23枚目
「え?ちょっと待って!!!」
私はさすがに耐えきれずに突っ込んだ。
「なんでそうなるの?別に教室で残ってやってもいいじゃん」
私は必死だった。後ろからの痛い視線が目に入って仕方なかった。これ以上、彼女達を刺激したくなかった。それなのに有田はのんびりとした答えを出していた。
「や、それだと集中できなくない?他の人らに声かけられたり」
いやそれを狙ってるんだよ!くそう、私の狙いを完全に看破されてしまっているだとぅ。
「そ、それじゃマクドナルドとかは?」
「うるさくないですか?あーゆーところ」
今度は遠垣が突っ込んだ。ごもっともだ。
「しかも時々勉強やめて下さいとか言われるし、家の方が集中できるかも!」
「で、でも…」
有田は遠垣に褒められて少し照れた顔をしていた。いい気になってんじゃねーぞ。お前には後ろの女子達の視線が痛くないのか!
「なんだよ家田。そんなに俺の家が嫌なのか?」
そーゆーことじゃねえんだよおおおお。本当にこいつはプリンスなのか?周りの奴らはこいつのどこに惚れているのか。このニブチン野郎なんか、相手にするだけで心労で倒れてしまいそうだった。
「ちょっと待て」
いきなり口を挟んだのは、結城だった。お、結城!また私を助けてくれるのか?
「お前の家吹越だろ?家遠くないか?」
吹越は私達の高校がある市の隣にあった。
「えー自転車で行けるぞ」
「それは運動部だけだ。女子達はしんどいだろ?」
「2ケツするぞ」
「2人乗りは法律違反だ。そんなことしたくない」
いや、お前はしょっちゅう脅迫罪を犯しているけどな。しかし声に出さなかった。今回もまた、結城のことを応援していた。いけいけ結城!頑張れ頑張れ結城!
「俺の家ならここからそう遠くない」
…ん?風向き変わったな。
「だから俺の家で集まろう!」
…んおう、確かにさっきの案よりはマシだけど、結局家に行くのかよ。しかも結城の家…
「おお、いいじゃん!住んでるの市役所のあたりだっけ?」
え?そこ私の家の近く…
「そうだよ。駅越えてちょっと歩いたところ」
マジか、私の家の近くじゃねえか。こいつこんなに近くに住んでたのか。
「それならいいでしょ?」
遠垣は心配そうな顔をしてこちらを見た。こんな顔をしてしまっては許可するしかない。まだまだ有田ファンからの厳しい目が止まらなかった。それでもまあ、彼の家に行くよりはマシだろう?そうだろう?そうだよ言ってくれよ…
ほんと、有田とつるんでいるとろくなことにならない。彼自身はなんの悪意もなく、むしろ善意で行動してくれるのはわかる。それがことごとく裏目に出ているのは流石に笑えなかった。
今日は日直だった。日直は基本的に黒板を消すことくらいしか仕事が無いのだが、この日は運が悪く6限のライティングのノートを回収して教師のところに持っていかなければならなかった。私は40冊のノートを集め終わると、そのまま職員室へ持って行こうとした。その時だった。
「家田さん!私もお手伝いしますよ!」
そう言って姫路は私のところに近づいてきて、ノートを20冊ほど持ってくれた。
「ありがとう!」
いい奴だと思った。少なくともその時は。
「そういえば家田さん。勉強会というものをしていると聞きましたが」
姫路は唐突にそんなことを尋ね始めた。
「いつもしてるんですか?」
「いや、したことないよ。ずっと1人で勉強してたから、勝手がよくわからないな」
「でも教えることは勉強した内容を深く理解するためにはとてもいいらしいですよ」
「そうなんだ」
確かに教えるのって問題解くだけでなくてなんでその答えになるかわかんなきゃダメだもんな。私は1人で納得してしまった。
「姫路さんはそういった勉強会とかしてるの?」
姫路は少しだけ困惑した顔をしていた。
「いえ…私は1人で勉強して…」
「そっか」
まあそうだわな。1人で勉強するのがこの星のスタンダードみたいだからな。
「で、でも勉強会は良いことだと思いますよ、うん…良いこと…」
姫路は少し歯切れを悪くしていた。それをあまり気にせず、私は職員室のドアを開けた。
「失礼します」
私と姫路はのこのこと入っていって、所定の位置にノートをドスンと置いた。20冊でこの重さなら、40冊ならどんなことになるんだろうなどと思いながら赤くなった手を見ていた。そして失礼しましたと言って去ろうとした時、英語の先生から呼び止められた。
「あら家田さん聞いたわよ。前の模試、校内1位だったらしいじゃない」
先生の方にも広まっていたのかと、私は目を細めてしまった。
「すごいわね。そんな自由な見た目してて成績がいいなんて、まさに我が校の『自律ある自由』を体現してると思うわ。中間テストも頑張ってね」
普通に照れ臭かった。
「ありがとう…ございます」
そう小声で言うと、私はそそくさと教室を出てしまった。あまり先生に褒められることに慣れていないので、少し変な心地がした。私はそそくさと職員室を出た。
「じゃ、帰ろうか。姫路さん」
そう言って後ろにいたはずの姫路の方を見たが、顔を真っ赤にして私の方を睨みつけていた。あまりにもすごい形相で、私は少し仰け反ってしまった。
「ひ…ひめじさ」
「ぬおおおおおおおお」
かと思ったらいきなり叫び始め、そして私に指をさしてこう言った。
「た…たった一回校内1位だったからと言って調子にのるな。それなら私は1年生の中間期末すべてで校内1位だった上に、実力テストも2度1位になっているのだ。たかが1度たまたま取れたからと言って天狗になるな!!」
それはまるで、人が変わったように横柄な態度になっていた。感情の起伏が激しすぎてついていけない程だった。
「ふん、いいわ。お前はどうせ勉強会などと言って浮かれておればいいわ。け、決して羨ましいとかではない!これは心の底からそう思っているのだ」
や、さっき勉強会オススメしてたのに…
「今度の中間はその伸びた鼻へし折ってやるわ!覚悟!!」
そう言って彼女はくるりと180度向いてテクテクと歩き始めた。目に見えるほどの早歩きだった。
ほんとなんなんだこの人は。私はそんなことを思いながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。




