32枚目
最近、クラスの中の雰囲気がおかしい。
中間テストが終わり、結果も帰ってきて、少し風向きが変わり始めたのだろうか。重くどんよりとした空気が、窓の外だけでなく中にまで蔓延しているように思えた。いや、この話は不適格だ。より正確なことを言うならば、外の世界が暗くどんよりしているから、中の世界にもその余波が流れ込んでくるのだ。私は朝方のニュースで見た政治家の収賄疑惑の報道を思い出しながらそんなことを思ってみた。
学生にとって、学校は世界と同義である。数年間調査活動をした成果として、私はそんなことを知った。学生はその世界のルールに雁字搦めになる。それを決めるのは一部の権力者だ。ルールが権力者によって規定されるのではなく、権力者こそがルールで、彼らは一度決めたそれを自分の都合がいいように平気で捻じ曲げ始めるのだ。この権力者を学校基準で平たく言いなおすならば、クラスの中心人物といったことろだろうか。もしくは人気者、である。
もしも彼らのルールから抜け出そうとすると、手痛い目にあってしまう。そこはまさに社会であり、力ある者、声のでかい者、何かしらの能力を保持している者以外には何ら生きやすい環境とは言えなかった。悲しい現実である。もしも権力者から嫌われ、手痛い目にあったとしたら、たとえそれが理不尽でも、可哀そうだと思っていても、誰も助けてなんてくれない。なぜなら、助けた段階で自分もその者と同格に扱われてしまうからだ。これは乞食と絡んでいたらそいつも乞食扱いされる現代社会と同じである。周囲の人々によってその人の地位が決まるのは、外の世界もこの世界も同じだった。
私は声をかけようとして躊躇う阿部を横目に見ていた。いいんだよ、別に声をかけなくても。声をかけたらあんたまでいろいろ嫌がらせされちゃうよ。声に出して諭せないからこそ、私は視線だけでそれを訴えた。最近ではすっかりそれが日常である。阿部は曲がりなりにもクラス委員だから、こんな状況を何とか打破したいと考えているみたいだ。しかしそれを行動に起こすと、中心人物たちから何をされるかわからない。そうして彼女はただ私に視線を送るだけしか行動できていなかった。これを臆病だと非難する者もいるかもしれないが、私はそう思わない。んじゃお前はできるのか?自分の身を危険にさらしてでも無関係な人間を助けるのか?わかりやすく外の世界に当てはめると、殺されかけてる無関係な人間を守るために自分の命を落とせるのか?もしもこの文章を読んでいる中に『いじめは助けないやつも同罪』などとのたまう馬鹿者がいたら猛省してもらいたい。もといそんなの無理難題なのだ。誰しも自分の命が惜しい。自分の命を守ることほど崇高で正義なこともない。何?大げさだって?なら学生にとって、いじめとはそれくらいの規模のことだという前提をもってこれから考えてもらいたい。それくらい必死に、我々はこの理不尽だらけの世界を生きているのだ。
しかーし、私はただの学生ではなく、宇宙人である。誇り高きアルフェラッツ星人である。こんな風にのけ者にされることくらい大した問題ではない。そもそも高校生最初の1年間はいじめはなかったが毎日誰とも話さずに高校生活を送っていたのだから、ただ振出しに戻っただけだ。そう思うととても楽だった。そもそも私はクラスで目立つのは嫌いだ。できれば無視され続けるくらいの方がよい。ここのところボーリングだのテストだので衆目にさらされ続けた反動だと考えると、むしろ気楽なものだった。どうせ、最近有田と仲良いからと反感を買ったのだろう。全く、あんな奴でよければいくらでも差し出すのに。これだから地球人は馬鹿野郎なのだ。私はそんな呆れ顔をしながら、行きしなに買ったパンを片手に教室を飛び出した。
「遠垣さん、最近どうもクラスの雰囲気が変なんです」
たとえクラスで孤立したとしても、一緒にご飯を食べる人はいる。私は昼休み、遠垣のクラスで弁当を食べていた。テスト明けからはこの集まりに姫路も参加していた。その経緯は割愛する。取り留めて話すことでもない。
「いじめでしょ?」
私はド直球に核心をついた。
「いじめって、先輩何されてるんだ?」
「や、無視されてるだけ」
「でもひどい無視の方法なんですよ。誰も家田さんと話すなとか言い始めて…周りのみんなも委縮しちゃってどんどんと孤立してるんですよ。本当に、最低です」
姫路は怒りぷんぷんだった。彼女はこの星の人間には珍しく、権力に従順になるより曲がったことを正すことに重きを置く人物だ。恐らくこうしたことが許せない性質なのだろう。
「有田先輩とか結城先輩は?」
「二人は最近部活で忙しいから。ほら、夏大会そろそろでしょ?」
「なら姫路先輩が話し掛けたら…」
「それは私が止めてるのよ」
私の報告に姫路も不満そうな同意をした。遠垣は目を丸くして追及を続けた。
「なんで…?」
「私は一人でいるの慣れてるし、その方が人間観察しやすいしね。それに…私はここで二人と話せるだけで十分だし。無理してクラスで話すことなんてない」
「私は不満ですけどね」
姫路は最初っから不満たらたらだった。だからこそ止めたのだ。彼女なら、本当に私側につきかねない。私の代わりにいじめられかねない。そんなことになっては、何より私の申し訳が立たない。
「それでも、何かあったら言うんですよ!家田さん!」
「ほんと、無理しちゃだめだよ家田先輩」
今の私にはこうやって二人に言ってもらうことが何よりも励みになった。
「にしても…これはちょっと地球人へのマイナスイメージですわね」
姫路は少し落ち込んだ顔をした。
「まあ、いじめはなくならないからね。先生に言おうがみんなで叩こうが、いじめは絶対になくならない。だからまあ、気楽に過ごすのが一番だよ。相手が堪えてないと思ったら標的を変えるだろうし」
「なんか家田先輩、まるで経験者みたいですね」
う、私は少しだけ痛いところをつかれた。
「いやあ、家田さんは宇宙人ですから、色々あったんですよね?」
「いやいや、この星に来るまでにいろいろと研究してきたからね。この星の人間のいいところも悪いところもみんな知ってるさ」
そう言って私は、この星の人間のいいところってどこだろうとふと考え込んでしまった。これ詳しく聞かれたらまずいなあ。
「なるほどねー」
「説得力抜群ですねー」
よかったー。2人とも私の話にそこまで興味持ってなくてよかったー
「まあそういう訳なので、この時間くらいは楽しくおしゃべりしましょう!」
「そうですね、先輩」
「うん」
そうして私達三人は取り留めのない話をして過ごした。ある種この頃は、私は楽観していたのだ。どうせすぐにこんなことは終わる。ただ無視されていたらすぐに飽きる。そんなふうに思っていたのだ。全く持って認識が甘かった。先ほど自分でも言ったではないか。周囲の人々によってその人の社会的地位が決まる。つまり、
-理不尽な目にあっている人間を助けようとすると、自分もその立場に陥れられるー
ということだ。
そんなことはつゆ知らず、その時の私は、姫路の眼球の裏に行ったコンタクトを必死に取ろうとした話を、何の屈託もなく笑っていたのだった。




