39枚目
…いや、それでもまだ腑に落ちない点が一つだけあった。私がそれを見つけた時、一瞬だけその怒りが収まった。
「でも、あんたらうちの遠垣にも傷つけるようなことをしたわよね?あれはどう説明するのよ。私関係ないでしょ?」
それを聞いた3人組はまるで答えを待っていたかのような返答をした。
「だって、あの人が有田とあんたをくっつけたんでしょ?」
へ?なんじゃそりゃ?
「あの子と側にいるようになってから有田君と仲良くなり始めたじゃない」
「恋のキューピッドってやつね、くー羨ましい」
逆ぅー!それ逆ですわ。どちらかと言うと私が仕事をしないキューピッドで、本命はあちらの方なんですが…
「それは…誰が言い出したの?」
「これは、有田ファンクラブが導き出した推論よ。しかしその可能性は高いと見てるわね」
有田ファンクラブガバガバ推理じゃねーか。そもそも前提が違うし…なんじゃこりゃ??
「え?ん、んじゃ、いかがわしいお店に、とかは」
「嫌がらせのつもりだったんだよ」
嘉門がズバッと切り込んだ。
「1年生の子曰くね。有田君を奪った家田さんの取り巻きである遠垣さんにその恩恵が渡るのが耐えられなくて…それで邪魔したり、変な噂とか流したのよ。誰も信じないと思ってたのに、その噂が遠垣さんの耳に入った瞬間、教室を出て早退したから、すっごく広まっちゃって…」
なるほどね、そういうことか。つまり、まだ遠垣のバイト先についてまだ誰も詳しくは知らないのか。それは良かった。有田にいい情報をもたらすことができた。しかし、これが事件の全貌だとしたら、目の前と同じくらい有田にその責任があるんじゃねえか…
私は収まっていた怒りが再燃してきた。これは様々な怒りだった。ここ数日悩んできた徒労感によるものもあるし、いじめそのものについてもある。それ以上に、『有田雄二の彼女』なんて頼まれてもやりたくないポジションに収まっている私の現況が気に食わなくて仕方なかった。
「なあ、家田」
おもむろに結城は話しかけてきた。
「何?」
「ここら辺の話、本当にあいつ一切君にしてないの?」
「一切してない」
結城は頭を抱えた。
「これは、あいつ言い逃れできないわ」
結城のその言葉が私の怒りの口火を切った。私は地面をドン!と鳴らし、周囲に私への注視を呼び掛けた。
「家田さん…何を」
「あんたらに一つだけしっっっかりと否定しといてやる!!!!」
姫路すら怖がる音だったみたいだ。しかし当時の私には、そんなもの気にする余裕などない。
「私は、有田雄二とは付き合っていない!告白もしていないしされたこともない!!好きですらない!!!もしも告白されても丁重に断る!!!!私にとって有田ってのはそれくらいの男なんだよ」
そう言いながら私は3人組に近づいていった。
「お前ら、どれくらい広まってるかわからんねぇが、まずはその虚偽にまみれたデマを全部とっぱらえ!あの情報は嘘だと教えてあげろ」
「だ…誰に…」
「誰にだあ?この学校にいる私が有田雄二と付き合ってるとかいうふざけたこと信じてる馬鹿どもにだよ!!」
私はそうして真ん中に立っていた高見に顔を近づけて言った。
「次そんなふざけた理由で私を虐めんなら、許さねえからな。今のあんたらには、その間違った情報の根絶が何よりもの詫びだ!わかったな…」
高見は完全に固まっていた。それは1時間前と完全に立場が逆転していた。
「わかったんならさっさと先生のところに行って今の話全部報告して怒られてこい!!!」
「は、はいぃ」
3人は完全にビビっていた。そりゃそうだ。信じていた情報が根底から覆されたのだから、こんな風に状況把握に苦しんだとしても致し方ない。3人はあたふたとしながら教室から出て行った。それを見送り、私はふううと息を一つついた。
「つまるところ…どういうことですか?」
後ろに、あの3人と同じく状況が把握できていない人がいた。
「私は有田と付き合ってない。その情報は恐らく有田が告白して追いすがる女子を諦めさせようとついた嘘である。私は有田のことは好きじゃない。というか今回の件で割と怒ってる」
私はなるだけ簡潔に説明した。
「理解できた?」
「うん、でも…一つだけ理解できないというか…」
姫路は少し歯切れを悪くしながら、それでも無理くり言語化した。
「これじゃまるで、有田さんが元凶じゃないですか」
「や、そうでしょ」
「そうだよ」
まさかの被りだった。私のセリフに結城のセリフが完全に被ってしまった。というか今の流れでなんで結城が話すんだ?
「あらー被っちゃったー」
「お前被せにきただろ。つうか、ほんとなんでここにきたの?野球部の練習はいいの?」
「大丈夫だよ多分」
「多分って…さっさと行きなよ」
「うるさいなあ、これでも心配してたんだぞ。お前のこと」
結城は少し視線をそらせた。嘘つけ絶対面白そうだと思ったから来たんだぞと私は思った。何が『私を殴り殺して』だ。お前の趣味全開じゃねえか。
「あは、あははははは」
姫路がいきなり笑い始めた。豪快な笑い声だった。
「そ、そうですよね。家田さんは結城くんと仲が良いんですもんね」
「な、そ、それも違うし!べ、別に仲良くなんかないし!」
私は先程のことを思い出して少し照れてしまった。
「やん、可愛い!」
それを見て姫路はニヤニヤしていた。私はそれを見てより複雑な表情になった。
「でも、ごめんなさい。私も、あの人たちのデマを信じてしまって…」
「そんな、ごめんなさいはこっちのセリフだよ。ずっと私の味方してくれてたのに、私は冷たくあしらって…」
「ごめんなんていらないですよ。私は、私のルールに基づいて動いただけです!」
「そ、そっか…ありがとう、姫路さん」
私は今できる満面の笑みを浮かべた。もう涙は枯れ果てていたのに、少し泣きそうだった。胸が感謝でいっぱいになった。
「それじゃ、帰りますか!」
「おー」
「俺は部活戻らなきゃ!」
そうして3人がそれぞれの方向へ行こうとした時に、ふと結城は立ち止まって私に小声で聞いてきた。
「地球人のイメージは、少しは良くなった?」
それを聞いて、私はキョトンとしてしまった。
常々、いや最初から思っていた。結城仁智は、私が宇宙人であるということをどれだけ信じているのだろうと。もしもそれが嘘だと分かったら、一体どんな反応を返してくるのだろうと。そんなことが疑われるほどに、彼は純粋にまっすぐ私が宇宙人であると認識しているように思えた。
もしかしたら、私達は似た者同士なのかもしれない。私が、宇宙人であると思わなければこの世界で生きていけないほど弱い生き物であるのと同じく、結城も、世界征服を目論む宇宙人の犠牲になることを目標に添えないと明日を生きていけないんじゃないか。彼のねじり曲がった考えや、広いのに長年使われた形跡のない部屋を多数抱える家や、私に対する無条件な信頼は、そうしたことの証明にも思えるのだ。
私は彼の過去を知らない。彼もおそらく、私の過去を知らない。私は彼の異次元な自己犠牲精神がどのように構築されたかわからないし、彼も超普通JKが頭に包帯を巻き始めた経緯など知らないだろう。でも、良いじゃないか。もしも知ってしまっては、知られてしまっては、もう2度と自我を保てなくなる。私はそう思うし、多分彼もそう思うからこそ、私に過去の話をしてこなかったのだ。そう考えると、本当に似た者同士だ。悲しいほど弱い2人だ。
もしここまでの仮説が正しいなら、私の取りうる行動は一つだ。
「見直したよ、地球人にもまともな人間はいるんだってね」
私は宇宙人であると言い続けよう。例えそれに耐えきれなくなっても、彼がいる限りはそう振る舞おう。
「結城も、ありがとうね」
何度でも自分を騙そう。何度でも2人で夢を見よう。私は宇宙人である。誇り高きアルフェラッツ星人である。
「野球部頑張ってね」
いつかその嘘なしでも生きていけるようになるまで、何度も何度も言い続けよう。
「う…うん、元気になってくれてよかった」
照れた彼の顔を見ながら、私はそんなことを考えていたのだった。