152枚目
この国にはお彼岸という風習がある。あっ、間違えた。この星にはお彼岸という風習が、一部で残っているらしい。私達の星ではそういった宗教的な考えなど皆無に等しいのだが、お墓というものを作り、決まった時期に供養して、そして夏と冬の2回に分けて家族みんなで手を合わせに行くのだ。他にも本来やることは山ほどある。茄子や胡瓜によくわからない見立てをして、割り箸をぶっさすのもそれだ。私達からの常識では考えられない奇行だが、それをことさらに否定してようとは全く思わない。何故かって?そんなことをするのは、この浅はかな地球人だけだからだ。私は宇宙人である。他者との違いを理解し、相手をリスペクトできるアルフェラッツ星人である。宗教観の違いで内紛が起こるこの星の人間達とは一線を画していること、肝に命じて欲しい。
車は田舎道を飛ばしていた。海岸線に沿って北へ北へと向かっていくと、見えて来たのはのどかな田園風景だった。海が出て来たときにわあああって騒いだ私の純真な心は飽和してしまい、後ろでは姿勢をピシッとよくしたまま母が寝かけていた。
「た、たまには休憩……しないでいいの?」
私は長距離トラックの運転手が過酷であるというニュースを見たことを思い出して、すっと父親に提言してみた。父親はじっと前を見つめつつ、額には少しだけ汗をかいていた。しばらく間が空いてから、ゆっくりと腰を据えて息を整えてから、いつもの低い声をさらに低くして言った。
「大丈夫だ。ありがとう」
いや、それを言うためにそんなにフリがあったのかよ!!!私は心の中で突っ込んでしまった。いやだって、何か重たい話をする雰囲気を醸し出していたと言うのに、休憩したら頭に仕掛けられた時限爆弾が作動してこの車ごと粉塵爆発してしまうとか、そんな人命に関わるレベルの話が来ると思ったのに!!!私は少し拍子抜けをしてしまった。でもこの独特な雰囲気が、私の父なのだ。
それから少し走るとコンビニが見えて来た。コンビニ?うんコンビニだ。キラキラマート24時とかかれたそのコンビニに、父親は入っていった。駐車場には自分達の車しかなかった。
「そういえば、飲み物が切れていたな。外は暑いだろうし、必須だ」
そう言って父親はドアを開けた。開けた瞬間に外の熱気がむわああっと迫って来た。でも私も、せっかくの休憩ポイントだと思って外に出ることとした。ノースリーブのワンピースが陽射しにあたって悲鳴をあげていたが、私は構いもせずうーっと腕を太陽へ伸ばして脇を露出させた。そしてそのままキラキラマートへ入ろうとする父親の背中を追った。父親は水色のポロシャツを着ていたが、父親世代特有の加齢臭は全く感じさせなかった。むしろなんの匂いかわからない香水の匂いが、私の鼻をちょうどよく刺激していた。
キラキラマートは見た目こそセブンイレブンとよく似ていたが、緑色が青色になっていることと、よくわからないイルカのマスコットが入り口に置かれていることと、以上なほど狭く古ぼけた外装であることから、最早セブンイレブンのパチモノとすら表現出来ない状態だった。店内に入ろうとしたら、自動ドアではなく手動ドアだった。都会の自動ドアに慣れきっていた私らにとって、それはなかなかに不便だった。
「そういやお父さん、鍵は?」
「後ろに寝ている人がいたから、持ってきてないぞ。それにこの辺なら、車を盗む奴なんて誰もいない」
私は知らないが、もう地元が近いのだろうか。そう確信できるような言葉選びだった。店内に入ると、チリンチリンと風鈴が鳴った。それに合わせるかのごとく、店の奥からエプロン姿のお婆ちゃんが出てきた。よぼよぼのお婆ちゃんかと思っていたが、顔のシワにしては足取りがしっかりしていた。
「はいいらっしゃい。どなたさん……え!?」
お婆ちゃんはとても動揺した顔をしていた。すぐさま裏へと戻っていった。お婆ちゃんが戻っていく背中を、私はぼんやりとした顔で見ていた。戻ってきたお婆ちゃんは、お爺ちゃんの手を引っ張ってきていた。
「なんじゃお婆ちゃんいきなり……」
「いいから来て!!お爺ちゃん!!」
遠くからそんな声がして来て、店内の簾を杖をついたお爺ちゃんがくぐった瞬間、お爺ちゃんも目を丸くしてしまった。
「な、なあお客さん。もしかして……隆行君!?」
下の名前を言われた父親は、少し小さく頭を下げた。
「生前はお世話になっておりました。雅行の息子、隆行です。そしてこの子が、娘の杏里です」
突然紹介させられて、私はまだ何も飲み込んでいないまま頭を下げた。目の前の2人は私の方によってきて、手や体を触り始めた。
「噂にはきいとったけどまさかこんなに大きな娘さんがいるとはねえ。アンリちゃん?いい名前。まるで外国の人の名前みたい」
お婆ちゃんはそうやって肩を撫でてきた。
「目もキラキラしとって、肌も透き通っとって……わしらみたいなオンボロとは違う!!やはり若者はええのう。元気で」
お爺ちゃんはそういって手を握ってきた。杖がカラカラと音を立てて落下してしまった。
「杏里。この人達は私のお爺ちゃんの同級生で、よく面倒を見てもらったんだ。竹川さんと家田さんって言ったら、もうこの辺では有名だったらしい」
「それはあれだよ。こんな小さな村でお互いお店構えてライバルみたいに争ってたからでしょ。雅行さんとうちのお父さんが」
「あれは昔からの争いじゃよ。雅行の父と、儂の父の代でも同じようなことが起こっていたんじゃよ。もう昔からのライバルじゃよ」
そう言って2人笑っていた。うちにそんな熱い物語があるのかと、私は少し驚いていた。
「にしても、なんでこんな長い間こちらに帰ってこなかったんだい?」
「色々あって、ね。花をください」
そして花をもらって、お金を払っていた。店内はもう、所々に既製品が売られていて、戦っていた残骸なんて何一つなかった。もしかしたらこの辺は、昔はとても栄えていたのかもしれない。今は更地になっているが、それは栄枯盛衰の跡地なのかもしれない。ちょっとだけノスタルジーに浸りながら、私達はまたお墓へと向かい始めた。




