2枚目
前回はとても中途半端な形で終わってしまい、申し訳ない。これには理由があり、それはこの潜入記録が1ページで最大3200字しか記入できないからである。多少不満かもしれないが、このことをご了承していただきたい。
では前回、隣の男子のノートを破り、見られてはいけない報告書を見られた私、家田杏里はどうなったかというと、『授業中に遊んでいた』という納得率3割弱の理由で怒られる羽目になった。生まれて初めて入った生徒指導室は、とても物々しい雰囲気を醸し出していた。そこで生徒指導担当の安藤に事情を説明していたのだが、あまりに話がかみ合わなくて、どんどんと時間が過ぎていった。
「おい結城、家田、俺は怒鳴るのが嫌いだからな。もう一度、正直に答えろよ。お前らは授業中に何をしていたんだ?」
安藤は体育教師独特の有無を言わさぬオーラを纏って私たちに話しかけてきた。私達は、もう何度もしてきたであろう説明に辟易としていた。
「そもそも自分が授業中に指名されて、どうしよう解らないと思って隣の席の家田に聞いたんです」
さっきはこの後に『さっきの問題すらすらといていたので』という鼻高々になる一文が添えられていたのだが、もう面倒になったのかカットを喰らってしまった。少し残念そうな顔をしている私など見る気もなく、結城はじっと安藤の目を見て説明を続けた。
「まあそれはできれば先生に尋ねてほしかったが…まあいいだろう」
「で、肩をポンと叩いたら、家田がびっくりしてしまって、ひゃって声を出したんですね。その時に家田の持っていた紙がふわって浮き上がって、自分の方に来たんですよ」
「そこまでは普通だな。問題は次の行動だ。家田、なんでノートを机にたたきつけたんだ?」
私は急に回ってきた言い訳タイムに若干背中を震わせつつ、これまでと同じ対応をとった。
「や、ノート見せてって言われたから…見せてあげようかと…」
「それは別にやさしく渡せばいいだろ?なんでそうしなかった?」
「…すいません、驚いてしまって…」
「ま、まあそれはいいだろう」
ここもさっきまで各種様々な押し問答があったのだが、それが丸々撤去されてしまった。時間の都合上という奴だ。
「問題は次だ、家田、なんでいきなり結城のノートを引っ張ったのだ。意味がわからん」
私は少しかすれた声で答えた。
「下にある…紙をとりたくて…」
「その紙はどんな紙なんだ?人に見られたくないものなのか?」
「アルフェラッツ星への報告書…」
「そこなんだよぉ!!」
安藤はまるで待ってましたと言わんばかりの大声を出した。
「なんだよ報告書って!!!!なんだよアルフェラッツ星って!!!!お前地球生まれ地球育ちの地球人だろ!!!!!」
「ち、違う…」
「ああん?」
安藤はまるでや〇ざのような声を出して威圧した。
「何が違うだぁ。教師からかうにも限度があるんじゃボケ!!それが本当なら早くその報告書ってのを持って来いってんだ」
私は無言で首を縦に振った。実はこんなところで30分も時間を使っていたのだ。隣の結城君が明らかにダルそうだった。貧乏ゆすり、時折聞こえる歯ぎしり、そして鋭い眼光。このどれもが、早期帰宅をそこはかとなく所望しているように思えた。
「報告書は…見せられない決まり…」
私は30分間全く同じ対応をとり続けた。当然だ。この教師の発言で揺らいでしまった方もいるかもしれないが、私は宇宙人である。ペガススの大四辺形の一角マルカブに生まれ、親の転勤で同じ大四辺形の一角アルフェラッツに移り住みそこで育ってきた純粋培養の宇宙人である。そして、私が書いていたのはアルフェラッツにある地球移住プロジェクトへの報告書であり、地球人に見せてしまっては星間戦争の火種になりかねないし、この移住計画もすべて白紙となってしまう。そんなことできるわけがない。
安藤は机をバンと叩いた。
「いい加減にしろ!!!」
私は動じない。どうもこの国の人間は怒る時にものにあたると効果的と考えているらしいが、そんなことで屈するような生温い精神など持ち合わせていない。
「大体お前はなんだその包帯は!なんで片目を隠している!危ないだろ!体育の時間さえもつけたままで、去年はプールの時間も全部エスケープしてたらしいじゃないか!そうやってぐちぐちと訳の分からないことを言い続けるのは辞めろ!!とりあえずその包帯をとれ!今日はお前の根性叩きのめしてやる!」
「嫌です!世界が滅びますよ」
そうだ。この封印されし邪眼の力をなめてはいけない。しかしこの安藤という男、中々にしぶとい。もしも私が無能力で痛い少女であったとしたら、これほどまでに親身な教師はいないだろう。しかしながら、私は宇宙人である。大事なことなので繰り返すが、私は宇宙人である。
「…ああそうかい、できるもんならやってみろってんだ!!!!!!」
安藤はいきなり席を立ち、私の所へ近づいてきた。力づくで包帯を外そうと考えていたのだろう。これまで見たことのないほど鬼気迫る顔をしていた。それはもう、私がその場から逃げられず硬直してしまうほどだった。
安藤が手を伸ばした。その先は、疑わずとも片目に巻かれた包帯だった。私はそれを必死に守ろうと手をクロスしてガードを作った。そして、安藤がそのガードをどかそうと私の手を掴んだ瞬間に、すこしどっしりとした、それでも鋭さを持った声が響いた。
「本当に世界が滅んだらどうするんですか?」
声の主は他にいない。結城…下の名前なんだっけ?とりあえず彼の声だった。これまで聞いたことのないようなかっこいい声に、思わず二人とも身体の動きを急停止してしまった。
「ああん?んなわけないだろ!お前は引…」
「その証拠は?万が一それで世界が滅んでしまったとしたら、あなたは責任がとれるのですか?」
「証拠って…責任って…宇宙人なんているわけがないだろ」
「そんなの、誰にもわからないことですよ。こんな広い宇宙なのだから、宇宙人の一人や二人、いてもおかしくないでしょう?そのリスクを考えてもなお、彼女の包帯をとろうとするのですか?」
少し流れた静寂が、狂ってやがると訴えているように見えた。しかしこれは、私にとっては渡りに舟である。これで安藤の動きが完全に止まってしまった。
「自分はほんの一瞬ですが、彼女の報告書を見ました」
安藤は私から離れ、じっと結城の方を見ていた。
「とても細かく精巧に書かれていて、それだけを見た人は本当に宇宙人が書いたものなのではないかと疑ってしまう代物でした」
思えばこのあたりから、雲行きが怪しくなってきたのだ。私も結城の方へ視線を向け始めた。
「自分は宇宙の言葉には詳しくないため、中身は全く分かりませんでした。しかし、彼女の言う通り、これが本当に重要機密な報告書だとしたら、自分は明日までに殺されてしまうでしょう。殺されなくても、行方不明など非常事態に陥るのは確実です」
私は徐々に嫌な予感で体中が埋め尽くされてしまった。
「そうなってから彼女を責めても、遅くはないと思います。つまり、明日僕が死んだら彼女は宇宙人であり、周りもそうやって接する。もし明日僕が普段通り学校に来て生活をしていたなら、彼女はうそつきであり、宇宙人ではないと。そうして彼女の素性を確かめてからの方がよろしいのではないでしょうか?」
「た、確かに…」
安藤は明らかに動揺した声を出していた。恐らく相手の真意を読み解けなかったのだろう。無理もない。冗談みたいなこの条件を、彼は、結城は、まるでガチガチの交渉の場にいるかのように提示してきたのだから。
「では、今日はこんなところでよろしいでしょうか?続きはまた、明日で」
そう言うと結城はカバンをもって扉へと向かった。私は、事態の一切合切を呑み込めないまま、小さく礼をして結城の後をついていった。
進路指導室を出るや否や、彼は笑顔でこう言った。
「という訳で家田さん。僕を殺してくれないかい?」