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22枚目

 次の日から、私は事あるごとに姫路に絡まれるようになってしまった。彼女は休み時間になるたびに私の机に来て、勉強のことについて色々尋ねてきた。

「家田さんって単語帳何を使ってるんですか⁉︎」

 わざわざ机に近づく意味を問いただしたいほど、彼女は大きな声で問いかけてきた。隣にいた結城が眠りから覚めてしまうほど大きな声だった。

「学校で…もらったやつ…」

「え?ター◯ットですか?私は断然シ◯単派ですね!」

「シ◯単?」

「シス◯◯単語帳の略ですよ!知らなかったんですか?」

「う、うん。名前をちょっと聞いたことあるかなあ…って感じ」

 実際は名前すら聞いたことなかった。確かによく本屋には行くが、参考書を見る機会はあまりない。しかし彼女が、姫路があまりにもオーバーなリアクションをしたため、反射的に小さい嘘をついてしまった。

 姫路は一旦席に戻ったかと思ったら、単語帳を持ってこっちにやってきた。どうやら実物を見せてくれるらしい。

「これがシ◯単ですよ。これは、全国の受験生御用達の一冊ですよ!これを知らないなんて信じられないですね!!」

 まだ私達高校2年生始まったばっかりなんだけどな。そんなことを思いつつペラペラとページをめくり始めた。確かに見やすいレイアウトになっていて、例文もあり、覚えやすそうだなあと思った。彼女はどうもステージ1を集中して勉強しているようだった。見にくくなるくらいの書き込みが目立った。

「どうですか?ター◯ットよりいいでしょう」

 姫路は何故か勝ち誇った顔をしていた。本音を言うと、単語帳なんて何使ったってその人の勉強量次第で変わるんじゃない?と思ったが、曖昧にうんと言って紛らわした。

「全く、隣の茨田高校はシ◯単だというのに、なんでうちはこれなんすかね?」

「ま…まあ単語帳って人それぞれ向き不向きあるしさ…」

 耐えきれなくなって私は反抗意見をあげた。姫路はちょっとむすうとしたが、チャイムが鳴ったため引き上げていった。


 今日は午前中ずっとこんな感じだった。

「家田さんってチャート何色使ってます?」

「家田さんって予備校とかいったことあります?」

「家田さんって地歴公民どれでセンター試験受ける予定ですか?」

「家田さんって…」

 正直困っていた。しつこく聞いてくる姫路に辟易していたのもあるが、何より私はそんなに受験のことを知らなかった。毎日予習と復習をして、授業をしっかり聞いているだけの一般的高校生だった。強いて言うなら、日本勤務が終わり他の地域に飛ばされた時に対応できるように、学校で持たされていた単語帳で英単語を勉強していたくらいだ。特別なことは何もしていないし、予備校とか行く気もなかった。つまるところ、話が合わないのだ。受験を頑張ろうと努力している彼女とは、観ている世界が違うのだ。

 お昼休みになると流石に聞いてこなかった。どこか友達のところに出掛けたみたいだった。私は安心して熱保存のできる弁当容器を取り出した。今日のお昼ご飯は、気が向いて作ったオムライス。容器がケチャップで汚れてしまったが、ホカホカで美味しそうに作れていてとても満足だ。遠垣のメイド喫茶にも劣らぬ出来であろう。

「お、美味そう!」

 対面に座る結城が声を掛けた。今日は食堂ではなく教室で4人集まってご飯を食べていた。結城はいつもの2倍弁当、有田と遠垣はパンを食べていた。

「え?それ自分で作ったの?」

 遠垣は興味津々に聞いてきた。

「あーうん…結構簡単だよ」

「本当?今度教えて下さい」

 遠垣は深々と頭を下げた。

「いや…いいけど…」

「それより家田!」

 有田がいきなり大きな声を出した。

「お前に教わりたいことがある…」

「勉強かな?」

 有田は項垂れるように頭を下げた。

「つうかまだ学年始まったとこだろ?深刻にならなダメってわけでもなくね?」

「甘い、甘いぞ結城!そんなので通用するのは野球部だけだ!こちとら赤点4つあったらレギュラー剥奪なんだぞ」

 赤点って…普通取らないだろ。

「赤点って何点?」

「学校によってまちまちだけど、うちは40点だね」

 遠垣はへえと感心した声を上げていた。結城は有田にお疲れ様と声をかけていたが、お前そんなに成績良かったか?私は少し意地悪なことを聞いてみた。

「ちなみに2人とも、前帰ってきた模試の成績はどうだったの?」

 私がこう問いかけると、2人ともカチンコチンに固まってしまった。しばらく経つとお互いを見合わせ、肘でつつき合いを始めていた。

「つうか結城は私の成績表見せてクラス中に広めておいて成績言わないのはどうなの?」

「な…あれは沢木が悪いから…」

「そもそもお前、学年1位だろ!いいじゃねーか広められたって」

「え?家田さんそんなに賢いの?」

 遠垣が目を丸くしていた。

「すみません、知りませんでした…これからはちゃんと敬語で話します」

「いやいや、なんでそうなるの?今まで通りでいいよ!」

「そもそもなんで敬語じゃなかったの?」

 結城がもっともなツッコミをしてきた。案の定だが、遠垣は固まってしまっている。これは私が答えないといけないやつか。私は小さく息を吸い込んで、なるべく間をおかずに話した。

「元々学校じゃなくて外で知り合ったからね。その時はおんなじ学校だとか学年下だとか全くわかんなかったから敬語じゃなくてタメ語だったんだよ。で、後で後輩だって知ったんだけど、もうこれで慣れちゃったからいいかなって。私からそう言ったんだよ」

 本当は出会うまでの男を引っ掛けた経緯とか、メイド喫茶の話とか、隠していることはたくさんあった。それでも、まだ言ってはいけないと思った。本人に聞くのも躊躇われているのに、誰かに話すなんて考えられなかった。

「なるほど、なんか慣れないなあと思っていたけどそう言うことだったのか…」

 有田は感心した顔を見せた。遠垣は照れて顔を下に向けた。結城は暴言を吐いた。

「舐められてるのかと思った」

「ひどい」

「ほら、見た目大して変わんないじゃん。むしろ遠垣さんの方が年上に見える」

「ほんとひどい」

 私は悲愴な顔をした。それを見て3人で笑いあった。私は頬を膨らましたが、すぐに後ろから感じる視線に反応し振り返った。よく見ると教室の外に小さい人だかりができていた。

「ん?人集まってるなあ」

「みなさん暇…ですね」

「誰見にきてるんだろ?」

 お前だよ有田!私は心の中で叫んだ。よく見ると、さっき絡んできていた姫路の姿もあった。彼女は私に何を期待し、何が気に入られてないのか…私にはまだ分からぬままだった。

「つーわけで、家田勉強教えて」

 有田が話を元に戻した。どう言うわけだよ。正直、また有田ファンの神経を逆撫でしてしまうからうんと言いたくなかった。しかし、彼には貸しがある。

「いいよ。前のボーリング大会で有田にも結城にも迷惑かけたしね」

 貸しを作ったままにしておくのは、アルフェラッツ星人失格である。2人はハイタッチをして喜んでいた。しかしながら後ろからの視線が痛かった。でも、よく考えてみてほしい。教室で勉強会をするんなら、他の人だって勝手に参加すれば良いだけだろう?私の計画はそれだった。有田は他の人間が教え、しばらくしたら私は自分の勉強ができるようになる、というのが理想だ。強いていうなら、遠垣に勉強を教えるくらいだろうか?そんなことを想定していた。

「んじゃ、3人とも金曜日の放課後俺の家集合な」

 有田がこんな火種をばらまくまでは…さすがにこれは、私だけでなく遠垣も驚いた顔をしていた。

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