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25枚目

 次の日の放課後、私達はカフェにいた。それもス〇バでもサン〇ルクでもタリ〇ズでもない、地域にあるさびれたカフェだった。さびれていると言ってもそれは外見だけで、中身はとても綺麗で、アンティークな彫刻や中世のヨーロッパのような内装をしていた。そのあまりの豪華さに、結城以外の三人は唖然としてしまった。

「なにここ!こんなとこ学校の近くにあるんだー」

「駅の反対側だから、皆あんまり通らないんだよね」

 そう言いながら結城は奥の方の席を指差した。

「あそこあたり使わしてもらおうか」

「な、なんかこんな豪勢なところ使わしてもらって、いいの?」

 私は少しだけ怖気づいてしまっていた。着ている服はセーラー服なのに、ここではまるで女王様になったかのような気分になった。

「いいんじゃね?お客さん誰もいないし…」

「…確かに…なんで…いないんで…すか?」

 遠垣が率直な疑問をぶつけた。確かに外見さびれているとはいえ、昼の4時に誰もお客さんがいないカフェなんて不自然だ。

「あ、今日は本当は定休日なんだよ。それを無理やり場所だけ開けてもらったんだよ」

「すげえなそれ!お前すっごい権力者だな」

 有田の声が響いた。彼も明るい声が内装と絶妙に調和していなかった。

「もしかして、お父さんがオーナーとか?」

 私は特に何の意図もないありふれた質問をした。にもかかわらず、結城は少しだけ歯切れを悪くして答えていた。

「うん…まあそんなとこ」

 ん?私は少しだけ疑義をはさみたくなった。

「すっげえな。よしじゃあ始めようぜ!」

 しかしその疑義は有田の明るく大きな声にかき消された。そうして、生まれて初めての勉強会の火ぶたが切られた。


「家田ーここの英文の意味わかんない」

「これは関係代名詞よ。1年生の時やったでしょ」

「かんけーだいめーし?」

「有田あんた、もしかして初耳じゃないわよね。2つの文を一つにくっつけるやつよ」

「あーそんなのあったな。あれだろ?whatとかのやつだろ?あれ別に二つの文並列にして書いたらよくない?その方がわかりやすいじゃん!こんなの必要ないよ」

「知らないわよ。いいから訳しなさい」

「えーと、expendって何?爆発?」

「それはexplodeね。全然似てないから。expendは費やすとか消費するって意味ね」

「demonstrationは?」

「証明、論証ね。demonstrateの名詞形よ」

「んじゃこの単語は…?」

「…全部授業で教えてもらってるわよ、なんで重要単語一つもわかんないの?」

「んなもん聞いてるわけねーだろ!英語の時間なんて寝る一択じゃねえか」

「・・・」

 私は呆れて声が出なかった。一方で…

「家田ここわかんない」

「どこ?」

「浸透圧の仕組み」

「…あんたはなんで生物やってんの?それぞれ違う教科やったら面倒くさいからまずはリーディングやろうってさっき取り決めたじゃん!」

「…英語は捨てた。俺は日本で生きていく」

「いや、意味わかんないから。日本で生きていくにも高校では英語が必要なんだよ諦めずにやろうよ」

「大丈夫、それより生物がわかんない」

 私はもっと言い返してやろうと思ったが、その気力が残ってなかった。

「解ったわよ。一問だけよ。それ終ったら英語やるのよ」

「わかった」

「で、生物の浸透圧がわからないのね」

「そうだ」

「これは簡単よ。ほらここに図があるでしょ。物質ってのは、濃度が濃いところに水が流れていくの」

「何でだ?」

「何でかって言われても…ほら、人間も運動して水分がなくなったら水を飲むでしょ?」

「そうだな」

「この濃度が濃いって状態をそうだと想像して?濃度が濃いと水が欲しいから、いっぱい吸収するでしょ?だからこっちに水が流れていくの」

 私は図を指差しながら説明していた。

「で、反対側は濃度が薄いから別に水を大量に飲む必要がないの。そうしてこんなふうに均等になるのよ」

「なるほど、想像してみたらよくわかった。ありがとう」

「じゃあ次は英語に・・・」

「家田ー関係代名詞ってどういうふうに訳すの?」

 有田の言葉に私はずっこけそうになった

「結局覚えてねえのかよ。それはヘタすると中学生レベルだよ」

「知らねえよ。解らんもんは解らん」

「関係代名詞は二つの文をつなぐ役割があって、which以下の文章は直前のideaにつながってるの」

「ほうほう」

「だから訳し方としては「〜したその考え」みたいに訳すのが簡単なんじゃない?」

「なるほどーで、which以下の文章ってどう訳すの?」

「それは自分でやれ!」

「家田さんーここわかんない?」

「ん?結城君どうしたの?」

「なんか細胞を通過できる物質と通過できない物質が…」

「だからなんでお前は生物やってんだ!!いいから早く英語に戻って来い!!!」

 なんだこれ、てんてこまいすぎるだろ。確かに二人とも賢い部類に入らないことは知っていたが、ここまでとは思わなかった。よくこいつらうちの高校に入れたなあと思うほどの出来だった。

「家田先輩すごいなあ」

 一方で遠垣は黙々と日本史の復習を終わらせていた。

「遠垣さんは大丈夫?日本史解らないところない?」

「大丈夫ですよ覚えることだけなんで。でも現代文って正直何勉強すればいいかわからないんで、日本史してよっかなって」

「わかるー」

「わかるーじゃねえよ有田。集中しろ」

 有田はけっと捨て台詞をはいた後、大人しく勉強を始めていた。結城はやっと英語のノートを広げ始めたが完全に真っ白だった。

「そういや、今の現代文って何やってるの?」

 私も彼らのやり取りを1時間以上続けてきて、少し疲れて雑談モードになってきた。こんなの自分の勉強できないじゃん。そんな言い訳をしながら遠垣に尋ねたが、彼女は嫌な顔一つなく答えた。

「あれですね、他者を理解すること、とかいうの」

「あー去年やったなあ」

 そういいつつ、私は少し唇をかんだ。その時はまだ、なんでか思い出せなかった。それを思い出したのは、間髪入れずに聞こえてきた結城の言葉だった。

『ほんとうに他者を理解するということは、他者と同じ気持ちになることではなく、他者との違いを思い知らされ、逃げたり目を背けたりしたくなったとしても、それでも相手を理解しようとしてその場に居続けることである』

 明瞭な声に、私は去年の記憶を思い出してしまった。この言葉が胸につっかえて取れなかったのだ。逃げることしか能がない私には、耳が痛くて仕方なかったのだ。

「そんな感じの要約だったよね?」

「そ、そうですね」

「つうか結城君、よく覚えてたな」

「俺言っとくけど国語は得意なんだぞ。なんせ1年生の1学期中に授業で扱わない範囲の文章を含めて全部読破したくらいだからな」

「え?すごいですね」

 遠垣の純粋な賞賛を聞いて、結城はぐっとガッツポーズをしていた。下に目線を移すと、まだ彼のノートは白いままだった。

「まじか、俺もなんか得意教科もたなきゃ」

 有田、それは違うんじゃないか。そんなことを思いながら、彼はようやく次の英文に取り掛かれたみたいだった。

 私は悶々としながら彼らにリーディングを指導した。胸につっかえたものは、そう簡単に落ちてはこなかった。それでも目の前の三人にそれを察されないように頑張った。つらかった。けど、仕方ないと思考停止できるほど、私は大人になっていた。

 そうして残り2時間、私は目いっぱい教え、二人は隙あらばさぼろうとして、遠垣は最後の40分間集中が切れてバイトのメモを確認し始めていた。これで悪い点数だったら怒るぞと脅しをかけておいて、その日は解散となった。

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