21枚目
私は気づいていた。彼女のおかしな視線に気づいていた。それでも気づかないふりをしていた。それが悪かったのだろうか。いや、例え私がそれを事前に分かっていたとしても、私にはなにもできなかったに決まっている。そんな未来に起こることを次々と言い当てられるなら、それは宇宙人ではなく未来人である。そんな予知能力は、地球人と同じく持ち合わせてはいないのだ。だから私は間違えたのだ。力無い宇宙人であることを、この時だけは後悔した。
ボーリング明けの月曜日、私の周りには珍しく人が集まっていた。聞かれることはただ一つだけ
「あの後大丈夫だった?」
これだけだ。まあ妥当といえば妥当だろう。バランスを崩してこけてボーリングのボールとごっつんこして病院に運ばれた同級生がいたとするなら、いくら他人との交流が少ない私でも心配する。標準的な地球人なら誰しもがそれを心配するだろう。
「あ、うん大丈夫だった。ごめんね心配かけさせて」
私は壊れた機械のように同じことを言っていた。みんな各々にどれだけ心配していたかについて訴えていたが、それを滑稽と思わない成長した私がいた。
有田や阿部、沢木は直接連絡をくれたから改めて聞きに来るようなことはなかった。有田と阿部は学級委員長のみが知り得る家の緊急連絡先を使って電話をしてきた。沢木は結城の携帯を使って連絡をしてきた。なぜ結城は私の連絡先を知っていたかは知らないが、遠垣あたりに聞いたのだろうと思うことにした。
この時にすでに、怪しい視線を感じていた。しかしながら確証が持てなかった。しかもなにもして来なければただの言いがかりになりかねない。しかしながら、明らかにその人は睨んでいた。私のことを睨んでいた。出森でも、陰口女子達でもなく、それとは全く別種の感情を持った視線がズキズキ突き刺さる気がした。そんなざらっとした感情に耐えながら、その日は進んでいった。
さてその日のホームルームである。
「では今日模試が帰ってきたから、配るぞ。呼ばれたものは前に出てこい」
模試、とは先月に受けた記述式の模試のことである。某大手予備校が主催したこの模試を、私達は学校単位で受験したのだ。
「もう中間テストは今週の金曜日からだからな。ここで気合いを入れなおせ。受験は早く始めれば始めるほど有利だからな」
そう言いながら担任である安藤は出席番号順にテスト結果を配っていった。だいぶ早い段階で私が呼ばれた。
「家田、よく頑張ったな」
先生はそう小さく声を掛けると、ウキウキな様子で私に結果の紙を返した。そこに書かれていたのは、実は見方とかよく分かっていないのだが、少なくとも校内1位と偏差値70という数字はわかった。
「どんな感じだった?」
隣に座る結城が尋ねてきた。彼の出席番号は後ろから3番目。呼ばれるまで暇を持て余したのだろう。私は何の気なしにその紙を結城に渡した。
「え?すごい…賢いんだね、家田さん」
この後の言葉がなければ素直に受け取っていたのに…
「どじなくせに」
あ?それは違うよと言いたくなった。全くいつも通り一言多いやつだ。
「仁ちゃんそれ誰のっすか?」
通りかかりの沢木が声を掛けてきた。結城はあくまで平静に答えた。
「や、家田さんの」
「マジで!すっごいっす。杏里ちゃん校内1位じゃないっすか!」
沢木の大声に、クラス中が反応した。
「え?校内1位?誰?」
「家田さんらしいよ」
「まじか、すげー」
またもクラス中で歓声が上がった。誰もが私の成績を一目見ようと沢木の元へ集まって来た。私はただあたふたするしかなかった。この時にも、強い敵意を感じたのだが、見て見ぬ振りをしていた。
「お前ら座れ!他人の成績じゃなくて自分の成績を気にせんかい!」
安藤がこう言うまで、みんなぐっちゃぐちゃになって私の成績は集まっていた。安藤が一括して、ようやくみんな落ち着いてきた。そしてようやく、私の成績表は私の元に帰ってきた。
みんなは知らないみたいだが、私は成績優秀者なのだ。流石に校内1位を取ったのはこれまでで初めてとなるが。それ以前にも校内トップ10なら何度か取ったことがあった。定期テストもしっかり勉強して、成績表も5教科すべて5を取り続けている。それもこれも全部、アルフェラッツ星での高度な教育の賜物である。ならなぜそれが知られていないのか、簡単に言うと私の周りに人がいなかったからである。
昔の高校では、成績優秀者は廊下などに張り出されていたらしい。今でも一部の私立高校はやっているかもしれない。しかし、プライバシーというもののせいでそういった風潮は下火になってしまった。もしも今でもその風潮が主流なら、私の成績ももっと知られていただろう。今回も偶々沢木が私の成績を見なかったらクラス中に知られることはなかっただろう。いや、そうじゃなくても有田あたりが広めていたかもしれないが…
まあつまり、私が学業面について誰かと話す機会に恵まれてなかったのだ。それ以外のことについても話す相手なんていなかっただろ?なんてことは言ってはいけない。ともかく、私は隠れ優等生だったのが、知られた優等生となったのだ。それ自体は、喜ばしいことだと言えるだろう。この後に起こる事態を除くなら。
「では、各自反省しておくように!以上!」
そう言ってHRが終わり、今日は掃除当番だった私は、教室前廊下の掃き掃除に向かおうとしていた時だった。ちらちらと敵意を見せていたとある少女が、私の元に向かってきた。その少女の名前は、姫路纏菜。姫路は私の方を指差してこう言った。
「家田さん!校内1位を取ったのは本当のことですか!」
こいつも声がでかいなあ。少し吊った目と黒髪ロングストレートな外見は、むしろお淑やかな雰囲気なのに、スポーツをしているかのような図太く大きな声でその印象が一気に薄れてしまった。
「うん…そうだけど…」
「ちょっと紙を見せてください!」
え?なんで?という私の反論を待たずに、姫路は今にもカバンにしまおうとしていた結果の紙を私から奪った。そして私に背を向け見始めていた。ぼーっとしていると、交換条件かのように姫路のテスト結果を渡してきた。いや、私はあんたの成績なんて気にしてないんだけど…
「ぬ、ぬぬぬ、ぬわああああ!!」
姫路は唐突にすごい声を出した。そして180度回転すると、成績表をダン!と私の机に叩きつけた。その声とその音に私は謎の戦慄を覚えた。
「信じられない…本当に校内1位…ですか?」
だからさっきから言ってるじゃん。
「許せない…絶対に許せない…」
「ど、どうしたの?」
私は動揺していた。周りからの奇異な目線にストレスを感じていた。
「家田杏里!私は高校のテストで常に学年1位だった生徒だった。私はこの学校に入学してから、一度もトップを譲ったことがなかった。この高校3年間、一度もトップを譲らず卒業する、これがこの高校に入った目的だった。しかし、この模試という形で、遂にその記録が途絶え、2位に転落してしまった。なんたる不覚。辛すぎる所業。しかし、私は認めよう。貴方が真っ当な、私のライバルである!!」
こいつは何を言っているのだろうか?ライバル?何の?
「そして戦いを申し込もう。家田杏里、次の中間テストで勝負じゃ!次は…次こそは…絶対に負けないんだからな」
姫路はプルプル震えた指をゆっくり降ろし、踵を返した。周りからは驚きや歓声の声。私はどうやら、面倒な勝負を仕掛けられてしまったらしい。