138枚目
思えば別になんの変哲も無い話ではあった。別にあの子がこの街を歩いていたとしても、なんら不思議はないだろう。別にこのお祭りは他市から来ることだってある。隣の槻山も近々大きなお祭りを控えているが、恐らく濱野辺りは今日このお祭りに参加していることだろう。だから彼女がここにいたっておかしくはない。だから別に大したことはない。そうだ。大したことなんてないのだ。
私は歩いた。前を見ないで歩き続けた。祭りの方向とは正反対の方向へと歩き続けた。おかしくない、おかしくないのだから、私はまたいつもの私に戻らないといけない。アルフェラッツ星人にならなければならない。そう思ったまま、私はブレーキの壊れた自転車のようになってしまった。
歩みを止めてはならない。1度止まってしまったならば、もう2度と動き出すことはできないのだから。前を見てはいけない。顔を上げては、足を止めてしまうからだ。常に空想を生き続けろ。常に幻想を抱き続けろ。そうすれば、私は今と戦っていける。そうだろ?マイ、リトルアンズ。久方ぶりに母の実名を想起してしまった。
そう言えば、ここからの話は、結局君にもしてなかったんだっけ?そうだよね。私達の間には、過去の話は不要だったもんね。とか言いながら語られたような気もするんだけれど、でも君は、私を慮ってか結果として一度も私の昔のことなんて聞いてこなかったよね。優しいよね、ほんとに。
だからこそここで書こうと思うんだ。ほんの少しだけ、今の私に戻るね。うん、今の私だよ。アルフェラッツ星人ではない、現実の家田杏里だ。だから彼女のフィルターが撤廃されて、よりわかりやすく人物像が把握できると思う。例えば、私の母は死別した家田杏子であり、私の家に居座っているのは父の会社の執行役員の娘、それもとてもだらしない放蕩娘だということも、しっかり記載していこうと思う。私はあの人を実の母だと思い込むことで、恰(あたか)も自分がネグレクトされていると思い込み、より宇宙人設定に拍車をかけることになったのだ。今から思うと馬鹿な話である。そして非道徳的は話である。お母さん、ごめんなさい。今からならお墓の前で泣いて謝罪ができそうだ。多分明日が暇だから、母の地元に帰ろうかなあと思う。話が逸れたね。
思えば君は、どこまで私の話を知っているのかな?私に弟がいたことは知ってるっけ?行人って言うんだけど、話したかどうか忘れちゃった。でももう無理ないよね。君と話した言葉は少ないようで多くて、その全てを把握しきることなんて不可能だ。だから一から説明しようと思う。かつて君が、私にしてくれたように。
あ、一応ここから数日何があったかの話だけはしておこう。8月は最初の1週間、ずっと部屋で引きこもってたよ。あ、わかってたって?私、案外メンタル弱いのかもしれないね。まぁこの頃は君も転居に関する書類とかで忙しそうだったし、有田とか姫路も部活に燃えてた頃だから、仕方ないのかもね。歌詞を考えるとか言っといて、8日にあった2度目の集まりでは何一つとして発表できなかったんだ。みんなはやっぱり難しかったんじゃないかって、一曲はけいちゃんが作ってくれることになったんだ。あ、けいちゃんじゃわかんないね。濱野さんが作ることになったんだ。その辺りまでは、事前に話しておこうかな?うん。
……ここまで書いておいてなんだけど、このタイミングで過去の話をするってあんまりいい感じじゃないね。流れ完全にぶった切っちゃってるし、深夜に書いてることばれちゃうな。でも多分、昔の記憶に1番苛まれたのはこの時だよ。過去の自分と理想の自分がせめぎ合ったここからの10日間は、多分一生忘れない。何度も何度も昔のことがフィードバックされて、毎日頭を抱えてたあの時に、私は昔のことを想起して止まなかったんだ。だからここでその話をさせてね。もしかしたらめちゃくちゃつまらない話になるかもしれないけれど、私は記すよ。うん。
でも一回、休憩させて。
次のページから、頑張って書き始めるから。