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142枚目

 全ての悪事は、その日に露見してしまった。咲子がやって来た様々な暴力的行為は、一度教師に見つかってしまったらクラス中の生徒がその一部始終を話してくれたらしい。それを最初からやってくれたのなら、私がこんなにもいじめられることにはならなかったかもしれない。でもそれは望み過ぎというやつだ。私はそこまでのことは望んでいないし、後で大丈夫だった?と心配されても特に興味はなかった。

 泣き疲れて目を覚ました時、私は自身の異変に気付いてしまった。明らかに片目の視力が落ちていた。左目で見えている範囲が、右目ではやけにぼやけていた。担当の医師は色んなことを言ってくれたが、混乱していた私にはチリ1つ理解できなかった。とりあえず視力が落ちたこと、それが戻って来ないことだけは、この身をもって実感していた。

 病院のベットにいる間、色んな人が病室に訪れてくれたらしい。覚えているのはすみれちゃんと、けいちゃんと、父親だけだった。他の人は、もうどうでもよかった。私を悲劇のヒロインにして、これまで傍若無人な振る舞いをしていた咲子に対する攻撃を加えていた。かつてフルボッコにしていた相手がフルボッコにあったからといって、自業自得ともざまあみろとも思えなかった。いつかあなたたちも、同じような目にあうかもしれないんだよ。それを覚悟で攻撃しているの?そう言いたくなったけれど、私はただ笑顔で対応していた。

 そういや、泣きそうな顔でずっと謝っている奴もいたな。今野とか言ったっけ?気にしないでほしい。己の遣る瀬無さと行き場のなさを、私にぶつけないでほしい。そんなひどいことを当時思っていた記憶がある。

 父親はすぐに学校へ連絡を入れた。何があったのかしっかりと発表してほしいと願ったが、内々で処理するどころか咲子の両親にビビってなあなあな対応に終始していた。その為、父親は私にこう相談して来た。

「7月から、地元の中学校に通わないか?」

 私はそれに了承した。別にあんな学校に頓着なんてなかった。むしろすみれちゃんとかけいちゃんがいるんだから、そっちの方がよっぽど良かった。

 転校まで少し時間があったから、その間家に引きこもって生活しつつ、同じく少しの休暇をもらっていた父親と過ごしていた。知らなかったのだが、父親も本を読むのが好きで、引きこもり気質だったらしい。それが比較的アウトドアな母親と馬があったらしい。そう言った話は今まで全く聞いたことがなかったので、少し新鮮だった。

 びっくりするくらい静かな時間が流れていた。その1ヶ月の間に、私の心を回復させ、なおかつ実の妻と息子を亡くした父親の心も回復させるということだったのだろう。お互いそんなに色々話したわけでは無い。1日中本を読んで、そのまま1日が終わるということもままあった。それでも、そこには間違いなく心地の良い時間が流れていた。

 しかしある日、父親は家にとある女の人を呼んできた。これからはこの人がハウスキーパーとして同居するらしい。再婚したわけでは無い。どちらかというと30近くになっても特定の男と付き合わず不特定多数と遊びつつ定職にもつかずお金ばかり垂れ流す専務の放蕩娘の面倒を押し付けられたといった方がいい。というかそれが全てだ。

 残念だったのは、その人がハウスキーパーをまともにしなかったことだ。実の父親からのお金を使って遊び続けたことだ。実はそのことを、父親は知らない。父親はあれから、中学2年生の6月から、1度も日本に帰って来ていない。仕事が忙しいらしいから仕方ないが、おかげで彼女がひどい生活をしていることを知らないのだ。まあ彼女の話は置いておこう。実はそんなに辛いと思ったことはない。いや、男連れてくる日は嫌いだけど。

 私は思っていた。地元の学校に行けば多少はなんとかなるって。視力矯正用に片方だけレンズの入った眼鏡をかけて、また学校に行き始めたら、楽しい日々が待っているんだって。ガラスで切った目の下の傷は残ったままだけど、少しズラして眼鏡をかけたらそれもちょっと隠れるし。だから大丈夫だ。あの悪夢は直ぐに忘れてしまう。10年も経てば、そんなこともあったねって笑い話にできる。

 近くの学校までは10分歩けば着くのだが、まるで1時間くらいかかったような気がした。一歩一歩歩いていくけれど、どんどんと汗が流れて、キリキリと胃が痛んだ。

 校門をくぐるのも精一杯だった。着慣れていない制服が圧迫感を増して、私を締め付けてくる感覚だった。少し怖そうな先生を見た。校門に立っている生徒指導の先生なんて、あの学校にはいなかったから、大声が飛び交うだけで失神しそうになった。

 職員室から教室へ向かう時も、ずっとずっと下を向いて歩いていた。見上げた時に目に入る廊下や聞こえてくる椅子を下げる音が私を苦しめた。なんでだろう。なんでだろう。もういじめてくる子はいないのに。どれだけいじめられても、私は学校に来ることはできていたのに。

 心的外傷という言葉を知ったのは、しばらく経ってからだ。一度廊下で待たされて、先に担任の先生が教室へと入っていった。その瞬間だった。目の前があの日の光景で満たされてしまった。あの日の化学室が何度も出てきて、あの時の痛みが、涙が、私を取り巻いて取り付いて気持ち悪くて…

 気づかなかったのだ。私はもう、すでに壊れてしまっていたことを。もう私は、現実と折り合いをつけて生きて行けるほど、強くはなかったということを。

「えー今日は転校生がこの教室に来ました!みなさん、仲良くしてくださいね。では、入って来てください」

 ドアを開けた瞬間、みんなの視線が集まって来た瞬間、右目が痛んだ。

 最初は右目下の痛みがあまりにも辛くて、教室に入って一歩目で蹲ってしまった。そしたら右目から涙が出て、ポツポツと落ちた。胃が逆流するように食堂へせり上がって来た。身体中が重力にぺしゃんこになった。

「ど、どうしたの?家田さん…」

 担任の声が間に合う前に、私は朝ごはん食べたものを全部教室で吐いてしまった。ストレスによるものだとのちに言われたが、もう私には、まともに学校に通うこともできなくなっていたのだ。教室が阿鼻叫喚になる中、私は気を失うように倒れてしまった。

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