51枚目
この日本という国はどうにも失敗に厳しいのではないだろうか?一度失敗してしまっては、全ては水の泡、その人は劣等人、2度と戻ってくるチャンスはない…誰しもがこのような状況で暮らしているのは、あまりにも残酷ではないだろうか。これを競争原理の一環だと割り切る人間がいる。こうした人間の考えを取り立てて否定しないが、何か社会全体がそういう雰囲気に飲まれてはいないだろうか。私は常々それを思うのだ。地球人と違い、日本人と違い私は全宇宙のありとあらゆる生命体を見てきた。その中で、ここまで他人に厳しい民族は日本くらいだ。
それは別に悪いことだけというわけではないだろう。統率が取れていて勤勉であると日本人を評価する声が絶えないが、その原因も突き詰めればそうならなければすぐに転がり落ちてしまう厳しい社会にあるのではないか。そう聞くと耳障りは悪いが、真面目で努力家なことは決してマイナスポイントではないはずだ。しかしながら、今の日本はそれが過剰すぎるのではないか?過剰に厳しい社会が、何処かこの国を歪ませているのではないか?
10年以上前にしたことをうっかり忘れていて辞任に追い込まれる大臣、子供心にホームランボールを身を乗り出し取ってしまっただけで住所まで特定されてしまう中学生、倒れた人の対応を少し間違えただけでバッシングを喰らい自殺に追い込まれるサラリーマン…そんなにも他人を非難して、陥れて、本当に楽しいのだろうか。こうした姿を見るたびに思うのだ。この国は腐っている、早く征服しなくちゃ!と。そうでもしないと、この国の人間は目を覚まさないであろう。これが私の使命であると、私は強く思っていた。
「…っていうことなんですよwwwwwめっちゃ面白くないですか?wwwww」
それは決して、先の水着を間違えたミスを4限終わりの昼休みに笑い話にされて、恥ずかしさのあまり錯乱しているからではない。私、アルフェラッツ星人の使命だからそう言っているのだ。そうなのだから、だから…さっきの時間の私の失敗も早く忘れてくれませんかねえ。
私は若干涙目になりながら姫路の方を見ていたが、姫路は気持ちばかりの申し訳ない顔をした後結局最後まで話きってしまった。なんてやつだ。聖人として名高い姫路も、やはり地球人の一員だったということか。私は伏し目がちになりながらパンをちょびちょび食べていた。
「そりゃひでぇwwww」
有田が手を叩いて笑っていた。まあお前は典型的男子高校生without恋愛事って感じだからな。最早怒りの感情すら湧いてこなかった。
「本当に…先輩ってどじっ娘ですよねww」
遠垣は笑うのを必死に堪えようとしていたが堪えきれていなかった。
「ち…違うもん!今日はたまたま間違えただけで…そうやって少しミスっただけでレッテルを貼るのはどうかと思うよ」
「いやでも先輩のどじはもう片手で足りないくらいですよw」
遠垣はナイフで痛いところをぶっさしつつ笑っていた。確かにそうだが言わないでいただきたい。泣いちゃうから。
やはり今までの自分から変化することは中々難しいみたいだ。私はそれを痛感していた。もう暫くはポジティブ杏里ちゃんは封印である。もっと、前向きに生きれるようになってからにしよう。そんなことを思いつつ、私は耳元まで真っ赤にしながらクリームパンを齧っていた。食堂で食べているはずなのに、まるでサウナ室にいるかのような体温だった。
「まあでも良かったよ、なんか今日の家田おかしかったから」
そう最初に言ったのは結城だった。私は顔を上げて不満気な表情を浮かべた。
「そんなことないけどな。いつもあんな感じよ?」
結城は心底安心した顔をしていて、それが微妙に腹立たしかった。
「まあでも、確かに今日の家田さんはなんかいつもと違いましたよね?」
「確かに…先輩テンションなんか高かった!」
「もしかして家田って、実はあんな感じなのか?」
有田の質問に、私は答えねばならなかった。
「別に私が明るくてもいいでしょ?悪いの?」
「いや…悪くねえけど…あんまイメージないかな?」
「私はテンションの高い家田さんも可愛いと思いますよ!」
姫路は謎の宣言をし始めた。
「俺は戸惑ったけどな」
こんな所でも結城はポジティブな私を否定するのか…私はうーと結城をにらんだ。あんたのためにやってるのに…本人から邪険にされてしまうのは流石に心外である。
「にしても、なんでいきなりあんなテンションになったの?」
遠垣は心底疑問を持った顔をして尋ねてきた。そりゃ勿論決まっている。前助けられた結城を今度は助けるために、何事にも悩まない完璧ポジティブ美少女ニュー杏里ちゃんに変貌を遂げたのだ!と
「べ…別になんでもいいでしょ」
なんて、言えるわけないですよねー!流石に私も地球人レベルの羞恥心くらい持ち合わせていた。
「え?俺を助け…」
「そういや今日水泳見学しているときの話なんだけどさあ!!!!!」
私はわざとらしく大声を出した。おいおい結城!お前何を言い出す気だ?いくらなんでもその話を人前でされるのは耐えられない恥ずかしさがあるぞ!というかお前恥ずかしくないのか。こいつは本当に、羞恥という概念をどこかに置いてきたかのようなやつだ。
「今、結城先輩が何か…」
「もう1人男の子が見学してたんだけどさあ!!!!」
遠垣の質問にも全力で封鎖をかかった。そして2人を睨みつけた。全力で睨みつけていて、まるで蛙を睨む蛇のようだと自分では思っていたのに、2人は子供をあやすかのような目をしながら引き下がった。むう!不満である。
「あー亀成も見学だったな!それが?」
有田は空気を読んだのか読んでないのか私の話に路線を移してくれた。サンキュー有田。
「あの子って体育のときいっつも長袖ジャージなの?今日のクソ暑い日でも全身長袖長ズボンで、見てるだけで暑苦しかったんだけど…」
「そういやそうだな」
結城も同調してきた。補足をしておくと、我が学校の体育はプールのみ男女混合である。これは入れる期間が短いための苦肉の策だ。あ、無論泳ぐレーンは完全に別れているので、会って話したり健全な男子高校生がしがちな妄想みたくはならない。そしてプール以外は完全に分離している。一緒に何かやるのは雨が降って体育館しか使えないときのみだ。
「そういや今でも長袖長ズボンですよね?ズボンが半パンじゃないのはわかりますけど上の服まで…」
そう言っていた姫路はカッターシャツを着ていて、そのあまりの薄着に胸のラインがくっきり出ていた。私にはそれが嫌味にしか見えなかったがそれは置いておこう。
「冬に半袖とかしてる人は時々いましたけど、逆バージョンですか」
遠垣もすっかり私のことなど忘れたようだった。ごまかし成功、といったところであろう。
「なんでだろうなあ」
有田のことぼんやりとした会話から、夏場何を着て学校に来るかという私服高校ならではの会話で盛り上がった。やれやれ、なんとか切り抜けたなと私は肩の荷が下りた気分で話に乗っかっていた。
いきなりだった。呼び出された校舎裏、ほとんど誰もこないようなその場所で、その人はいきなりこんなことを言い出した。
「家田さん、付き合ってください!」
は?なになにどゆこと?私は事態を全く飲み込めないまま、呆然と立ち尽くしていた。