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24枚目

 情緒の激しい人は苦手だ。大したことでもないのに声を荒げる人間は嫌いだ。昔を思い出してしまうのだ。ほんの少し昔のことだ。

 誰かに責められるのが嫌だから、なるべく関わらないようにしてきた。誰かと仲良くなって、ちょっとしたことが許せなくなるのが怖くて、なるべく仲良くしないようにしてきた。信じたものはいつか裏切られる。当然だ。だって、裏切られるのは一瞬なのに、信じることは永遠なのだ。終いには少しの失望が恐怖に変わったり、裏切られることが怖いから裏切ったり、そんな帰結が待っているのだ。だから私は…

 …何を言っているのだろう…

 私はしばらく呆然としたのち、頬をパァンと叩いた。しっかりしろ!しっかりするんだ!昔ってなんだ。信じるってなんだ。裏切るってなんだ。私は宇宙人だ。アルフェラッツ星人だ。地球人なんてこの調査が終わった後は征服対象になるんだ。歯牙にも掛けずに暮らせばいい。私はこの星の人間じゃない。この星の人間のことを、ありのまま報告するだけでいい。仲良くなろうなんて考えるな。そうだろ?私は宇宙人だろ?

 更にパァンパァンパァンと三回叩いた。私は脆い。逃げないと、思い込まないと、すぐに自力で立てなくなってしまう。そんな自分が、狂わしいほど好きで、でも吐き捨てたくなるほどうざったかった。

 もしかしたら最近の私は、少し人間強度を上げる必要があるのかもしれない。ひょんな事から結城や遠垣や有田と関わるようになって、情が移ったのかもしれない。私は念仏のように何度も唱えた。

「私は宇宙人だ。私は宇宙人だ。私は宇宙人だ…」

 下を向いて小声で呟いていた。階段も、下を向いて登っていった。教室に着くまで、顔を上げない予定だった。前を向いて歩けるほど、私の心は正常作動していなかったのだ。

 途中でぼふんと何かにぶつかった。私は驚いて上を向いてしまった。目の前にはクラブ禁止期間にも関わらず野球部ジャージを着た結城が立っていた。顔から結城に似合わない心配の色が窺えた。

「何してたんだ?HR始めらんないって安藤怒ってんぞ」

 私はそんな結城に対して、なんの反応もせず教室に入ろうとした。

「……」

 結城は何もいってこなかった。むしろ怒られた方が気が晴れたかもしれないと錯覚するほど、私の心は落ち込んでいた。それでも、教室をドアを開ける瞬間に、後ろに立つ結城に声をかけた。

「…ありがとう」

 社交辞令だった。精一杯絞り出した気遣いの感謝だった。その証拠に、結城の顔は見ていなかった。見たくなかった。今日は何も、見る気になれなかった。


 私は自分のことがあまり好きではないが、唯一好きなところを挙げるなら立ち直りの早さだと思っている。寝て次の朝には、もういつもと変わらないでいられた。まあ社会人というのは切り替えが大事だからな。そこらへんがただ学生しているのではなく仕事で学生をしている自分の矜持というやつだ。今なら睨みをきかせてくる姫路の姿も、すぐ陰口を叩く女生徒達も、笑って許せるようになった。お昼休みも相変わらず周りは殺伐とした惨状であったが、それを必要以上に忌避することはなかった。

「そういや、家で勉強会するのっていつ?」

 有田がぶっきらぼうに尋ねた。

「金曜日かなあ。土日は試合だし、木曜は授業終わるの遅いから…」

 野球部は試験前の土日も試合なのか、大変だなあ。

「それこそ木曜日はカフェとかで勉強会してもいいかもね」

「あ、それ賛成!」

 私の意見に遠垣も同調した。

「あ、でも申し訳ないんですが、金曜日バイト入れちゃって…木曜日だけ参加でいいですか?」

 遠垣はそういって手を合わせた。バイト…あれかあ。私は有田と2人で顔を見合わせた。

「バイトしてるんだ」

「はい…」

 私と有田は少しだけ心配したが、そこらへんはさすがの結城である。少し興味を持ったみたいだが、深いことは全く尋ねなかった。

「お前、カフェで勉強好きだなあ」

 は?私はキレそうになった。カフェで勉強好きだと勘違いされたからではない。私は図書館で勉強する派だがそこが原因ではない。私に向かってお前といったことである。私には感じる。背後からの痛く鋭く厳しい視線が…

「別にいいでしょ。それに、お前って呼ばないで」

「ん?そういうの気にするのか?すまんすまん」

 気にするタイプじゃないが、訂正をしなかった。そもそも私もあんたとか呼ぶから、特に気にしない。それよりも後ろで控える有田ファン達の方がよっぽど気にしていた。今日も今日とて、有田はニブチンだ。

「カフェつっても、どこにするの?」

 結城が話題を戻した。

「あれ!フードコートあんじゃんイオンに。そこで良くね?」

「うるさそう」

 結城でもなく私でもなく、遠垣がそう言った。その直後に2人とも縮こまってしまった。

「そ、そうかあ…うるさいか」

「や…別にいいですよ…すみません」

 2人はそう言い合って顔を赤くして下を向いた。男子全般こんな感じの遠垣と、好きな娘を目の前にヘタレ根性全開の有田が話すとこんな風になるのか…覚えておこう。そう思いつつ、残された私と結城は互いに顔を見合わしていた。

 にしても、有田ファンの方はこれで察してほしい。彼は遠垣のことが好きなのだ。私ではないのだ。だから私を攻撃するのはやめてくれ。せめて遠垣にしてくれ。まあ遠垣に手を出したら私が許さんがな。

「5分くらい歩いていいなら、人の少ないところ知ってるよ」

 結城がまた話題を戻してくれた。

「まじか!いいじゃん!」

「そこにしますか」

 2人はそう言って結城の方を見た。私も全面同意だった。何よりも、有田ファンからどこか知られなくて助かるのが1番良かった。

「そういや、遠垣さんは1日目の教科なに?」

「現国と日本史かな?家田先輩は?」

「私達は生物基礎とリーディングと、保健体育」

「あー保健体育もあったな」

 結城はぶっきらぼうにそう言った。

「まあ保健体育は余裕だろ。問題は残り2つだな」

 有田が少しにやつきながらそんなことを言っていた。突っ込むだけ無駄なので、そのままにして話を続けた。

「あ、ちゃんと教材持ってくるんだよ」

 私がそう念のため言うと、3人とも一瞬だけぽかんとした。

「おう、確かに」

「持って帰らなきゃ」

「そうですね」

 もしかしてこいつら、まだロッカーに教科書とか置きっ放しなのか…昨日姫路は『勉強会は自分の学力も向上させる』的なことを言っていたが、本当にこのメンツで勉強会をして、私の学力が伸びるのだろうか…甚だ疑問だったが、明日の勉強会を少し楽しみにしている自分がいたのも事実だった。

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