40枚目
日曜夕方6時過ぎの駅前といえば、皆が皆遊びに出て帰って行く頃だった。特にこの街は観光地と大都市との丁度中間地点にある。大都市でショッピングを楽しんだり、観光地で歴史的建造物に親しんだり、更にはテーマパークで休日を満喫した様々な年齢層の人達が大挙として帰路へ向かっていた。そして私達は、そんな流れに逆らうかのように待ち合わせをしていた。私がきた時に居たのは、結城と姫路。
「あー家田さん!」
ブンブンと手を振る姫路の方に近づいていった。2人とも部活があったとのことだったが、その格好は正反対だった。薄汚れた部活ジャージを着ていた結城と違い、姫路は薄黄色のワンピースを着ていた。
「結城、着替えてきなよ」
私はきたなりそんなことを言い出した。私だってパンツルックながら結構外向けのTシャツ着たんだぞ。なんだその格好は。
「や、帰る暇なかった。ここと家正反対だし」
「姫路さんはちゃんと着替えてるのにー」
「わ、私なんか部活の格好で来ようものなら公害レベルですよ!!」
姫路は手をブンブンと振りながら少し後ずさった。
「そうなの?」
「そうですよ!!剣道なんてもさくて臭くて汚ならしくて…それはもう、誰がやりたがるのかってくらいですよ」
「松ヤニとかやばいって聞く」
「そうですよ!今日も部活終わってから急いで家に帰って、シャワーを浴びて匂いを取ってきました。そりゃあもう大変でしたよ」
へーそうなんだ。地球人として平均以下の運動神経しか転移できなかった私なので、そういった知識は疎かった。
「私の剣道の師匠なんかは『剣道の匂いは勲章だ』とかわけわからないこと言いますが、自分にも人にも迷惑をかける勲章なんていらないですよ」
姫路は腕を組んでふんと息を吐き出した。完全に同意である。
「そういや、前姫路さんボーリング来てたっけ?」
結城が前後の話を無視して質問した。
「いや行ってないですよ。私はそういうことなどせずに勉学に充てていますからね」
そう言いながら少し複雑な表情をしている姫路を私は見逃さなかった。本当は参加したいんじゃないかなあという想像は、昔ボーリング大会後最初の授業前にめちゃくちゃ睨んで来た時から思っていた。今度は、私が誘ってあげようかな。そんな宇宙人らしからぬお節介を考えつくほど、私はここでの生活に馴染んだみたいだった。
「そういやまた期末があるねー」
私はぶっきらぼうに言った。
「ついこの前中間テスト終わったと思ったのに」
「家田さん!また勝負ですよ!次こそは私負けません!」
や、前も私の負けなんだけどな。保健体育のせいで。
「ま、まあ勝負とかは置いておいて、また勉強会しようね、みんなで」
「良いですね!やりましょう!」
「まあまだ全員揃ってないけどな」
残り2人、まだ来ていなかった。
「結局、遠垣さんは大丈夫なんでしょうか…?」
姫路は少し弱気な声を出した。
「連れてくるとは言ってるんだよね?」
「有田がな」
信用できないなあと思ったが、その言葉は流石に心の中に仕舞い込んだ。しかしそれから大して間を空けず、2人の姿が見えた。
「あ、来たみたいですよ。おーい、おーい」
また姫路が私の時と同じように手をブンブンと振り始めた。それにつられて私もピョンピョン跳ねながら手を振った。
遠垣はまっすぐ私達の方へ来た。そして私の顔を見た瞬間、いきなり私にハグし始めた。
「え?ちょっ…どうしたの?」
それも結構キツめのハグだった。遠垣と完全に体を密着させていた。
「…ごめんなさい」
そしていきなり謝罪し始めた。全く反応できてない私をおいて、遠垣は切々と言い始めた。
「心配かけてごめんなさい。なんの力にもなれなくてごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい…」
私は遠垣の頭に手を置いた。艶々の髪が私を許容しているように思えた。
「私こそ、迷惑かけてごめんね。それに…戻って来てくれて良かった」
そう言って、私は少しだけ遠垣と距離をとった。彼女の顔は、元の綺麗な顔が見劣りするほど歪んでいた。
「ほら、泣かないで。今日は遠垣さんの1番好きなボーリングでしょ。一緒に楽しもう」
「ありがとうございます…」
そう言ったのに、まだ遠垣は泣いたままだった。彼女も彼女なりに、ここ数日戦っていたのだ。それについて私がどうこういう資格など、私にはない。私はただ、これからの未来についてしか語ることができなかった。しかしそれが悪いことだとは決して思わなかった。
「お、感動の再会おわった?」
そしてその後ろからは、この騒動の元凶がやって来た。
「んじゃ、ボーリング行こうか…」
「チェストおおお!!!!!」
私は姫路譲りの大声を出しつつ有田の背後から一発蹴りをかました。無論有田は驚いてこちらの方を向いた。
「んな、何すんだよいえ…」
「あんた、私に言わなければいけないことがあるわよねぇ」
そうだ。私は今回、彼に断罪が必要だと思ったのだ。
「な、なに?あ…」
何か思いついたようだ。
「いじめ解決したみたいで、良かったね」
ろくなことではないようだった。
「あーりーたー。今回のいじめはね、お前のせいで起こったんだぞ!!わかってんのか!?!?」
そうして私は今回の経緯を説明した後、もう一度彼に聞いた。
「で、釈明は?」
「高見があまりにも家田家田とうるさいので、家田と付き合っていると嘘つくと収まるかと思って言いました」
「なんで私には言わなかったのかなあ…?」
「うーん、多分忘れてた…」
まあそうじゃないなら真っ先に言うわな。私はクソでかい溜息をついた。
「あの…家田さん…本当にごめんなさいでした」
「まあ、良いわよ。もう解決したし」
「マジで?やっ…」
「次同じことしたらマジで絶交だからな。あと今回のボーリング代全員分払え。わかったな」
「え?きつくない…」
「罰ゲームだ。ほら、さっさと行くよ!」
私のこの声に、遠垣も姫路も歓声を上げながらついてきた。結城もついてきて、後ろから未練タラタラの有田が歩いてきていた。まあ、流石に自分のボーリング代くらいは払うがな。彼にはそれくらいのことをしでかしたのだと反省していただきたい。
「楽しそうで良かった」
不意に結城がそんなことを耳元で囁いた。私は自分と照らし合わせて返答を考えた。
「まあ、これは地球人に関する有用な情報になりうるからな。そういう点では非常に有意義となりそうだ」
私の返答に結城は、少し笑顔がこぼれたのを見たのは、多分全銀河で私だけだ。そして彼は言った。
「そんなの抜きでも、楽しそうだよ」
その顔たるや。爽やかな顔たるや。私は少しだけ顔を赤くしつつも、伏し目がちに言った。
「べ、別に楽しいからじゃねーし。仕事だから来てるんだし」
多分、結城にはこんな態度でも私の真意が伝わる。そんな確信があった。だから私は少し照れ隠しに
「ほら、お店入るよ」
とみんなに呼びかけた。5人で盛り上がりながらボーリング場に入って行った。楽しみで仕方なかった。どちらの自分も、楽しみな感情しか湧いてこなかった。結城も、そうなのだろうか。そうやって彼を見たら、彼も私の顔を見ていた。ほんとに似た者同士だなと思って、私達2人は笑うのをこらえながら歩いていったのだった。




