ!」
「そういうのはスポーツできる人間しか好きじゃないと思うのだが…」
「私一応中学の時は女バスにいましたからね!」
遠垣はそう言うとえっへんと胸を張った。私ほどではないが姫路に比べると侘しい胸だった。何?お前ほどではないなら言及するな?そんなこと言う奴はグーパンチだ。
因みに今日姫路は『負けないんだから!』と言ってさっさと帰ってしまった。私としては色々話をしたかったのだがまあ仕方ない。
「なら女バスに入りなよ…」
私は少し恨みの入った声で提案した。
「いやぁそれはちょっと違うんだよね」
そう言いながら、遠垣は少しはにかんだ。このはにかみは、あまり聞かれたくない時に用いるものだ。私もよく使うテクニックだ。そして私は、ここで突っ込んで話を聞かない。話を聞けない、と言う方が正しいな、うん。
「案外スポーツ得意なんだ…」
「そうですよ!スポッチとかします?」
「それ…私に対する当てつけ?」
というか遠垣、お前ラウンドラン本当に好きだな。スポッチとはラウンドランにある遊戯形態のようなもので、時間制限付きで様々なスポーツが楽しめるサービスだ。ボーリングと並んで、活発系高校生たちの主要な遊び場である。無論私は大嫌いだ。
「冗談よー」
そう遠垣は笑っていたが、彼女が行きたいというのならやってみようかな。ボーリングも毛嫌いしていた割には楽しめたし、もしかしたら食わず嫌いなだけかもしれない。
「そういや、球技大会の後打ち上げでカラオケ行くんだって?先輩のクラス」
お?なんだその話は?私は豆鉄砲食らったかのように一瞬言葉に詰まった。
「あれ?違うんですか?有田先輩が言ってましたよ」
「ワタシキイテナイ」
なんで私が聞いていないことをこいつが知ってんだよ。
「あれーもしかして、ハブられてるんじゃ…」
と遠垣がロクでもないことを言おうとしたところで、スマホがブーとなった。画面を見ると、有田からだった。
ー球技大会の後打ち上げするけど参加する?ー
「今来たわ」
「遅くないですか?」
「多分全体ラインに入ってないからだ」
「早く入りましょうよ」
うむ、もっともな意見だ。しかしながら、これには深い問題が…ある訳ではない。ただ、1年生の時の全体ラインが、生産性のないやりとりを垂れ流すだけのうるさい代物だったから、少し二の足を踏んでいるだけだ。
「まあおいおいね」
そして問題は先送りされて行くのだ。まるで自分の人生のようだと、そう思ったのは内緒の話である。
「で、行くんですか?カラオケ」
「まあ、おいおいね」
「先延ばししすぎでしょ!」
そう突っ込まれて、2人で笑った。そうだ、こんな感じでいいのだ。2人でよくわからないことを話して、よくわからないことで笑って、そして時間を過ごして行く。それだけで良いのだ。私が求めている対人関係なんて、それで十分なのだ。愛も恋もいらない。情も信もいらない。成績で勝とうが負けようがどうでも良い。ただただ、隣で何の意味もない会話をしてくれるだけで良いのだ。このことを、姫路にも結城にも声を大にして言いたかった。私は、そんなことを望んでいるのではない。そんなことを望めるほど、私は許された人間ではないのだから。
「先輩、たまには冒険した方がいいですよ」
いきなり聞こえてきたその言葉に、私ははっとなった。聖母のように優しい声色は、ついさっきまで私を煽っていた人間と同一人物とは思えなかった。
「なんて、お節介ですかね」
そしてわかった。彼女が言葉を飲み込んだことがわかった。多分追随して言いたいことがあったのだろうけれど、それを飲み込んだのが伝わってきた。
私がよくやるやつだった。こんなところにも私の似た者がいたのだ。はにかむ彼女は、まさしく私で、悲しいほど似ていた。
私はずっと思ってきた。私は、誰かについて深く知るのは嫌だと思ってきた。でもそれは、他の人もそうなのかもしれない。いや、さらに踏み込むならば、私がそんな態度だから、周りにもそんな人しか集まらないのではないだろうか。遠垣の顔を見ていると、そんな風に見えてしまったのだ。
「んじゃ、先輩私こっちだから、また来週ね!」
そうやって手を振る遠垣に私を投影した。どうにもしっくりくるのがしっくりこなかった。私は少しもやもやした状態で、いつも通りスーパーへ入って行った。冒険、かあ…




