3枚目
まだ事態を把握できていなかった私を見て、結城は同じ言葉を繰り返した。
「何固まってるの?早く僕を殺してよ」
見た目ただの好青年にしか見えないのに、話す言葉は変態とすら形容できない異常性を秘めていた。なんだこの男は。自殺志願者か?
「そんなことはできない…」
「どうして?」
「そんなことをしてしまったら、上官に怒られてしまう…そう!我々アルフェラッツ星人は温和で友好的な種族だからな。許可なく人を殺してしまうなどという野蛮な真似はしないさ」
私は隠している邪眼に少し触れつつ、少しわびしい胸をぐんと張った。地球人は自分のことを自慢して話すときにこのような仕草をするらしい。ソースは私の読んだ漫画だ。
「そもそも報告書を見られたことで怒られないの?」
うっ!私は痛いところをつかれてしまい、しなしなと前傾姿勢に変わってしまった。
「それは…確かに大きな問題だが…」
「だよねだよね!これは僕を殺して口止めするしかないよね?そうじゃないとあそこに書かれていたこと、誰かに話しちゃうよ。情報漏洩だよ?国家存亡につながりかねないんじゃないの?そんなことになりたくないなら、僕を殺すしかないよね?」
なんなんだ。なんなんだこの男は…!
「だから明日までに、僕を殺してね。じゃないと、君はもう、この世界に居れなくなると思うから」
私にはこの男の真意が測りかねない。狂っている。宇宙人である私以上に常人離れしている。
「君は…自殺志願者なのかい?」
私はとても恐る恐る尋ねた。
「ちょっと違うかな」
ちょっとってなんだよ…私は呆れながら結城の次の言葉を待った。その雰囲気に呼応するかのように、少し間を置いて結城は語り出した。終始笑顔のまま、好青年な野球部員の見た目を維持しながら答え始めた。
「だってさ、今ここで死んだら、僕は世界を救ったことになるんだよ。もしも君があそこで先生にその包帯を取られていたならば、君は世界を滅ぼしてしまっていた。しかし僕の機転でそれは解除され、あまつさえこんな薄汚い僕の命1つで世界滅亡と取引できるようになったんだ。こんなの、最高のシチュエーションじゃないか!こんな極上の人助けはないよ!こんな極上な自己犠牲はないよ!」
困惑を加速させる私を置いてけぼりにして、彼の異常な思考はさらに表面化されていく。
「僕の夢は、誰かのために死ぬことなんだ。自分の人生なんてどうでもいい。ただ誰かのために死ねるのなら、それが本望であり、生きる意味なんだよ。そして、もし本当にできるのであれば、世界中の人々の命を救いたいんだ。僕が死ぬことで救いたいんだ。だって、誰かのために命を落とすような人間ってとても美しいと思わないかい。だから家田さん、再三になるけど、僕を殺してね。それで世界が救われるのなら、僕は何の未練もなく成仏できるから」
聞けば聞くほど頭が痛くなっていった。目の前の彼の考えに、1ミリたりとも賛同できなかった。これは単に、私が宇宙人だからということでは無いであろう。おそらく正常な地球人も、彼の考えは理解できないだろう。何よりも理解できなかったのは、クラスの中で落ち着いていてあまりしゃべらないキャラであった結城がこんなにも異常な自身の考えを述べていたことである。人は見かけによらないというが、その範疇を大きく逸脱しているようにすら思えた。
「それとも、全て嘘だなんてことないよね?」
結城は少し訝しむ顔をした。その表情に一抹の不安を感じ取れた。
「包帯をとったら世界が滅ぶとか、報告書を書いていたこととか、全部君の妄想でした、なんてオチにはならないよね?」
結城は念を押すようにゆっくりな口調で話し始めた。近づいてきていないのに近づいてきているかのように思えた。
「君は、本当に宇宙人なんだよね?」
私は、少し動揺しながらも、しかし反射的に答えた。
「何馬鹿なことを言いだしてるの?私は宇宙人よ。私は地球から約96光年離れているアルフェラッツ星人なのよ。あなた方とは違うのよ。あなたの星なんてその気になればすぐに消し炭に…」
「良かった。なら人一人消し炭にすることなんて簡単なことでしょ!」
結城はそういうとむしろ安心したような顔をし始めた。不思議な話である。この星の人々は総じて宇宙人という存在に否定的だ。そんなものいるはずがない。例えいたとしても、この星にいるはずがない。そういう風に捉えている人間があまりに多く、その固定観念に私も苦労され続けてきた。
未だに忘れもしない瞬間がある。そう、一年生一番最初の自己紹介の時のことだ。私は当時、まだまだ青く、一般的地球人に対して生きてきた星が違うとのたまったらどんな結末が待っているか、全くの未知であった。そうであったにもかかわらず、何とクラスメイト全員の前で宇宙人であることをカミングアウトしてしまったのだ。それから1年と1ヶ月、周りから遠巻きにされるぼっちな日々が続いている。もう最近では開き直って、自分は宇宙人である旨を自らアピールしている面すらある。つまるところ、このようにはなから宇宙人のことを信じている人間は稀もいいところなのだ。更には彼の異常思考も兼ね備えられている人となったら、もうオンリーワンの称号を手に入れるべきであろう。目の前の彼は、これまであってきた地球人とはひとまわりもふたまわりも違っていた。
「それじゃ、あしたまでによろしくね!」
しかし、だからと言って無実な人を殺すわけにはいかない。しかし、それじゃあと言って彼は猛スピードで廊下を走り始めた。
「え…あ…ちょっと…」
何も弁解できないまま、彼は私の前から過ぎ去ってしまった。急に早口になったり、ゆっくりになったり、すぐ帰宅したり…私はただただ振り回されているだけだった。
明日どうしよう。私の関心は、ただそれ一点に絞られていた。