147枚目
ん!?!?!?ん!?!?!?!?あまりの急展開に、抱えていた悩みとかその辺がすべて吹き飛んでいく感覚がした。いやだってよくよく考えてほしい。有田雄二といえば、へたれの代表格のようなものじゃねえか。この世のへたれ要素を一身に浴びつつ、それを(地球人基準では)いけめんなつらで行うからこそ面白いんじゃねえか。だめだな私。動揺して口調がなんかおかしなことになっていた。いやでもこれは仕方ない。例えこの世の世界が反転して、私が地球人という設定になってしまったとしても、この動揺は仕方のないことだといえるだろう。
「あ、あのさあ。言える範囲でいいんだけれどもさ、どんな風に告白されたの?」
私は人生初の恋バナを聞くこととなった。遠垣は涙を一つ一つせき止めながらゆっくりと話し始めた。
「告白されたのは、ついさっきのバイト中です」
いやいやいきなりおかしいぞ?こういう告白というのはどこか人目のつかない場所に移動させてから行うものではないのか?よくあるのは体育館の裏手だ。私もそこに呼び出して結城を……いやそれはやめておこう。この場においては関係のないことだし私は宇宙人だし彼は地球人だし抱き合った話とか忘れたくて仕方ないくらい恥ずかしいことだしつまるところ私は何もなかったいいね?心の中で早口になりつつ、この場では突っ込むことはやめておいた。
「バイト中かあ。どこかに呼び出されたの?伝えたいことがあるんだって」
「いや、そんなものはなかったです。有田先輩はいつも通りのテンションでオムライスを注文した後で、こう言ったんです。遠垣さん、あなたのことが好きですって」
いやいやいやいや、それはタイミングがおかしい。いくら恋愛経験ゼロのくそ雑魚女である私でも、それがおかしいということだけは十全に理解できた。そんな日常のひとコマみたいに告白をするものではないというのは、地球人の女性の傾向からもわかる。地球人の女性はドラマチックなものを求める。遊園地のジェットコースターのてっぺんで告白したり、煌びやかな夜景を見下ろしながら百万ドルの夜景と女性の美しさを比べてみたり、凛然と輝く遠い星を眺めて月がきれいですねと呟いてみたり、そういったドラマチックで素敵な告白というのが定番で絶対だ。いや大体相手側も困るだろう。バイトとはいえ勤務中に告白されるとか迷惑に違いないであろう。
「へ、へええ。驚かなかった?」
「死ぬほど驚きました。なんとなくこの人は私に気があるのかなって思ってましたけれど、まさかこんな形で言われると思っていなかったので」
「そりゃそうだわな」
つい口に出してしまった。仕方ないと思う。許してほしい。もしも許してくれないというのなら、その責任はすべて有田雄二が受け持ってくれるだろう。
「で、聞こえないふりをするわけにもいかないですし、他のお客さんも見ている中でのことだったので、どうしようかなあと思ったのですが、私としては……その……」
少しだけ間を空けてから、遠垣は小声で色っぽく言った。
「あの人だったら、一緒に生きていけるっと思ったから、了承したんです」
ああもうかわいいなあ。かわいすぎるなあ。私もこれくらい素直な人間に……おう今頭に出てきた男の子しまえよ。恥ずかしくなるから。
「お客さんもわあああああって拍手してくださって、その時は恥ずかしかったけれどもよかったんです。その時は」
そして遠垣はごくっと唾を飲み込んでから、覚悟を決めたように告白した。
「お店に帰って来た瞬間に、水をぶっかけられました。幸いメイド服にはかからなかったのですが…顔にダイレクトにかかってしまいました」
ふと自分の過去が顔を出してきた。目の下の傷が痛んだ。地球人は羨望と嫉妬に満ち溢れている。お互いがお互いの足を引っ張ることで心の平穏を得ようとする悲しいモンスターだ。アルフェラッツ星人である私だからこそ言える。この星の人間は歪んでいると、声を大にして断言できる。
しかしその枠に入らない人間がいるのもまた、事実だった。
「あーごめーん、かかっちゃったー?なんて言われちゃって、別にそれだけだったらよかったんだけどね。そこから大喧嘩になっちゃった」
「遠垣さんとその子が?」
「ううん、ユロさんとその子が」
ユロさんとは…少し上の先輩だっただろうか。小さめの身長に親近感が湧く、そんな女の子だった。
「いきなりでした。突然キャットファイトが始まって、そこから裏口の方で場は騒然となってしまいました。水をかけた子を擁護する子とユロ先輩を応援する子と、バラバラになってしまったんですが、1つだけ団結しているところがありました。キッチンにいた男の人は皆、私のもとに駆け寄ってくれたんです」
別にいいことじゃないか?私は自分がかつて受けた仕打ちを思い出して、側で助けてくれる人が一定数いる彼女を少しだけ羨んだ。あんなにも地球人が人を羨んでしまう愚かな生き物だと主張しておきながら、私は彼女のことをいいなあと思ってしまったのだ。
「その時に、私は…優越感を覚えてしまったのです」
そしてそんな負の感情は、この一言で一気に引いてしまった。
「本当は慌てているはずでした。もはや私の預かり知らぬところで喧嘩が起こってしまって、しかも今日は店長がいない日だったので止められる人が皆無で、そんな時に私は、近くに男の人が寄ってきて心配の声をあげるたびに、嬉しくて嬉しくて仕方なかったのです。もうその感情を自覚した瞬間に、私の目の前は真っ暗になりました。何を感じていたんだ!?私は、今悲しんでいるはずだろ!?悲劇のヒロインなんかじゃないし、周りに寄ってくる男の人達を見て、自分がちやほやされていると喜ぶなんて以ての外なはずだって」
ぎゅうううううと、肩を握られてしまった。
「ここにきた理由は、単なる自己嫌悪です。わがままです。自分が嫌いな自分が許せなくなったからです。気づいたら電車の中にいました。気づいたらメイド喫茶から出て行ってしまっていました。もう…私は…」
そして嗚咽が、私の耳を劈いた。
「現実の自分に負けてしまったのです」




