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137枚目

 夏が、暑い。わかっていたことだが、認めたくないことだった。私もかれこれ何度目かわからない夏を過ごしていたが、毎年毎年愚痴っている気がする。この星の夏は暑すぎる。もう少し気温を下げていただかないと、私としても生活に困ってしまうというやつだ。いいから気温を下げてくれ!クーラーなどでは対応できないのだ!!だって考えても見てくれたまえ。寒さは着込むことである程度緩和できるが、暑さはどれだけ脱いでも対応できないのだぞ。例えばこの街を私が裸で闊歩したとしよう。だとしても暑いのには変わりないだろう。詰まる所、暑さとは逃れられぬ罪なのだ。原罪にも等しいのだ。ならばその手段は1つ、神に祈ってこの理不尽を解決してもらうしかない。なので私は心の中で訴える。神よ、暑さを緩和してくれたまえと。それ以外に、気温を下げられる手段など残っていないのだ。

 私は今、『作家さんみたいに煮詰まったから外に出てリフレッシュしよう』などと考えて作詞活動から逃避した自分を激しく後悔していた。『夕方4時なら大して暑くもないだろう』などと甘い見立てをしていた自分にも叱責したい気分になった。その上、クーラーをガンガンにかけた部屋から出た当初、むわあって流れてくる熱気に対して『いやあ、これくらいの熱気、むしろ心地よいわ!これまでむしろ、肌寒いくらいだったから』なんて思った私など、狂気の沙汰と呼べるだろう。何々?全部お前が悪いんじゃねーかって?大人しく部屋に引きこもっておればよかったではないかって?そういうところが地球人なのだ。私のような進んだ宇宙人になりたかったならば、辛いことだって前を向いて立ち向かっていくことが大事なのだ!私は宇宙人である。これまで幾度と苦難にぶつかり、それを解決してきたアルフェラッツ星人である。たかが地球の暑さくらいで、進む足を止めてしまってどうするのだ!正直もうマンションを出る頃には暑くて帰りそうだったのだが、我慢して一歩一歩歩き始めた。そして今、私はコンビニで立ち読みをしていた。

 ん?なんだ?文句あるのか?コンビニだぞ!あ、コンビニが何かわかっていなかったか。コンビニとは略称だから致し方ないな。しかしこれは非常に一般的な呼び方であるのでこれで統一させていただく。コンビニとはコンビニエンスストアの通称であり、その名前の通り非常に便利なお店だ。24時間365日開店し、食料品からお酒、雑誌や生理用品、小物やタバコ、なんでも揃う。特に最近の発展はめざましく……違う?そういうことじゃない?全く、せっかく人がコンビニから見る地球の特徴的な画一性と全体主義について論じようと思っていたのに、なぜ差し押さえるような真似をしているのだ。

 とにかくコンビニは便利である。だからマンションから2番目に近いコンビニでかれこれ30分以上立ち読みしていても悪くないのである。もうそろそろ読むものも無くなってきて、遂に伸ばしてはならない本に手を伸ばそうとしていた。タイトルは、宇宙人は実在するのか。

 いやそんなもの、いるに決まっているではないか!!今!!ここに!!いるでは!!ないか!!私は憤慨して憤慨して、思わず店内で売られている焼き鳥に噛み付いてやろうかと思った。もうタイトルからしてくだらない。これも地球人のお偉いさん方の陰謀というやつである。こういう宇宙人否定派の罪は大きい。まあその結果として、私は難なく潜入活動できているのだけれども。皮肉というやつだな。

 先程からすっっと手を伸ばそうとして、いや読んだら負けだと手を引っ込めジャンプを読むというのを5度ほど繰り返していた。昨日発売のジャンプも、5度も読めば新鮮味は無くなってしまった。ついでサンデーやマガジンやモーニングにも手を出し、ついぞ何1つ興味のないファッション雑誌やスポーツ雑誌にも手を出したが、やはり気になって仕方なかった。

 いや、手に取るくらいいいだろう。私はそう思って手に取る。黄色い表紙に赤色の文字。ダサいフォント。いったい誰が手に取るのだこんな本。そう思いページを開こうとしたその瞬間だった。

「……家田さん?」

 びくっっとなって、光速で本棚に本を返した。振り返るとそこに立っていたのは、艶やかな青色の着物を着た嘉門だった。

「あーやっぱり家田だ!こんなところで何してんのー?」

 嘉門は猫っぽい顔をニコって笑って、手を後ろに組んで話しかけてきた。その顔はかつて私をいじめてきた者とは到底思えなかった。

「い、いや……ちょっ」

「ん?何読んでたの?」

 宇宙人の本なんて言えるはずがない!!というか正確には読んでないしな!!手にとって表紙を見ただけだし!!

「じ、ジャンプ……」

「ジャンプ好きなの??私もー!ONE PI○CEとか毎週読んでるよー!」

 まあ今週は休載だったけどな。

「もしかしてこの辺に住んでるの?」

 急な話題転換は女子の特権だ。いや違うな、イケイケな女子の特権だ。私はこくんと頷いた。

「へーそうなんだ!学校近くていーね!私豊倉だから遠くってさ」

 この街の北の方だな。確かにここからよりは時間がかかる。

「嘉門さんこそ…どうしたの?」

「あ、この浴衣??ほら、今日でお祭りあるじゃん!!」

 へ?そうなの?

「あれ?地元なのに知らないの?」

「あんまり詳しくない……」

「人混み嫌いなタイプ?」

「そう……かな?」

「わかるー」

 ケラケラと笑う嘉門。こんな風に笑う子だったのか。ますます疑念が深まる。そんなモヤモヤもあってか、こんなことを尋ねてしまった。

「高見さん達と……行くの?」

 嘉門は少しだけ目を曇らせつつ、直ぐにそれを隠した。

「いやいや、今日はサッカー部のマネ仲間とだよ。んじゃ、そろそろ待ち合わせだから」

 そう言いつつ手を振ると、

「この前はごめんね。これからはよろしく!」

 と言ってコンビニを出て行ってしまった。恐らく彼女は、私の知らないところで何かあったんだろうな。高見という声が聞こえた瞬間の顔を見ればわかる。思い出したくないって顔。思考に登りたくないって顔。あれはハナから好きだった人間には出ないものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()へ向けられたものだった。みんな色々あるもんだな。というか今日祭りなのか。まあ私はもう、祭りと聞いてウキウキするほど子供ではないが、顔くらい出してもいいかな。それには……流石にこんな服では無理だな。

 私は再び外へ出ることにした。うー、暑い暑い。コンクリートだらけのこの街なら余計だ。暑くて溶けてしまいそうになりながら、なりながら……

 足を止めてしまった。

 帰ろうとする意志を、進もうとする気持ちを、完全にへし折られてしまった。

 その子を見た瞬間に、まるで世界が逆戻りして行くような感覚に陥った。

 目が曇った。

 直ぐには戻らなかった。

 古傷が痛んだ。

 ()()()()古傷も痛んだ。

 その子はこちらを見るとともに、醜悪な顔をしてこう囁いた。

「グズ田」

 その一言だけで、私の身体は氷点下まで凍え切ったのだった。

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