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140枚目

 なにわ星蘭には退学という制度がある。下位3%に入った者は、問答無用で学校から追い出されてしまうのだ。なにわ星蘭は中高一貫だが、この制度があるのは中学1年生と2年生の時だけだ。一度辞めると再入学が難しい高校生は、このような画一的な退学方法は定めていない。中学3年生の時は一学期終了時点で宣告し、高校受験の準備を進められるようにする。そうした年代の一方で、やめてもすぐ地元の中学に入り直せるからこそ、そんな制度を履行しているのだ。私らの入学者数は500人だから、15人前後がそれに引っかかる。それに、すみれちゃんだけ引っかかったのだ。

 本人も結構覚悟していたようで、落ち込んでいる様子はそこまでなかった。というかむしろ、なにわ星蘭の授業があまりに難しすぎて、正直合ってないと思っていたらしい。私だってそれはちょっと感じてたし、みんなびっくりするくらい賢くて、駒場大とか古都大とか医学部に進む人達ってこんなにも凄いんだって驚嘆していた。敵わないと思ったし、敵わないからと努力するほど私にモチベーションはなかった。その時私は思ってしまった。ふっと、思ってしまった。

 けいちゃんもすみれちゃんも地元にいるのなら、私もそっちに行きたいな。

 そしてそんな考えを神様は見透かしていたかのように、私に度々試練を課してきた。その一歩目が、宮崎咲子との出会いだろう。

 中学2年生、3組に入った私は、これまでの人間関係が完全にリセットされてしまった。これまで力石すみれを中心として纏まっていたグループがバラバラになって、しかも悲しいことにみんな学力層がバラバラだったのだ。なにわ星蘭におけるクラス分けは学力順で無常な振り分けられ方をされる。1年生の頃は下のクラスと上のクラスなんてそんなに差はないものの、1年経つとその差は歴然となる。下のクラスでしっかり勉強して上のクラスへ上がっていった生徒もいれば、主席レベルで入ってきて今ではもう落ちこぼれ寸前までいっている者もいる。そして1年経って落ちこぼれのクラスに入っている者は、サボって落ちこぼれた人か、そもそも学校のレベルに追いつけていなかった人が入るから、ここからの挽回は非常に難しくなる。もうここからは、進級できるか、途中退学にならないかの世界になるのだ。

 そして宮崎咲子や、彼女と当時付き合っていた今野龍伸は典型的な後者パターンだった。入ってきた時はチャラいのに勉強できるやつだったのが、徐々にただチャラい奴へとなり、身分相応な下のクラスに落ち込んでいたというわけだ。今野のように中距離での才能が開花しつつあったのならまだ救いがあったが、宮崎咲子には何もなかった。それももしかしたら遠因だったのかもしれない。

 新しいクラスの雰囲気は最悪だった。そりゃそうだ。自分より少し低いくらいの生徒たちが退学を食らったのだ。自分もこうなるかもしれないと思ってしまっても妥当であろう。その結果、常に淀んだ空気と、勉強しなきゃという切迫感が生まれていた。こうした空気がモチベーションを上げるのは一定程度認めても良いだろう。許容範囲までの緊張は人の能力を最大限引き出してくれるのだが、だからといってそのクラス自体が良いものかというとそれは別問題だった。緊張は、過度になると想定外のことが起こるのだ。それを彼女が、端的に表してくれた。

 いつからだだ絡みされるようになったかは覚えていない。宮崎咲子の休んだ体育の授業で今野が同郷だからと私と組んでパスの練習をした4月の終わりくらいからだろうか。はっきりしたことはわからないが、ゴールデンウイーク前から彼女はことあるごとに私に突っかかってきた。

 当初は一緒にご飯を食べるだけだった。徐々に私に対してマウントを取るような話し方になっていった。

 〇〇の模試でこれだけ点を取ったことあるんだよ!あんたは何点?え?そんだけしか取れてなかったの??そんなんであんたよくここに来れたわね!!

 こんな感じだ。他にも授業でわからなかったり答えられなかったらまるで犯罪でも犯したように私を詰った。

 そんなんもわかんないんだーほんとうちの恥さらしだよねー

 こんな感じに。それが鬱陶しくて仕方なかった。しかもそれを、わざわざ今野のいない昼休みにのみ行っていたのだ。流石に彼氏に聞かれたらまずいと思ったのだろう。

 どんどんとエスカレートしていく中で、周りの人間は誰1人として助けてくれなかった。そりゃそうだ。前も話しただろう。なんで赤の他人を助ける義務があるのか。道で殴られている人間を止めに行かずに非難されている人なんているのか。大人の世界でできっこないことを子供の世界で押し付けるのはやめていただきたい。どちらも同じ人間なのだから、大人の背中を見て育っているのだから、同じ結末を辿るのは火を見るより早い。こうして言われるようになったのだ。グズ田と。

 怒鳴られる回数も増えた。口調の強い言葉をかけられ続け、常に背中が曲がっていった。聞いてんのかと頬を叩かれたこともあった。授業中当てられたら論うように笑うようになった。クラスのみんなに話さないよう通達され、誰1人として苦手な科目を教えてくれる人がいなくなった。これを全て、男どもには悟られないように行なっていた。女性とは恐ろしい生き物である。周囲と協力し物事を達成する能力が、こうも真逆のことに使われてしまうとは……少なくとも私にとってそれは、悲しいことであった。早く転校したいな。そんなことを思うようになった。

 そしてエスカレートする最中だった。6月の上旬、一本の電話が入った。帰宅したての私は、何も考えずにその電話に出た。

 あまりにもあっけなく話された記憶がある。事実報告だから仕方ないのだが、それでも呆気なかった。

「家田杏子様と、家田行人君が、亡くなりました」

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