148.5枚目
初めて見た時から、ずっとずっと好きだった。一目惚れってやつだ。いやでも、あんな可愛い子がいたら、一目惚れをするのも理解できるだろう。可愛いという言葉が陳腐になるほどで、綺麗という言葉が安易に思えるほど、彼女は輝いて見えた。
いつも彼女は藤棚の下でご飯を食べていた。1人でおにぎりを食べつつ、ぽーっとしていた。俺はサッカー部の昼練に行く時、よく見かけていた。藤棚の数人がけのベンチを1人で占領し、どこかを見つめてご飯を食べる彼女に話しかけたくて、でも話しかけることはできなかった。それは俺が、所謂、ヘタレだったからだろう。
いやでも冷静に考えても見て欲しい。なんの関わりもない後輩の女の子に声をかけるなんて、相当なハードルが必要となってくるだろう。飛び越えられるわけがない。自分なんてそんなに顔がいいと思ったこともないし、人に誇れるようなトーク力なんて皆無だ。少女漫画のヒーローではなく、そこら辺のモブだ。サッカーも上手くないし、人に誇れる特技とかもないし、頭も良くないし、それに……やめておこう。あまり自分を傷つけるのは良くないことだ。
多分自分はネガティヴなのだろう。自分に対する肯定感があまりない人間なのだろう。難しい話ができる頭はないけれども、そういう他人よりも劣っていると思いながら生きているのが俺なのだ。だから仕方ないだろう、なんて言う気はないけれども、少なくともあったのはこんな自分があんな可愛い子に相手されるわけがないというものだった。
そしてそれは、偶然の産物だった。その日、たまたま他校の女子との合コンがあって、人数合わせで俺は参加してくれと懇願されていた。というか、向こうが俺の参加を待ち望んでいたらしいが、俺は特に考えず同じサッカー部の檜山がお代半分奢るというその1点だけで参加を決めていた。そしてその日、駅のホームに立った瞬間に、遠垣さんがいたのだ。反対側のホームで、古都の方へむかう電車を待っていたのだった。
ここからの俺の行動は、多分本当は怒られるべきものなのだろう。俺は一瞬でドタキャンの連絡をして、反対側のホームへ駆け出していた。電車はすぐに来たから、ダッシュしてそのまま電車に飛び乗った。駆け込み乗車である。しかしそこはサッカー部の足である。ぎりぎり間に合って、電車に飛び乗ったのだ。
遠垣さんは、学校では全く見せないようなミニスカを履いていた。もはやパンツが見えるんじゃないかってくらいのスカートだった。不安になる程だった。それでもその顔は美しく、すらっとした手足は人を眩惑する何かを発しているように思えた。
「あの……」
じっと見惚れていたら、話しかけていた。話しかけられていたのではない、話しかけていた。我ながらバカだと思う。いくら同じ高校生でも、同じ高校に通っているとしても、初対面で何を話しかけているのだ。
怪訝そうな相手の顔が見えた。そりゃそうだ。学校外で声をかけたのだから、相手からしたら見ず知らずの他人から話しかけられたのだ。何を言われるのか身構えるのが普通である。テンパった俺は、その短いスカートを見て反射的にこう声を発してしまった。
「足、寒くない?」
言った瞬間に後悔した。
「何がですか?」
しかしここで引くわけにはいかない。こんな所で負けず嫌いなところを発揮してしまうのが、俺の悪い点だ。
「や、スカート短いから……」
はあああ、俺は心の中で深い深いため息をついた。終わった。相手からは変態だと思われたのだろうな。最悪だ。いきなり相手のスカートについて指摘する男とか、相手からしたら変態以外何者でもないだろう。
「………」
少し押し黙った時には、まるで処刑を待つ罪人の気分だった。どうせ有罪の決まっている裁判なんて、地獄以外何と表現できるだろう。
「……別に、大丈夫ですよ……」
遠垣さんは顔を真っ赤にしながらどんびいた声を出していた。そりゃそうだ。はいはい、ギルティ確定……
「……でも、そんな風に言われることないので新鮮でした……」
照れた顔で、遠垣さんはニコッと笑ってこう言った。
「優しい、ですね」
その顔に、何重にも何かをまとったその顔に、俺はもう取り憑かれてしまったのだ。それから先はもう、語るに落ちるというやつだ。
「おい、有田早くこいこのヤロー!来夏泣きじゃくって泣きじゃくってもうあんた無しでは生きていけないって」
「ちょっと!!!!そんなことないでしょ先輩!!!嘘偽りを教えないでくださいよ!!!」
インターホン越しにも声が響く。2人はいつだってこんな感じだ。しかし俺はそれを嫌にならない。だって家田は、俺と彼女を引き合わせてくれた張本人だからだ。
「勝手に上がっていいのか?」
「いいぞー!」
「あーちょっと待って!!!!心の準備ができてないというか……つい先ほど告白されたばっかりなのにここで会うってのもちょっとなんか恥ずかしいというかなんというか」
「いやいやーそんなこと言わずにさあー」
そういや最近、サッカー部のやつらとつるむよりこいつらと絡む方が楽しくなってきた。
「しっつれいしまーす」
家田がいるからだろうが、結城がいるからだろうか、それとも、彼女が笑っているからだろうか。
「お邪魔しまーす」
全部そうなのだろう。でも、1番の要因は間違いなく彼女だ。
「ほら、会いにきたよ」
そして俺は、彼女の怯えた顔を、決して忘れぬよう心のライカに焼き付けた。もう2度と、こんな目には合わせない。なんでここまでするのかって?そりゃ勿論、彼女のことが好きだからだ。
「来夏」
君を守るとそう決めた。改めて誓ったこの日、2人は隣に家田がいるのも忘れてお互い抱き合ったのだった。