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どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服するそうです。  作者: 春槻航真
第6章、家田杏里と体育の授業
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41枚目

 この地球という世界には到底理解しがたいものが沢山ある。能力のないものを敬う非効率的な上下関係という制度。目に見えないものに妄執し自己解釈する原理主義者。こうした堅苦しいことだけではない。夜に爪を切ってはいけない。血液型で性格を断定する。こうした日常生活的な迷信もなかなかにわかりあえぬものであった。そうした中で、私が随一に理由不明だと思うのは、プールの時間だ。

 そもそも、アルフェラッツ星人の授業にプールなど存在していなかった。何故ならばそんなもの必要ないからだ。水上を行き来する道具など両の手では数え切れないほどあったし、体力をつけるという観点では他の運動の方が効率的であることが証明され、水泳は衰退の一途を辿った。また水上での安全面も、突発的に空気が膨らむウォーターバックによって解決されていた。つまるところ、水泳などする価値もないものとなっているのだ。

 というか、何故この星の人間もプールの授業なんて行わなければならないのか。私は強く訴えたい。だって、アルフェラッツ星人と同じく水上を行き来する方法など、ごまんと持っているではないか。わざわざプールで危険をおかせてまで体力増強など国民健康という観点で本末転倒しているのではないか?強いてアルフェラッツ星人との違いについて語るなら安全面だが、そもそもこの星は自ら近づかなければ水の近くなど運行しない。なんだこれは。やる必要など無いではないか。

「という訳で、私は今回プールの授業には参加し…」

「いーえーたー!!!」

 安藤先生のダミ声が教室に響いた。生まれて2回目の生徒指導室は、相も変わらずの汚さだった。変に威圧的で閉塞的なその雰囲気は、もはや懐かしさすら覚えた。

「安藤先生!一体何が不満…なんですか?」

「全てにおいて納得できんが…何よりもお前の出した結論が『授業に参加しない』なんだ!?!?」

 おう真っ当な意見である。私が地球人なら、な。私はふてくされて黙ってしまった。本当はこんな押し問答するのではなく、姫路オススメのパン屋さんに行きたかった。

「まったく…去年も何かと理由をつけて全部レポートで終わらせやがったし、他の体育の時間になっても頑なにその包帯外そうとしないし」

「世界が滅びますから」

「…ずいぶんさらっと言うようになったなあ、おい」

 安藤先生は呆れた顔でぽりぽりと頭をかいた。そんなことしたら今でさえ薄い頭頂部がさらにわびしくなるぞと馬鹿にしてみた。もう1年以上関わりのある先生だから、心の中で思うくらいセーフだろう。

「まあとにかく、今年は一回はプールに入るように。これまで一度もプールに入らず卒業した生徒なんて居ないからな」

 えーと言う不満顔が、どうやら私の顔に映っていたらしい。

「そんなに頬を膨らますな。ほんの1時間の我慢だと思って、な」

「はーい」

 全くもって同意していない同意文だった。ここらで手を打たなければ本当にしばらく解放してくれないだろう。そんな風なことを思えるほどに、私は成長したのだ。これは、少しずつ人間社会とはいかなるものなのか理解し始めたこととも取れるだろう。

「それじゃ、失礼…」

「あ、ちょっと待て家田。実はまだ話したいことがあってな」

 もう完全に鞄を持って部屋を出ようと言うモーションを取っていた私にとって、それは完全なる不意打ちだった。

「な、な、な…なん、で…すか?」

「まあいいから座り直せ」

 そう言って若干腰を浮かせていた私は再び椅子に座って安藤先生と向かい合った。

「個人的にはここからが実は本題なのだが…」

 本題?私最近何か問題行為を起こしただろうか。いいや、品行方正成績優秀完璧宇宙人で通る私だ。そんな私がそもそもこんな薄汚い生徒指導室におっさんと2人きりで閉じ込められていること自体が何かの間違いではないだろうか。私としては地球人の教師の生態をより深く知れるからいいが、普通の地球人だったらブチ切れ案件だろう。なんで私が…?というやつである。

「あれからどうだ?出森とか嘉門とか…他の奴らから何かされたりしていないか?」

 あっ!そっちかあ…私は少しだけ安堵しつつ、首を横にプルプルと振った。前のいじめの案件は、それこそ私がブチ切れたことで風船もびっくりな尻すぼみ的収束を見せた。もう次の週の始めには誰もが有田との噂を否定していて、私に対して比較的フレンドリーに接してきた。

「そっか。また何かあったら言うんだぞ…にしてもお前、あいつらに何を言ったんだ?」

 私はその真意が読めずにん?と言う顔をした。それを察したのか、安藤先生はさらに言葉を付け足した。

「や、先週ここにきた時の3人の顔がめちゃくちゃ青ざめていて、なんか恐ろしいものでも見たかのような感じだったからな。家田がなんかしたのかなと」

「私そんなに怖くないですよ」

 そう言って私は少しだけ顔が赤くなった。その当時のことを思い出してしまったのだ。いじめがどうとか、人は変わらないとか、私は宇宙人になれないだか…散々悩んで泣いて結城に恥ずかしいところも見せつけておいて、いざ蓋を開けて見たら有田の不始末がきっかけだったという、嫌な事件だった。そりゃ、感情的に怒りたくもなるし、その時も現に思ったさ。私の涙を返せって。その頃遠垣の家周辺にいたであろう有田をボコボコにしたかったくらいだった。まあ彼女達にはその代償となってもらったわけだ。可哀想という声が上がるかもしれないがしかし、よく考えて欲しい。大好きな人の代わりに怒られるのだぞ。これは、結城からしたらご褒美でしかないな。

「まあ、なんかあったら言うんだぞ。いじめってのは一度起こると中々収まらなかったりするからな」

 それは確かなことだが、今回の件に関しては発端が発端だからすぐに根絶しそうだなあと思ったりした。

「心配ありがとうございます」

 私は少しだけ頭を下げた。ひょこっていう擬音が聞こえてきそうなほど軽く頭を降ろした。

「いやいや、そんな感謝しないでもいい。これが教師の仕事だからな…」

「嫌がっている人間に無理やりほぼ裸にして外に出させるのも教師の仕事ですか?」

「それはプールの話か?」

 私は頬を膨らませたまま黙っていた。

「…ったく、家田も言うようになったなあ。ただ頑なに断るだけだった去年の方がいささか可愛げがあったぞ」

「歳をとれば可愛さが取れていくのは地球人も宇宙人も同じです」

「いやお前は地球人だけどな」

 まったくこの教師は…私のどこをどう見たら地球人だと思うのか。私は呆れて言葉も出なかった。

「まあ最近の家田は他人と会話できてるし、遊びに行ったりしているみたいだから、少し安心しているよ。去年なんか俺以外の人間と会話してたか?って感じだったもんな」

 う…そんなことは…な…いや普通にありえそうなのが悲しいところだった。そう考えると最近は、よく人と話すようになったかもしれない。

「あとはその包帯さえ取れば立派な真人間になれるぞ、うん」

「もうすでに立派な真宇宙人なので大丈夫です」

 今度は安藤先生が頬を膨らました。いやお前がやっても可愛くねえよ。いや私がやっても可愛くねえか。私は二重で突っ込んだ。安藤先生は相変わらず私を見る目が『何かの事情で宇宙人だと思い込んでいる普通の女の子』と言うスタンスだった。なんだそれは。現実から乖離するのも程々にしていただきたい。私は宇宙人だ。立派なアルフェラッツ星人だ。そこのところを間違えてもらっては困るのだが、もうその反論も虚しくなるほど徹頭徹尾否定してくるのだ。まったく困った教師である。もっと客観的な目線というものを導入してほしい。そしたらわかるはずだ。私がいかに宇宙人であるかということがな。

「まあ、話したいことは以上だ。時間を取らせて悪かったな」

 まあそれでも、悪い人ではないのだろう。現に1年生の時から何かと気にかけてくれているからな。今回も、いじめ直後のメンタルヘルスケア的な側面もあったのだろう。そこは感謝する。プールは入らないがな。

「いえ、それでは失礼します」

 そんないっぱしの感謝を心に抱きながら、私は2度目の生徒指導室訪問を終わらせたのであった。


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