56枚目
私は前を向いたまま、出森は下を向いたまま、日はどんどんと落下して行った。徐々に道を歩く人も子供から大人へと成長を遂げていた。こんなところで座りこくって居るのは、暇な高校生くらいだった。
少し突っ込んだ質問をし過ぎたかもしれない。私は赤くなっている出森の隣で反省していた。もともと私は他人の過去についてゴダゴダと話をするのは好きではない。それは私が、所謂野次馬根性を持たない善良な宇宙人であるからでもあるが、何よりもその対価であろう自分の過去について話したくなかったのだ。『何であなたはそんな格好をしてるの?』と聞かれて、『宇宙人だから』としか答えられないのだ。決して、『どうして宇宙人になったの?』とは聞けないし、聞いても答えられない。答えたくない。だから私は、なるべく周りに干渉しないで生きてきた。他人のことなんて興味がないふりをして生きてきた。そしてそんな生き方は、とっても楽で心地良かった。
「ごめん、ちょっと言い過ぎたね」
私はそろそろそんな世界に戻るべきなのかもしれない。地球人と仲良くし過ぎたかもしれない。彼らは危険だ。我が世界を征服しかねない。だからここらで譲歩しよう。
「いや、ちゃんと話すわ」
そう思っていたのに、急に出森は口を開いた。私は必死に身構えながら、彼女の言葉をしっかりと聞く態勢をとった。確かにさっき人の過去を知らないように生きてきたというが、亀成のルーツを知りたいというのもまた自明な感情だった。
「昔からあんなんだった、のかは忘れたけどね。でも惚れっぽかったのは事実よ。義理チョコ渡されただけでも惚れちゃったり、ちょっと優しくされたらコロッと堕ちたり…まあでも小学生まではね、可愛いなああの子はって感じで周りもあんまり何も言わなかったんだ。まあ私は結構苦労してたんだけどね」
「何で?」
「いや、こういうの女の子の間ではうるさいのよ。わからない?」
私はブンブンと首を振った。
「まあ、あんた普通の女の子じゃないからね」
しっかり宇宙人と言え!
「でもまあ中学に入ったらね、少しいじめられるようになって…」
私はピクッと反応した。
「もともと背も低いし体も小さいし運動もできないしで、いじめられっ子の要素がいっぱいあったからね。そんな、虫食わせたり金払わせたりっていうひどいやつじゃなかったけど、あいつは結構傷ついてさ」
そりゃそうだ。いじめに過多過小など存在しない。例えどれだけ小さいことであっても、当人が傷ついたのならみんな平等にひどいいじめだ。
「そしたら、人間いじめられたら暗い性格になっちゃうのよね。私もそうだけど」
唐突な自分語りである。
「あんまり話さなくなった結果、あんな風になっちゃったんだよ。ちょっと勘違いしたら、自分の都合がいいように相手の心情を思い込んで、グイグイと突っ込んでくる。そのくせクラスではあんまり話さないから、そのギャップが怖いっていう人もいたよ。あれだね。明るい狂人がただの狂人になったって感じ」
それ単純なる悪化じゃないか。さっきまでなら気軽に口に出せていたことが、全く凍りついて言葉が出なかった。
「それで何回も注意したんだけどね。ダメだった。気をつけてね。あいつ一回ストーカーしたこともあるから」
それを聞いて私はのけぞってしまった。
「事実だよ」
そんな私に出森は諦めるよう促した。
「あの…もしかして亀成君が年がら年中長袖なのって、いじめられてたから?」
言葉が抜けていた。正確には、いじめられて、体のどこかに傷を負ったから?だ。私は痛みを訴える右目を抑えつけつつ尋ねた。出森は少しだけ逡巡したのち、重々しく口を開いた。
「光線過敏症、ってわかる?」
私は首を横に振った。
「フロイトはあんなに細かく語ってくれたのに」
「地球の病気にはかからないからな。記憶が曖昧なのだ」
「まあ簡単にいうと、光が当たることによって様々な症状を引き起こす病気よ」
「それは…大変だね。それじゃあプールとか無理だね」
「いや、あいつは光線過敏症じゃないよ、ただのアトピー」
出森は少しだけ眉が寄った。
「ただ、そう思い込んでるだけよ」
「え?」
「自分が光線過敏症で、だから長袖を着るのは当然だってね。いじめられてた頃自身のアトピーを弄られたりしてたから、勝手に思い込んだんじゃない?」
私は絶句した。
「流石に失礼だと思わない?実際にその病気で苦しんでいる人から見たらさ、健康なのに自身の苦しむ病気って偽るなんて、最低の行為だと思う。そもそも光線過敏症って顔も全部隠さなきゃいけないくらい大変な病気なのに…」
そうだな徹底度が足りないな。いや違う。そこではない。
「…まあ宇宙人って偽ってるあんたに言っても仕方ないか」
おっとそれは違う。私は宇宙人だ。誇り高きアルフェラッツ星人だ。そんな自分の出自を偽る人間と一緒にしていただきたくない。でも確かに、本当のエイリアンがもしもいたのなら、私は滑稽なのかもしれない。
「まあ、そういうことだから、しばらく迷惑かけると思うけど気にしないでね」
滑稽で済めばいい方かもしれない。
「いや…大丈夫だよ。それに…良かった」
私には、彼を叱責したり陰口を叩くようなことはしない。
「ん?何が良かったの?」
そんな資格は、ない。
「だって、あの人にも出森さんみたいにしっかり心配してくれる人がいるってわかったからさ」
そんな資格があるのは、逃れたい現実と戦いながら生きている人だけだ。
「はあ?別に心配なんかしてねーし。なんつーか、あいつが人様に迷惑をかけるのがなんか胸糞悪いだけで…」
「大事にしてあげてね」
私は諭すように言葉を遮った。ポカンとして顔を朱色に染める出森を、それでも真剣な顔をして言った。
「そういう、本気で心配してくれる人って、絶対に必要だから」
もしもそんな人が私にもいたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。そんなのは無理な話だ。あの時、私を見てくれる人なんて誰がいたというのだ。それでも…亀成功太郎という男がとても羨ましく思えた。そしてその羨望を、嫉妬に変えたりなんかしない。誰しも、自分のありのままを受け入れて生きていけることほど幸せなことはないのだから。
「日頃から蹴りいれたりしてるけど?」
「いいんだよそれで。構ってあげて」
「あんたがやれば?」
「私?無理だよ」
似た者同士だから、あなたみたいな存在がいるかどうかという一点だけを除いて。
「これは多分、出森さんにしかできないことだよ。頑張って!」
「頑張るって、何を頑張るのよ…」
私はそんな返答に笑いつつ立ち上がった。そろそろ晩御飯を作り始める時間だ。
「今日は色々話してくれてありがとう。おかげでスッキリしたこともいっぱいあったよ」
「そっか、なら良かったわ!」
「それに私、言い寄られるくらいなら笑って許しちゃうわよ」
「それは似た者同士だから?」
私は少しだけ間を開けて答えた。
「知らないの?アルフェラッツ星人は平和主義で友好的な宇宙人なのよ」
私は人差し指を立てて唇に持ってきた。あえて腰を折り曲げて、うっかり同意しそうになった舌を抑えつけた。私と亀成は、同じじゃない。むしろ亀成の方が恵まれている。そんなことはどうでも良かった。例えそうだとしても、私の生き方はこれしかない。
「私、宇宙人だから」
私の逃げ方は、これしかなかったのだ。




