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143枚目

 それから私は、ついに学校へ通えなくなった。

 心的外傷は新たな心的外傷を生み出していく。外部要因が生み出すそれに、私は許容できないまま臥せってしまった。朝起きても部屋から出て行かなかった。先月のような、起きたら本を読むそれだけの生活をするようになった。少しだけ申し訳なく思った。今の先生にはなんの恨みもないし、今のクラスメイトにもなんの恨みもない。ただ、私が通えなくなっただけだ。居なくなった母と弟の寂しさと、今でも自分を痛めつける右目下の損傷と、あの独特の雰囲気に立ち向かえなくなってしまったのだ。それは心の弱さなのかもしれない。私の心は弱いのかもしれない。だとしても、どんなに励まされても、どんな人が学校に来てと懇願しても、私は部屋から出られないまま夏休みになった。

 もはやいつから夏休みだったのか覚えて居なかった。気づいたのはすみれちゃんとけいちゃんが地元の夏祭りに誘ってくれた時だ。そっかもう、学校は終わったんだ。外に出ようと少しだけ思ったけれどやめておいた。私にはそれすらできなくなってしまった。ただ部屋の中で、ポツンと、誰に助けを呼ぶこともできずに本を読み続けていたのだった。

 なんでこんな辛い目にあわなければいけないのだろう。私が一体何をしたというのだ。そんな気持ちになって胸が痛んだ。いやそれは、君のせいじゃないんだよなんて言われたとしても、だからっていつもの自分に戻れる気もしなかった。私はただ1人で、膝を抱えていた。そんな時だった。

 きっかけはもう何か覚えていない。とあるヒット作家の書いたエイリアンが人間のふりをして生活する作品を読んだことだったと思っているが、はっきりとは覚えていない。でも確か、自分の置かれた境遇と、何より心の折れてしまっている自分自身に絶望して、何か変わらないとと焦っていた記憶はある。

 最初は、近くにあった大きめのぬいぐるみに話し始めた。この小説、すごい楽しかったって。最後にはこの愚かな人間をしっかりと滅ぼしちゃうんだもん。迎合しないで仕事をしっかり行うなんて、かっこよくて憧れるよね。ぬいぐるみに話しかけても、大声も否定も喰らわないから心が楽だった。でも徐々に物足りなくなって、目の前のぬいぐるみに設定をつけ始めた。そうした名残からだろう。私はとある決断をしたのだ。

 私は、宇宙人であると。

 アルフェラッツ星を選んだのはその星をたまたま知っていたからである。中学受験で勉強した範囲だ。

 何か見た目でもなりきらないとなと思い、目に包帯を巻いた。こうすれば、眼鏡なんてかけなくてもいいし、鏡を見るたびに思い出すあの時の辛い風景を思い出さなくて済む。私はその日から、右目を隠して生活することにした。

 中身も設定を決めていこう。アルフェラッツ星は平和で友好的で、戦争はないけれども資源不足。それを補う為に私はここに来た。今は居候として、この家に住んでいる。便宜上の母親は毎日男と遊びまわっていて、便宜上の父親は海外へ単身赴任している。そう思い込んだのなら、私にとても優しくしっかり者の母親が居たことも、スポーツマンで爽やかでとってもいい子だった弟がいたことも、全部全部なかったことにできるんじゃないかってそう思えた。

 最初はおふざけだった。だったらいいのにねーって、ぬいぐるみに話しかけるだけだった。でもその世界だと思い込んだなら、私は外に出れるとそう思ったんだ。

 試しに外に出てみよう。そう思ってひと月ぶりに出た世界は、丁度お祭りをしていたみたいだった。そう言えば、お祭り行かないか誘われてたな。いやいやいや、それは私じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう何度も呪文のように唱えていた。

 お祭りの方に行く気は無かった。近くのコンビニでノートと絆創膏を買おうと思っていた。しかし見つかってしまったのだ。祭りへ向かう途中の長蛇の列にいる、2人の姿を。

 2人は浴衣を着ていた。すみれちゃんは赤色を基調としていて、けいちゃんは黄色を基調としていた。どちらも美しい色だった。どちらも彼女達にぴったりだった。右目を隠して、コソコソと生きている私なんかと、比べ物にならなかった。いや、違う。それは違う。それは地球人的な考え方だ。並大抵のJCならそう思うだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あんな人達、同じ星の人じゃないのだから比べても仕方ない。

「あー、杏里!」

 けいちゃんもすみれちゃんも、沢山並んでいた列を迷わず抜けて、私の方に駆け寄ってきた。来るな来るな!やめてくれ。

「久しぶり!!元気してた??っていうかその包帯、どうしたの?」

「めちゃくちゃやつれてる…大丈夫?ちゃんとご飯食べれてる?」

 やめろやめろやめろ!!そんな優しい言葉をかけるんじゃない。もうあの時の私じゃない。あの時の私が出てきたならば、私はまた部屋の中に引きこもらなければならないだろうが。はっきり言わなければ……はっきり!

「はっはっはっは??誰だね貴女達」

 きょとん、という声が聞こえて来るほど、2人は呆然としていた。

「私はこの夏からこちらにきたものだ。貴女達とは関係ないね。そうだね、強いて言うなら…宇宙人ってやつだよ」

「は!?」

「私は遠い彼方、96光年離れているアルフェラッツ星から来たんだよ。貴女達はどこから来たの?在来種?」

「い、いや、意味がわからないよ。どうしちゃったの?杏里」

「杏里?ああこの外側の人間の名前か。良い名前だな。拝借しよう」

「え?え?」

 見るからにすみれちゃんは動揺していた。それに少し申し訳ないと思いつつ、私はやめなかった。

「もう一度言おう。私は宇宙人だ。平和と友好を愛するアルフェラッツ星人だ。それだけは間違いのない…」

 ぱっと、口を止められた。止めたのは、けいちゃん…いや、濱野恵子さんだった。

「私の主義として人の生き方に文句を言う気はさらさらないんだけどさ。でも一つだけ言わせてね。これは私からの、最初で最後のお願い。多分だけど、杏里は前に進もうとして逃げてるんだよね。思い込んで思い込んで、自分は自分じゃないって思うことで、いつもの生活を送ろうとしているんだよね?」

 私は少しだけ首を縦に振った。

「だったらさ、()()()()()()()()()。絶対に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今はまだ大丈夫。今はそれで良いから、いつか自分の中で、全てのことが整理できたり、過去なんて忘れるくらいの出来事や人と遭ったら、昔の杏里に戻って来て。私は、それまで待ってる」

 そして手を私の口から外し、キスするくらいまで顔を近づけて言った。

「それまでは、他人同士でいてあげるから」

 そして彼女は、一方的にすみれちゃんの手を引いていった。私はその姿を立ち尽くして見ていた。そして私はこの日より、宇宙人になったのだった。

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