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149枚目

 この国にはお盆という習慣があるらしいのだが、それを経験するのは初めてであった。そもそもお盆というのはこの時期に帰ってくる先祖の方々を丁重におもてなし、そして帰っていく霊に対して今後もよろしくと礼を尽くす。そんなイメージを持っていた。


 胡瓜と茄子に棒をぶっさしたり、灯篭を流したり、お墓を掃除したり、仏壇に手を合わせたり、様々なことを行うのだが、正直それは形骸化していると言わざるを得ない。お盆というのはおじいちゃん、おばあちゃんの家に帰る日であり、これを帰省というのだ。またこの時期に海外旅行へお出かけする家族も増えているらしい。もはや地元に帰ることもせず、自分のしたいように生きていく姿は、むしろアルフェラッツ星での生活に通じるものがあった。好きに生きたらいいのだ。伝統は尊重されるべきものではあるかもしれないが拘束されるべきものではない。そんなものは誰が見ても明らかなのだが、そんな単純なことすらこの国の人たちは気づいていない。馬鹿だなあと嘲るのは、宇宙人の特権だ。


 私がこの星に来て3年の月日が流れた。今回が4度目の夏休みとなるが、このイベントだけは消化したことがなかった。そう、祖父の家に出向くこと、そしてそれに合わせて、父が数日家に帰ってくることだ。ここでの父とはもちろん、仮住まいの父を指す。


 父は中々家に帰ってこないということは、かつて説明しただろう。それはどのくらいかというと、このマンションにまだ一度も泊まりに来たことがないというほどであった。私がここに来てから丸3年、一度も姿を見せていないのだから、それだけでもどれだけのものが容易に想像できるだろう。別にうちの父親は結城のところの父親のように消息不明になっているわけではない。いや、うちの父親ではなく、父だな。本当の父はアルフェラッツ星にいるのだから、そこは区別して書いておこう。もしもこの世のO型人間はそういったことに無頓着であり、また無頓着であるべきだと声高に主張し我々のような人種、いや宇宙人をヒステリックだの繊細だのとレッテル貼するであろう。しかしながら私は宇宙人である。他人を決して侮辱侮蔑しないアルフェラッツ星人である。だからそのような偏見は反吐がでるのだ。偏った見方が身を助けるこの星の人間とは違うのだからな。

 話を戻そう。

 父親の仕事は商社マンだということは、以前お伝えした通りだと思う。そして彼は基本的に、年がら年中休みなく働き続けている。日本にいれば問題になる超過残業や長期休暇の不足も、海外出向だと脚光を浴びないのである。その為に、お盆となっても帰る時間がないと帰ってこない年が続いていたのだ。

 あ、念のために補足しとくけど、三回忌の時は戻って来たよ。とんぼ返りして帰っていっちゃったけど。

 そして、聡い読者であればもうお気づきであろう。ここ3年で初めて帰ってくるのだから、使用人(はは)にまだ会ったことがないのだ。そう、私の面倒を見るという名の元、上流階級の金食い虫をハウスキーパーとして雇っていることなど、そしてそのハウスキーパーが案の定何の仕事もせず、むしろ私に対してストレスやプレッシャーを与える元凶となっていることなど、まだ彼は知らなかったのである。

「ねえ、杏里」

 その為である。最近母の権力がめっきり弱くなってしまったのだ。かつては男を連れ込んでは様々な無理難題を命令し、そのたびに私を絶望させて来たこの女だったが、父の帰宅が近づけば近づくほど私に対するあたりを弱くしていた。

「ハウスキーパーっぽい料理って、何かな?」

「まずあんたは普通にシチューが作れるようになりなさい。いや違うわね。普通に野菜が切れるようになりなさい」

 最近ではこうして夜早めに帰って来ては料理の指導をせがむ日々だ。私としては歌詞を書くいい息抜きにもなって良かったのだが、それでも何も知らない覚える気もないただその場をなんとか切り抜けたいと、そう思っている彼女に教えるという行為は中々に苦痛の伴うものだった。

「切れてるでしょ?これ」

「具が小さすぎよ。何この短冊状の人参」

「ほら、小さい方が日の通りが速くていいじゃない!」

「火の通りなんて考えなくてもいいんだってどうせ煮込むんだから、全く人参もジャガイモも玉ねぎもみんな限界まで細かくして…あんたシチュー食べたことないの?」

「食べたことくらいあるわよイタリアンなお店で!!でも何が入ってるかなんて考えている暇が……ほら、相手の顔とか見ながら食べるから、覚えていないというか覚える気もなかったというか……」

 ダウトだな。彼女がそんな殊勝な人間であるはずがない。多分相手の顔というか筋肉の量というかそんなものを見ているのだろう。料理のことなど考えたこともないだろう。

「そんな一朝一夕でなんとかなるものじゃないでしょ。明日の朝でしょ?帰ってくるの」

「いやそんな見捨てないでよ!!私だって頑張ってるじゃない」

 日頃は全く頑張ってないけどな。私がどれだけこれまで頑張って支度して来たというのだ。確かにそれのおかげで私の生活能力は飛躍的に向上した。時として厳しい環境は人を大きく成長させる。それを実感しつつも感謝は全くなかった。

「こんなことになるんだったらもっと早くからちゃんと仕事しておくべきだったなって、今更ながら思った」

「後悔先に立たずって言うでしょ」

「そうは言っても後悔を感じるのが人間ってものよ」

「そんな御託はいいからまともに包丁を扱えるようにはなった方がいいと思う。今じゃなく、今後のために」

 最近、母とこのような年の近いやりとりができるようになって来た。確かに年が近いと言えば、並の母親と娘よりは近いのだが、どちらかというとどうしようもない家内に仕方なく付き合うそんな関係だった。これも一つの成長である。つい数ヶ月前までは恐怖の対象でしかなかった母が、今となっては旧年来の悪友と化していたのだ。

「ったく、言うようになったわね杏里」

 母はそう言いつつ野菜を切っていた。

「昔からこんなものよ。私は」

 そう答えつつ私は、失敗作のシチューを食していたのだった。

「そうか、仲良くやっているようで何よりだ」

 そして父親は、食卓に座って新聞を……父!?

「おう、帰ったぞ、杏里」

 そう、玄関にいたのは、明日帰国予定の父親だったのだ。


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