30枚目
それから私は、彼の質問責めにあった。私の故郷であるアルフェラッツ星について、些細なことから漏らさず聞いて来た。それは位置関係、敵対している星、政治事情といったものから、民族、風土、文化といったもの、更には日常生活や地球に対する印象などだった。私はそれを、決して機密情報を漏らさないように完璧に答えた。そりゃそうだ。私を誰だと思っている!
こんなこと答えて、何になるのだろう。私はそんなことを思いながら答えていた。ふっと時計を見たら30分が過ぎていた。そんなに答えていたのか…すっかり時間を忘れてしまった。
「あれ?めっちゃ時間経ってるな」
時計を見ていた私に気づいたのか、結城も時計を気にしだした。
「まだ君の方の質問も残ってるのに…」
「んじゃ次最後ね。キリないから」
「そうだね、んじゃ、最後の質問」
結城の息遣いに、私はふっと身構えてしまった。
「なんで、家田さんが地球に来たの?」
私は一瞬キョトンとしてしまった。
「え?言わなかったっけ?私はこの地球を征服するため…」
「や、そうじゃなくて、家田さんの話だったらアルフェラッツ星の人ってみんなめっちゃ優秀じゃん」
「そうよ、少なくともこの世界の何倍も進んだ世界に生きてるわ」
「じゃあさ、どういう選考で選ばれたの?学力?面接?体力じゃないでしょ」
「…私あの星だと体力ある方なんだけど…」
「嘘だろ、アルフェラッツ星人貧弱すぎるだろ」
私はキッと結城を睨んだ。お前ちょっとばっかし運動できるからって…
「んじゃ、なんで選ばれたの?」
私はその質問に、少しだけ戸惑ってしまった。考えたことのないことだった。それでも私は、まるで細い糸を紡ぐように答えた。
「面接…かな?」
「どんなこと言って来たの?日本の素晴らしさとか?」
「そんな訳ないでしょ!何そののんびりとした答え」
「んじゃどんなこと答えたの…?」
私は少し大きく間を開けて答えた。本当に迷っていた。このことを言うべきか悩んでいた。
「この世界を征服したいって。その手助けをしたいって。そんなことを答えたんだ。言ってなかったっけ?私はこの世界を征服するために来たんだよ」
私のこの話に、結城は頷くこともせずまっすぐ澄んだ目で聞いていた。私はそれを見て、更に言葉を繋いだ。そうしなければならないと思ってしまった。
「私達の世界を救うためには仕方ないの。だから私は、この世界でこの星の調査をしてるの。私の任務には、私の故郷みんなの命が関わってるんだ」
「んじゃ俺らとはいずれ敵になるんだね」
「そう…だね。世界征服だからね」
私がそう言うと、2人で黙りこくってまたテレビを見ていた。テレビの内容はニュースから下劣なバラエティー番組に変わっていたが、うるさい芸人さんには興味を向けず、2人で黙り続けていた。
「羨ましいな、家田さんは」
いきなり結城は口を開いた。
「う、羨ましい!?な、なにが?」
「だって、そんなにやりたいことがあって、周りからも認められてて、やりがいもあって…本当に羨ましい。毎日「生きてる!!!」って思えるでしょ」
ここで、間を開けたらいけない。
「うん、そうだよ。毎日生きがいあって楽しいよ」
間を開けたら、ここまで言ってきた話に真実味がなくなってしまう。
「ねえ、結城!」
私は居ても立っても居られなくなってつい大声を出してしまった。少し驚いた様子の結城を尻目に見ながら、私は勇気を持って聞いてみた。なんでこのタイミングで聞いたかわからない。
「結城はさ、なんで最初に会った時あんな風なこと言ってたの?」
こういった質問はむしろこれまで徹底的に避けて来たはずだった。
「あんな風なことって?」
それでも、今ならば、そう今ならば、聞ける気がしたんだ。
「自己犠牲とか、誰かのために死にたいとか…あれから普通の君の生活を見てたけど、別に普通の行動ばっかとってたじゃん」
結城は、少しだけ間を置いた。
「それが聞きたかったこと?」
私はこくんと頷いた。
「そっかあ。なんでだろう…なんでだろうね」
結城は控えめに笑った。
「多分、君とは違うからかな」
テレビはバラエティー番組とバラエティー番組の間の小さなニュースが始まっていた。先程散々やっていた事件について再び取り上げていた。それを見て、結城は口を開いた。
「こんなニュース見ててもさ、俺が代わりだったらなって思うんだ。亡くなった母親、父親を亡くして1人で息子を育ててたんでしょ?そんな頑張っている人が亡くなって、自分が生きてるってのが納得いかないんだ」
「そんな…自己嫌悪が過ぎるんじゃ…」
「自己嫌悪というか、自己絶望かな」
結城は乾いた笑いをした。それが胸に突き刺さった。
「自分が嫌いなんじゃなくて、自分に絶望してるんだ。自分がなんで生きているかもわからないんだ。そう思うと寂しくてさ。常々心の中で思ってるんだ、誰かのために死にたいって。誰かのために、誰かの役に立てて死ねるのなら、こんな自分も好きになれるんじゃないかって、そう思ってしまうんだ」
結城はついに、どこを見ているかわからなくなった。その視界の先に見えているものを、私は見失ってしまった。それでも私は結城を見続けた。たとえ私が見えていなくても、視線を外せなかった。
「そんな感じかな、変な話してごめんね」
「いや、良いんだ」
視線を外せなかったし、この視線をもう一度こちらに引き寄せたくなった。
「でもさ、牛尾先生も言ってたよ。結城が練習に来なかった時、彼がそんなことするわけないって。沢木君も言ってたよ。めっちゃ頑張ってすごいって。私が入院した時も待ってくれたし…いっつも気を使って話してくれるし…」
もう、なにが言いたいのかわからなくなっていた。それでも、私は話すことを辞めなかった。
「結城と関わってさ、遠垣さんとか有田と関わるようになって、クラスにもちょっとは馴染めるようになったし…とっても感謝してるんだよ…だから」
「ごめんね、家田さん」
私の言葉を、結城は強引に止めた。
「そういう言葉、もう聞き飽きたんだ。家田さんが悪いんじゃなくて、そういう言葉を聞かれてもなんとも思わなくなっちゃったんだ」
結城はこっちを向いた。それでも彼の視界はまだこっちに来てはいなかった。
「家田さんは羨ましいんだ。自分のやりたいことも、やりがいもあって、大きな任務もあって…本当に羨ましい。だから言ったんだ。君のために死にたいって。殺して欲しいって」
くしゃっと笑った結城を、直視する権利もない私が、それでも目を逸らさずに見続けた。
「頑張ってね。家田さん。もしも何かあったら、命投げ出してでも君に協力するから」
泣きそうな顔に見えたのは私の心情を重ねたからだ。私の涙腺はこんなことでは緩まない。それなのにもうギリギリだった。
「大丈夫だよ。そんなことしないから。君は、君のために生きてよ。私も私のために生きるから」
多分こんな空虚な言葉じゃ、彼には届かないのだろう。力無き自分が嫌いになった。もっと人を揺さぶる言葉を言えたら、君を救えたかもしれない。
「ありがとう」
社交辞令の感謝だった。それでもそれを噛み締めた。彼はどこまでも真っ直ぐな澄んだ目をしていた。それなのにその方向は完全に捻じ曲がっていて、だからこそ元の位置に戻そうと思いたくなった。そんな権利なんて、私には到底ないのにも関わらずだ。自分を本当に好きでないと、こんなこと言う資格はない。
もしもこんなこと言ったら、彼はなんて顔をするんだろう。
ーごめんね、私、本当は宇宙人じゃないんだー
言えるはずのない言葉を噛んでしまった。掛けるべき言葉も見つからないまま飲み込んだ。もしかしたら、私達は似た者同士なのかもしれない。そんな戯言もまた心にしまって、私達の夜は更けていった。




