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4枚目

 嵐の後の静けさだった。結城が去って行ってから、しばらく時が止まったかのように静寂な時が流れた。なんならそのまま思考停止してしまいたかった。あまりにも、あまりにも常軌を逸した彼の行動に、私は戦慄してしまったのだ。

 とにかく、私はどうしたらいいのだろう。結城が勝手に出した条件は、自分の身に危険が及べば私が宇宙人だと認められるが、そうならなかったら私は偽宇宙人だと責められてしまう、だっただろうか。若干ニュアンスが異なるかもしれないが、まあそんなところだろう。

 もうしつこいと思われたかもしれないが、私は宇宙人だ。そして、将来的にはこの世界を征服しわがアルフェラッツ星のものにするつもりだ。さりとて今はその前段階。敵の内情も知らぬままこの包帯を取り世界を滅ぼしてしまうのは、拙速と以外形容できず、忌避しなければならない事態だ。それこそ私がアルフェラッツ星での立場を失ってしまう。

 しかしながら、私には誰かを殺すような特別な力など存在しない。わがアルフェラッツ星は技術力こそこの星の何十倍何百倍と進歩しているが、それ以外の身体的な進歩はむしろ劣っていると言える。技術の進歩は人の基礎能力を退化させるのだ。私は特殊な訓練によりこの星の住民としておかしくない範囲で悪い運動神経を得ることができたが、それがない時は少し動いただけで息切れするレベルだった。そんな星の人間が、誰かを殺すことなど不可能に近い。例え殺せても、すぐに警察に見つかりお縄になるだろう。

 一体、どうすれば良いのだろうか。私は答えを見つけられないまま、帰路につくことにした。


 私の家から高校までは自転車で通学している。驚くかもしれないが、アルフェラッツ星に帰れば目的地を入力するだけで勝手に運んでくれる自転車がある。こっちの世界で言う「自動運転」の技術が発達しているため、自力で漕いで進む自転車に当初慣れなかった。しかし、360度ガラスで密閉されているアルフェラッツ星の自転車と違い、地球の自転車は吹き付ける風に一種の解放感を得ることができる。この点を考えるとどっちもどっちかもしれない。

 自転車を飛ばすこと15分、我が家に到着した。我が家と言っても仮宿だ。任務が終われば、この家から出て行くことになる。だからあまり情を入れ込まないようにしようと生きてきた。最終的には征服対象となるのだし。

 しかしながら、私のこの仮宿の住人は、そんな人情を感じる家だとは到底思えなかった。そもそも帰宅しても誰も家にいない。男、便宜上父と呼ぶが、彼は単身赴任というやつで家族とは別の場所で暮らしている。そして女、こちらは母と呼ぶが、彼女は父が居ないことをいいことに頻繁に遊び歩いていた。洗濯や掃除といった家事も全部私がやるし、無論料理など作らない。この人は、私がいなければどうやって生活していたのか心配になるレベルで、何もせず遊び呆けているのだ。彼女の中では、夕方5時など朝方と大差ない。よって、彼女は家にはいない。今日も夜の街に出かけていったのだろう。

 13階建てマンションの最上階、その一室が私の仮宿だ。鍵を開けると、いつも通り誰もいなかった。テーブルの上には明日の昼食費として500円玉が置かれていた。せめて封筒に入れて欲しいものだと思いつつ、それをポケットに入れて私はキッチンに向かった。私は冷蔵庫を開けて、中身を確認した。母は食材の購入だけはマメにやってくれていた。今日は手早く食べて考え事をしたいなあと思い、たらこのスパゲッティを作ることにした。私の少ないレパートリーの中で、1番の時短料理である。

 スパゲッティを茹でるために鍋に水を入れ加熱を始めたと同時に、私は自分の部屋に入った。六畳一間のわが部屋から、大きなペンギンのぬいぐるみをとってキッチンの椅子に座らせた。この60センチ程のペンギンのぬいぐるみ、見た目は愛くるしい普通のぬいぐるみだが、実はわが同僚アルフェラッツ星人が住み着いているのだ。名前はマリア。本来私と2人で調査活動を行う予定だったが、機械のトラブルによりこのぬいぐるみに魂を閉じ込められてしまったのだ。しかし、転んでもただで起きないのがマリアのすごいところで、独自の技術により彼女はテレパシーで脳内に直接語りかけることに成功したのだ。こうして、マリアは私の調査活動のパートナーとなっているのだ。

 私は思い切ってマリアに今日のことを相談してみることにした。しかし、思っていた以上に長い話になり、全てを話し終えた時にはスパゲッティを完食し2人で部屋に戻ってしまっていた。誰が悪いかって、無論あの自己犠牲男だ。彼の異常性でほとんどの時間が食われてしまった。

「ねえ、マリア。これから私はどうすればいいかなあ」

 私はベットに寝そべりながらぬいぐるみに話しかけた。

【やはり、その男の子と相談するのがいいぜよ。そもそも人を殺さないと真実の証明にならないなんておかしいきに】

 ここで注意しておくがマリアは土佐出身ではない。語尾に『ぜよ』と『きに』をつけているだけだ。マリアは地球の中の日本に着任すると聞いたのち、日本の歴史を勉強した結果こんな口調で話すようになった。おそらく読む本を間違えたのだろう。本人の前では言ったことないけど。

「話し合うって、どんなことを?」

【人を殺せない理由や、先生にどう言い訳するかとか、話し合うぜよ。彼は多分、君のことを宇宙人だと本気で思ってくれているきに、大丈夫ぜよ】

「でも私…口下手だし…」

【大丈夫ぜよ!】

 私はじっとペンギンのぬいぐるみを見た。

「本当に?」

【本当ぜよ。誠意をもって話したら、伝わらないことなんてないぜよ】

 そんな私に呼応するかのように、マリアも私のことをじっと見ているような気がした。

「そ、そっか!そうだよね!私、頑張ってみる!なんせ、この調査活動を続けるためだもんね!絶対にこの邪眼の力を使わせない!」

 私はペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱いた。

「ありがとう。マリア」

【どういたしましてだぜ】

 私は根本的には何も解決していないのにも関わらず、とても吹っ切れた気持ちになった。

「よしじゃあ具体的に何言うか考えよう!その前にお風呂行かなきゃ…」

「うるさい!」

ふっとドアを振り向くと、そこには母がいた。母は一方的にまくしたてた。

「杏里、今日はママのお友達が来ているから、この部屋から出たらダメよ。絶対よ。トイレは12時以降にしてね。わかった?」

 私が硬直していると、母はすかさず大声を出した。

「わかったの?返事位しなさい!」

 私は首を縦に振った。声は出さなかった。ほんの数秒前まであった前向きな気持ちが、一気に吹っ飛んだ気になった。心に暗い影が差した。ほんのまれに、母はこうして男を連れ込んでくるのだ。

 だめだ。このままではまた心が闇に支配されてしまう。隣からは大人の男と女の声が聞こえた。母の声は別人のように聞こえた。男は父よりも若い声をしていた。私は大急ぎで机の上においてあったイヤホンをした。そして音量をMAXにして、隣からの音を鼓膜に振動させないようにした。聞きたくないのだ。父じゃない男の息遣いも、母の喘いだ声も。

 私は電気を消してベットに入った。一刻も早く眠りにつきたかった。それでも夜9時は若者にはまだまだ眠くなる時間じゃなく、枕の上で目だけ閉じている時間がしばらく流れた。

 その間、私は自分に言い聞かせた。大丈夫。大丈夫。私は宇宙人だ。私の本当の故郷はアルフェラッツ星にあるんだ。ここは仮宿なのだ。任務が終わればこんな家出払うのだ。父も、母も、男も、全部私とは何も関係がないのだ。これは私が地球にいる間だけの仕打ちなのだ。もう少し、もう少しの辛抱なのだ。

 そう思ったら、心持楽になって明日も生きていける気がした。そう思いこまなければ、心が壊れてしまいそうだった。私は布団をきゅっとつまみながら、眠くなるまでうずくまっていた。

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