135枚目
「何もなかったわよ。いいから詩集読むのに専念しなさい」
おっとそこのう読者諸君、まさかここでいつものように私が瞬間顔面湯沸かし器ともなり、我が頬をまっっかに染め上げ否定するとでも思っただろうか?そんなわけなかろうて。私は宇宙人だぞ?基本的に色白なアルフェラッツ星人だぞ?そんな私がなんで他人からからかってくださいとこの身を差し出してやらねばならんのだ。全く馬鹿げているにもほどがあろうに。
「………………ふーん」
「何よその訝しげな目は??」
「そもそもさ、なんで結城呼ばなかったの?」
うぐぐ、こいつ、本当に有田雄二か?なんて鋭いところをついてくるんだ!?
「あいつさ、結構国語得意じゃん。現代文は特に。なんか教科書に載っている文学作品全部読んだことあるって、前一緒にテス勉した時言ってただろ?あいつもう野球部やめて暇しているだろうし、家田の彼女……じゃなくて彼氏だし」
お前どこ言い間違えてんだ???いやそこじゃねえ!!
「彼氏じゃねえよ」
「まあ大体彼氏みたいなもんだろ」
「彼氏じゃねえから」
「同じ布団で一夜を過ごすなんて、彼氏彼女の関係以外ありえねえよ。そうだろ?」
ふと思い出したのは母だった。うん、ありえないわけないな。毎日変わる彼氏なんてあり得るわけないしな。おん、やはり私達は、そういう関係じゃない。QEDだ。
「何黙ってんだ?」
「べ、別に」
「そっか」
少し間をあけて、本に目を落とした。有田も詩集を読み始める。谷川俊太郎が有田。そして、宮沢賢治が私だ。
真空溶媒という長編の詩を読み始めたところで、私は本を閉じた。あまりに幻想的で、空想的で、現実的で目をそらしたくなったからだ。そして口を開いた。正直に言ってみた。
「頑張ってみたいんだ。一度くらい、結城なしでも1人で頑張ってみようって」
それに呼応して、有田も本を置いた。
「1人で?」
「うん」
「いつも誰かに助けられてるとか、そんなイメージ全くないけどな。お前」
「そう?」
「なんかあれ、1人で突っ走ってるイメージ」
「そんなことないよ。助けられてばっかり。結城に、私が助けたことなんてほとんどないよ」
そうだ。ボーリングの時も、クラスでもめた時も、いつだって私は結城に助けられてきた。いじめられても、精神過労で倒れた時も、いつもそばにいてくれた。私の日常が変わり始めたきっかけは間違いなくあの人だ。そして今度は、私が頑張る番だ。
「結城には伝えないでおきたいんだ。伝えないで、本番でびっくりさせたい。ネタバレ無しで楽しんでくれたほうが、いいかなって。それで言ってやんのよ!ほら私、あんたなんかいなくたってこんだけ頑張ったんだよって!そうなれば……」
そうなれば……見送る結城への手向けになるかもしれない。私はもう、大丈夫だって。君がなくなって生きていけるって。
「俺はいいんだ」
有田は少しだけ残念そうな顔をしていた。
「有田はいいよ。大事じゃないし、迷惑かけられてるほうだし」
「ひでえ」
ひどいのはお前のこれまでの態度だろ。何回迷惑かけてきたら気が済むんだ?
「まあいいけどさ」
「いいでしょ?」
有田も大概、私には適当だ。まあ入れ込まれても面倒なのでいいのだが、そういうのは少しだけ心地よかった。
「他人の恋路を応援するのもやぶさかじゃねえしな」
「だから、そんなんじゃないし」
「顔照れてるよ」
むむむ、私は頬を赤くしつつも、しかめっ面にするため眉と目を寄せた。
「変顔?」
「違う!」
「照れ顔隠し?」
「…………違う」
「ふふふ、おもしれえな」
しかしながら、なんか、今日の有田は何か違う。いつもならこんな風にいじったり、そういうことはしてこないというのに。どちらかというと結城の方なのに。そういうのは。
でも…………なんだろう。胸にまとわりつくゾワっとした感じ。まるでアルフェラッツ星三大珍味の一つであるゾンネンタールの内臓を食べた時のような異物感。そして、言い知れぬ気持ち悪さ。
「あんたにいじられてもイライラが溜まる」
より簡単かつ一言で明瞭にまとめるとこんな感じだ。
「結城じゃないのだめか?」
「殺されたいの?」
手厳しい一言をぶつけてやった。
「いい加減にしないとちくるわよ」
「そっかあ……」
ちょっとだけ言葉に詰まったのちに、本の端を持っていた私を制止してきた。
「結城に習ったんだけどな、こういうの」
意外な発言だった。あいつが何を教えたというのだ??
「土曜日会ってさ。適当にマクドで話してたんだけど、なんかいきなり家田の話になってさ。『俺がお前にあいつの正しい弄り方を教えてやる!!とくと教われ!!!』とか謎テンションで言ってきてさ」
「あいつ何教えようとしてんのよ……」
「なんか、俺がいなくなる前に一子相伝したいんだと」
一子相伝ってなんだよ。私をいじるのはそんなに特別なのか??
「なあ……家田」
突然に少し深刻な顔で有田は尋ねて来た。
「結城、転校するんだってな」
「うん」
即答だった。その即答に、有田は違和感を持ったみたいだった。
「あれ?家田も知ってたの?」
「前一緒に泊まった時聞かされた」
「そっか。野球部も、怪我したのは事実で、夏までに治んないの確定してたから辞めちゃったんだってよ。まあそれ以前に、練習に身が入ってなかったらしいが」
おうそれは初耳だ。しかし思っていた以上に単純な話だ。怪我の治り具合を見て絶望したのか。ならば沢木にくらい教えてあげたらよかったのに。相変わらず、自分の情報を小出しにしていく男だ。
「そっかあ……」
「……家田、冷静だな」
「まあ、ね。私らは親御さんがいないと生きていけないからね。保護者は大事よ。」
帰って来て家が1人とか……あ、でも社会人の未婚男女ならば、それは普通なのかもしれないが。高校生にそれをやらすのは酷だ。
「聞いて、怒ったりしなかった」
「何を?結城が転校すること?それともさっきから本に全く目を通していないあんたに対して??」
「おー手厳しい!」
ケタケタと笑う有田に、私は言った。
「私は、間違ったのかなあ?」
何に対して間違ったのか、結城への対応か、私のこの判断か、それともそもそも結城と、他の人と関わってしまったことか。
「知らねえよ。そもそも間違いってなんだ?間違いを正解と思い込むのが俺ら高校生なんだから、気にする必要ないだろ」
「……遠垣の言葉?」
「よくわかったな。でもまあ、受け売りだけど、お前にも通じることだと思うぜ。間違えるんじゃなくて、間違えすら正解に思わないと、それこそ、嘘を現実にするくらいできるのが、俺らなんじゃねって……」
「こちら、抹茶パフェになりますー!」
突如として遠垣の鼻につく声が聞こえて来た。
「え?そんなの頼んだ覚え……」
「まあまあ、いいでしょ?」
そう言いつつ遠垣は有田の隣に座った。
「で?歌詞を考えるんでしたよね?」
「ま、まあそうだけど?」
「私もそれ手伝うので頑張りましょうよ」
「え?でもさっきはいやだっ……」
「頑張りましょうよ!!!!!」
ここで気づいた。少し照れた顔。赤くなった頬。そして少し有田の方へ寄った身体。ああ、もしかしてこの子、ちょっとやきもちを焼いたのではないか?
かわいいな。見た目じゃなくて、行動までかわいいなんて反則だろう。そう思いつつ、私は遠垣の参加を許可したのだった。




