38枚目
「あの人に会ったのはそう、まだ桜舞う美しい春の昼下がり、私は一目惚れしましたわ。整った目鼻に天使のような微笑み、これに惚れぬ女子がいましょうか?いやおりません。まるで一国の王子のような顔立ちに、私は夢中になりました。しかしながら、私の思い人には他にもたくさんの方々が想いを寄せておりました。当然のことでございます。そちらにおられる高見さん、嘉門さん、そして姫路さんもその1人でございます。
私は悩みました。毎晩毎晩、どうすればあの人を私のものに出来るのだろうと。そんなことはみなさん考えてきました。中には勇気を出して自らの思いをぶつけられた方もおられたらしいですが、結果は押して量るべし。揃いも揃って大惨敗でした。彼の方はとても純粋で、私たちの誰もを平等に見られていて、誰かに固執することなどありませんでした。それは私達をさらに苦しめました。それはさながら、王子様を追いかける姫君たちのようでした。
ああ、神よ。どうしてこんな仕打ちをするんだい。誰かのものにならないならば、望みが無くならないじゃ無いか。私はそんなことを思いながら、毎夜毎夜枕を濡らす日々を送っておりました。それは照りつける夏の日も、色づく秋の日も、凍てつく冬の日も、いつもいつもそうでした。そうしているうちに2度目の春がやってきましたが、私は忘れることができませんでした。報われる可能性を残した報われない恋ほど、辛く苦しく人を痛みつけるものはないと、その時確信しておりました。
しかしながらある日、高見さんが告白すると言い始めました。それはそう、新緑の季節でした。こんなままの生活、耐えきれないと言って。私はとても寂しかった。そして辛かった。それでも、親友である高見さんならば、私の愛したあの方を絶対に幸せにしてくれる。そう確信していました。しかしながら、悲しいことに彼のハートを撃ち抜くことはできませんでした」
早く本題まで行ってくれないかなあ、真砂のまるでミュージカルのような口調と話に、私は辟易としていた。というか、みんなどれだけあいつのこと神格化してるんだよ。何だよ王子様って。私は心の中で悪態ついた。
「それはわかったけど…なんで私があいつと…」
「しらばっくれないでよ!」
今度は高見のターンみたいだった。
「私、聞いたんだよ。振られた時に、何でダメだったの?って。何回も何回も聞いたんだよ。そしたら、有田自身が言ったよ。家田さんと付き合ってるから、それは無理だって!」
…ん?何の話だそれ。私の頭は混乱した。そんなこと言われたことも無いんですが。
「他の子たちなら許したよ。真砂でも、嘉門でも、出森でもそこにいる姫路でも、私達の学校にいる有田ファンクラブの100人なら誰でも良かったよ」
あいつのファンそんなにいるのかよ。全校女子生徒の約4分の1かそんくらいじゃないか。私はその圧倒的組織力に慄いた。
「それなのに…こんな…こんな奴に取られるなんて…耐えられなかったんだよ!!!今でも思ってるさ。私達の方があの人のことを想ってるって」
そりゃ競争相手はその土俵に登ってきてないからな。
「だから私は…それが…許せなくて…」
「そこが貴方達と家田さんの違いなんですよ!!!!!!」
今度は姫路のターンだった。彼女はいつも以上に声を張って登場した。あれ?これミュージカルに汚染されてないか?
「家田さんは、そんな状況をわかっていた中で、一回でも貴方達を責めましたか?反撃しましたか?してこなかったでしょう!彼女のその心の広さ、なんでも許す慈愛の心、それこそが有田さんを振り向かせたと何故わからないのですか!!!!!」
あれれー姫路さんフォローするどころか勘違いを全力加速させてるんですが…
「うるさい…」
と、ここまで黙っていた嘉門が呟いた。
「うるさいうるさいうるさい!誰もが…誰もがあんたみたいに割り切れる人間じゃないんだよ…割り切れないんだよ。なんで、なんで…」
そう言いながら嘉門はおもむろに私に向かってグーパンチを繰り出そうとした。しかしそれは、後ろから現れたとある人物によって阻まれた。
「私は騎士。お嬢様を守るのが役目となっております。家田お嬢様は有田家のご子息と結ばれると決まっております。それを暴力などで覆そうなど言〜語道断。暴力を振るうなら私にしなさい。気がすむまで殴り続けなさい。出来るならば死ぬまで殴り続けてくださいそれが本望です。さあ、早く…」
「早くじゃねーよ何しにきたんだ結城ぃぃぃぃ!!」
私は全力のツッコミの証として彼の背中に蹴りを入れた。結城はむくっと起き上がるとこちらを向いた。
「なんですかお嬢様!」
「お嬢様じゃねーよ。前後の話聞いてたか?」
「聞いてないから設定作ってんじゃねえか!!」
「勝手に作んな!しかもなんだそのキャラ、お前本心漏れまくってんぞ!そもそもいつからいたんだ」
「真砂さんが語り出してから」
「前後の話わかってんじゃねーか!!もう一回膝蹴り入れんぞ!」
結城は音も立てず颯爽と現れた。なんだこいつは。忍者か何かか?しかしこれで場が静まった。これで釈明することができるぞ。
「にしても、お前有田と付き合ってたのかよ。言えよ!」
それを結城はぶち壊しにきていた。
「はあ?そんな訳ないでしょ!つうか、結城も有田からそんな話聞いてないわよね」
「聞いてたらんなこと訊かねーよ。こういうのは当事者しか知らないことだろ?」
「や、今回は私も知らないんだけど…」
ほほう、これはなんとなく話の背景が見えた気がするぞ。つまり、高見の告白に、有田が断り、その口実として私と付き合っているという嘘を言った。それを真に受けた人達の間に失望が走り、中には目の前の奴らみたいに私に対して攻撃する者も現れた。もしかしたら遠垣の「いかがわしいお店」という噂もそこが出どころかもしれない。しかしながら姫路はそうしたことをきっかけとしたいじめが許せず、私の側に立ち続けた。更に私はそうした事情を有田からも姫路からも知らされなかったため、なんでいじめられているかわからないままいじめられていた。そして今日それがピークを迎えたと。
ーあれ?これって、もしかして元凶は有田じゃねえか?ー
もしも彼がそんな嘘をつかなければ、私がいじめられることはなかっただろう。百歩譲って嘘をついたなら、できれば事前に、無理でも事後すぐに連絡を入れていたら、辻褄を合わせることもできただろう。でも彼はそれをしなかった。
私は、ふつふつと彼に対する怒りのボルテージを高めていた。それは今にも爆発しそうなくらいだった。




