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6枚目

 結局放課後になっても結城は学校に来なかった。いったい彼はどこに行ったのだろう。全く関係ないにしても心配してしまう。なんせあの結城だ。昨日訳の分からない言葉を投げかけたあの結城だ。目が覚めて死んでなかったから自殺したのかもしれない。いやそんな狂った行動に出ていなくても、偶然何かしらの事件に巻き込まれたのかもしれない。私は彼の身を一応案じながら、今日も終礼終了約5分後に自転車置き場へ向かっていた。

 自転車置き場はその位置上、各学年8組の生徒が最も近い。2年8組の私は、その恩恵を最大限受けていた。階段を2つおりて、右に曲がって10数歩。あまりにも近接している。感動的なくらいだ。

「家田」

 突然した声にビクッとなった。誰だ私の名を呼んだのは。

「後で河原に来て。お願い」

 お前か結城。あまりにも動揺してしまったために、山ほどあった聞きたいことが全部吹き飛んでしまったではないか。あたふたあたふたとしているうちに結城はどこかに消えてしまった。彼は忍者か何かなのか。


 指定された河原に来てみた。リア充カップルが3組ほど河原に並んでいちゃいちゃしていた。それを呆れ顔で横目に見ながら、1人でポツンと座る結城の方へ向かった。

「で?何の用なの?」

 結城が反応するのを待たずに私は声をかけた。遅れて結城が振り向いた。全く動じる様子もなく、結城は語り始めた。

「うまく先生を誤魔化せたか?」

 結城は微妙に私の質問に返事せずに、逆に質問をして来た。質問を質問で返すなと学校で習わなかったのかと憤慨したくなったがまあ良い。正直に答えるとしよう。

「ダメだった。あんたを行方不明にしたってでっち上げたら、警察に連れていかれかけた」

「そりゃダメだな。安藤かそれ?相手の方が一枚上手だったな」

 結城は手を叩いて笑った。この人はこんな顔もするのかというくらい、楽しそうな顔をしていた。普段の表情筋一つ変わらない結城と同一人物に思えないほどだった。

「で、そのあとはどうしたの?」

「正直に何も知らないって答えたわよ。っていうか、今日はどうしたの?みんなとっても心配してたよ」

「どうしたの?って、ひどいなあ。家田さんを助けようとしたのに」

 そう言った結城の真意を知りたくて、私は彼の隣に座った。最早彼の横顔や丸刈りの頭が爽やかに全く見えなかった。

 まるで私が座ったのを見計らったかのように、結城は話し始めた。

「俺がいなくなって、それが君のせいだと言い張る。すると、先生は家田さんを宇宙人じゃないと決めつけたことに謝罪する。そして謝ったことで解放してあげようと君が言う。そして次の日に俺が戻って来て、はい完結。家田さんは自分が宇宙人だと認められる、先生達は俺が無事で帰って来て大ごとにならないで済む。win-winだろ?」

「…私に相談してよ」

「仕方ないだろ。昨日はあの後練習してたし、朝に打ち合わせするには遅いし、れ…」

「れ?」

 結城は少し照れた顔をした。

「連絡先も、知らなかったし」

 まあクラスのグループLINEに私入ってないしな。納得の理由である。

「そもそも君は今日休んでもよかったの?野球部って厳しいらしいし、授業も全部休んじゃって…」

「大丈夫だよ。こういう時のために日頃から真面目に授業受けて、真面目に野球してるんだから」

 あんた授業中寝てるかぼーとしてるだろ。そもそもの発端はあんたが私に例題の答え聞いたからだし。しかしまあ、野球部の方は真剣にしているのだろう。顧問である牛尾の、結城に対する絶大な信頼にそれが見て取れた。

「本当は殺してくれると嬉しかったんだけどなあ」

 結城はなんとも物騒なことをぼやいた。本当に理解できない。この男は何を考えているのだ?

「ねえ、結城くん」

「結城でいいよ。もしくは仁智」

「結城くんは一体、なんでこんなことをしたの?君になんのメリットもないじゃん」

 結城の横槍を無視して、一番の核となる質問をぶつけてみた。

「メリット?それはあれだよ。君を宇宙人であると認めさせたかったんだよ」

 結城は真っ直ぐ澄んだ目で答えた。

「そしたら、君は僕を殺しやすくなるだろ?ほら、普通の人に殺してくれと頼んでも、日本の法律ではその人も罪を被っちゃう。でも宇宙人なら話は別だ。そもそも地球の法律で裁かれない。証拠を残さず殺すことができる。あとは僕が、殺されるに値されることをすれば、容赦なく死ぬことができる」

「そんなに死にたいなら、自殺でもすればいいじゃない」

「それじゃあだめなんだよ。僕は、誰かや何かを守って死にたいんだ。学校でも地球でも、きみでも、いい。自分を犠牲にして他人の幸せを守りたいんだ。だってそれが…人として最も美しい生き方だと思わないかい?」

 これを、表情一つ変えずに言うからこの男は恐ろしい。純粋培養された狂気が、私を困惑させてやまない。この地球人、宇宙人なんかよりよっぽど非常識だ。一体どんな生活をしていたら、こんな人間が育つのだろう。悪い意味で、この男に興味を持ってしまった。

「まあ私にはわからないけどね。まず『人』じゃないし。宇宙人だし」

「宇宙人にも『人』って文字あるけどね」

「あ…」

 静寂が数秒、嵐のような爆笑が数十秒続いた。その間私は、困惑3割、恥ずかしさ7割の感情で下を向いていた。

 結城はあらかた笑い終わると、くたびれた笑顔でこう言った。

「案外さ、家田さんってドジだよね」

「そ、そんなことないよ!」

「いやあるよ。昨日の例題を解いた時も…」

「あ、あれは結城君がいきなり声をかけてきたからでしょ。結城君のせいだよ」

「いやそこじゃなくて、一番あてられてるのに二番解いてたじゃん」

「あ…あれは結城君の分も解いてあげたのよ。あえてよあえて、優しさよ」

「はいはい」

 結城はそう言うとまた笑顔になった。こんな笑った顔をしているときには、死にたいだ殺してくれだいう人間だとは到底思えないのに、外面と内面のギャップに驚いてしまう自分がいた。

「そ、それより結城君はこれからどうするの?学校では結構パニックになっているよ。今日1日いなかったことなんて説明するの?」

「んー記憶喪失になって気づいたら山奥にいたので歩いて帰ってきました、とか言っておこうかな」

「…それ、絶対誰も信じないよ」

「大丈夫、いざとなったら宇宙人のせいにするから」

 そう言って私の方を向いてにたっと笑った。こいつ私に罪を擦り付ける気だな。全く地球人は陰湿だな。アルフェラッツ星人たちを見習わしたいものだ。

「家田さん。いつか僕のこと、殺してね。地球が滅ぶ1日前とかでいいから。僕はそれまで、君の活動を邪魔していくから」

 結城はどこまで本当かわからないことを言って、またにっこり笑った。

「大丈夫よ結城君。私はこの星の人間たちと違って、とても平和主義で友好的な宇宙人なの。誰も殺さないわよ。例えどんな邪魔をされてもね」

 私も、どこまで本当かわからないことを言って、にっこり笑った。傍目から見たら仲良さそうだが、その実とても複雑である。

 彼の真意はどこにあるのだろう。本当にこんな狂っているのだろうか。本当に誰かのために死にたいのだろうか?本当に、私を宇宙人だと思っているのだろうか?答えが見えないまま、2人で夕焼けへ移っていく街並みを見ていた。彼は、結城は、これから私の学校生活に新風を巻き起こす存在になるのだが、それはまだ遠い先の話。

 その日は、報告書に結城の異常性を添えて就寝した。昨日と違い、よく眠れた。心地よい眠りだった。

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