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どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服するそうです。  作者: 春槻航真
第7章、結城仁智と亀成功太郎
54/166

53枚目

 思えば亀成功太郎かめなりこうたろうという男について知っていることは少なかった。元々私がクラスに溶け込め…いや、自ら溶け込んでこなかったことが原因なのかもしれないが、それでも彼に関する情報は少なかった。長袖の件も、暑くなってきたのはここ最近のことだし、そこまで気にしたことがなかった。つまるところ、私は彼について何も知らないのだ。彼の異常性をまざまざと見せつけられて、私は1人校舎裏でへたり込んでしまった。あの強引な雰囲気、意味不明な理論、疑いなきまなざし…すべてが未体験なもので、異質なもので、居心地の悪いものだった。それはまさに、宇宙人にでも出会ったかのような感覚だった。

 それに…私にはもう一つ疑問となることがあった。出森楼早でもりろうさのことだ。私の中で出森とは、クラスの中心人物たちの取り巻きにいて、私をいじめてきた過去があって、でも梯子を外された経験を持つ少女、という認識だった。外見的な特徴はシャープなメガネをかけているくらいで、取り留めない普通な女の子だった。後、有田が好きなことくらいか。正直言って今有田の評判は悪化しているので、今でもそうかといわれたら自信はなかった。そりゃあ、無関係な人間と付き合っていると言いつつ当の本人に連絡しなかったらそうなるだろ。私は被害者意識で当然だと思っていた。

 話がそれたな。とにかく、そんなよく知らない2人によって、私の気苦労が増えたことは間違いなかった。明日からどんな日常になるのだろう。多大な不安感を抱きながら、私はぼんやりと雲を眺めていた。

「家田さん!!!!!!!!」

 過大な声量が耳に飛び込んできた。私をこんな大声で言うのは姫路以外存在しない。私はどうしたの?と言おうとして振り向こうとしたが、思っていたよりも姫路は自分の近くまで来ていたようだ。私は抱きついてくる姫路に対して受け身も取れずにそのままずでーんと転がってしまった。彼女の胸が顔に当たる。彼女の手と手が私の背中でがっちり握り合った。

「大丈夫でしたか家田さん!!!!!!!」

 賢明な読者の方は解るだろう。このまま私がこの状態のままならどうなるだろう?そう窒息だ。私はふがふが言いながら抵抗しようとしたが、そこはさすがの剣道部である。

「姫路は、姫路は心配だったんですよ!!!!!家田さんがまたあんなひどい仕打ちを受けるんじゃないかって!!!!!で、どうだったんですか?!!!!!!何をされました???」

「いや…なにも…」

「本当ですか????また我慢とかしてないですか???」

 我慢は今してるよ。どんどんと薄くなる空気に朦朧としながら、私はぜーぜーと息をしていた。

「なんかあったら今度こそ姫路に言うんですよ。約束ですからね。ハリセンボンですからね!!!」

「わ、解ったから…息が…」

「ああ、すみません!」

 そう言うとやっと姫路が離れた。久しぶりに新鮮な空気が吸えた。姫路は体操服姿でこっちを見ていた。本当に心配した目をしていた。なんでこの人は、こんなにも私に構うのだろう。構って欲しいとも、構ってもらえるほどの人間だとも思っていないのに。それでもそんなに純粋な心配をされてしまっては、私も戸惑ってしまう。いくら私が宇宙人でもだ。

「部活終わり?」

「いえ、ロード速く終わらせてこちらに来ました」

 ロード、よく体育会系の部活が使う言葉だ。ここから万博記念館の前まで走っていくコースだった気がする。どうりでほんのりと汗のにおいがしたと思った。私は勝手に納得しながら、立ち上がって膝をパンパンと叩いた。砂利の跡が赤くなっていた。

「心配かけてごめんね。本当に大した話じゃなかったから、安心して部活に戻ってよ」

「え…でも…」

「大丈夫だから」

 わからないんだ。人から優しくされた経験なんてないから、こんな時にどう接したらいいかわからないんだ。そんな私の心の叫びなんて、多分姫路は笑い飛ばすんだろうけど。

「部活、頑張ってね」

 そう笑いかけて、私は歩き始めた。姫路は大層不満そうな顔をしていたが、剣道部の集団が帰ってきたこともありそっちに行ってしまった。それでもなお私の方を見てくる姫路を見て、私はうれしい気持ちと戸惑う気持ちを並列的に感じて、変な徒労感を覚えた。


 鞄を持っていなかったので、教室に戻ってきた私を出迎えたのは、眼鏡だけでなく言動も鋭利な刃物のような少女だった。扉を開けると、出森が自分の席に座って何かを書いていた。私がドアを開けた瞬間に振り返ってたのか、心の準備なく最大限の睨みをされてしまった。

「なに?家田?」

 私はビビりながらも応えた。

「や、鞄置きっぱなしにしちゃって」

「ふーん」

 出森はやたらつっけんどんだ。会話を始めたかと思ったら、一方的にそれを斬ってしまう。そんな奴だった。今回もそのご多聞にもれず、すぐぷいっと私から視線をそらした。私には一番馬の合わないタイプの人間だった。さっさと鞄取って帰ってしまおう。そうしよう。私はそろそろと歩いて、自分のカバンをゲットし、そのまま教室を出ようとした。

「今日は、すまなかったね」

 出森は振り返らずに私に話しかけた。彼女を後ろから見たら茶色に染めている髪の根元の黒い部分がはっきりと見えた。

「ん?なにが?」

 私はやたら馬鹿っぽく返答してしまった。

「何がじゃ無くて…亀成のことだよ」

「別に…出森さんが謝ることじゃないし…」

 そう私が言ってから、少しだけ沈黙が流れた。これは…もう帰っていいのかな?

「家田ってさ…」

 あ、まだなのか。

「防衛機制って知ってる?」

 出森はたっぷりと時間を使って尋ねた。私は動揺しながら答えた。

「し…知ってるけど?オーストリアの精神医学者ジークムンドフロイトのヒステリー研究を発端として考えられ、彼の娘であるアンナフロイトが児童精神分析の研究の中で整理し体系化した、自我の安定を保つために機能する人間の本能のことでしょ?」

「…やたら詳しいね」

「そ…そんなことないわよ」

 詳しい理由を聞き出すのなら逃げよう。そう思っていたが、出森は特に何にも聞いてこなかった。

「で?それがどうしたの?」

「あいつはね、投影ってのが過ぎるんだよ。そんだけ詳しかったら、説明する必要もねえだろ?」

 投影…自分の中にある感情を、自分以外の他者が持っていると知覚すること、だったかな?確かにそれは、間違いなく彼の行動そのものだった。

「色々あって、彼は人間が嫌いでね。正確に言うには、自分のことを嫌う人間にはとことん嫌いなんだ。そして少しでも自分のことを嫌に思わない人間には、すぐに自分に好意を持っていると解釈してしまう。そういうやつなんだよ」

 どこかで聞いたようなその話に、私は寒気がしてきた。これ以上聞きたくなかった。それを察したように、出森は一言ぽつりとつぶやいて黙ってしまった。

「狂ってんのよ。あいつは」

 私はそれを、全く持って人ごとに思えなかった。まるで私自身に言われているかのように憤り、その憤りの所在をどこにするか悩んでいたのだった。

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