133枚目
「マジッスカ!?!?!?超恥ずかしいっすよ??いやマジで恥ずかしいって」
「考え直した方がいいんじゃない?魅音」
中島と濱野はそう目を細めて突っ込んだ。オリジナル曲、というのがそんなに不評だったのか。私は何もわからないまま、議論のいく末を見守ることにした。
「あんた、私らのオリジナルで書いた曲なんて聞いて、一体誰が喜ぶのよ。知らない曲が流れてきたって乗れないでしょ?それに、まあ演奏は適当なコード使ってなんとかしろっちゃあなんとかなるかもだけど、歌詞はどうすんのよ!!」
「そっすよ魅音先輩!!あんなのハマるん2次元の世界だけっすよ!!高校生のバンドなんてコピーバンドやってたらいいんすよ!!『あーこれ聞いたことあるー』でそこそこ受けるのが波ってもんなんすよ!!いや絶対にそうっすよ!!はずいっす!!」
「や、でもさ。せっかくの藤棚ステージなわけだしさ。コピーバンドなんて本家の軽音でやるわけじゃん!それだともったいなくない?って」
魅音は少しだけしおらしくなりながら反論していた。彼女は案外周りに流されるタイプだから、こういうのはあまり慣れていないのだろう。
「多分問題なのは歌詞でしょ?作曲は雑でもそこまで気にされないけど、誰が書くの?」
「それは、みんなで一曲ずつ持ち寄ろうかなって……」
「いやーそれはきついっすわ!まじきつい」
中島はそう言って手をブンブン横に振っていた。
「大体そんな書きたい歌詞とかないっすもん。音楽聴くの好きだけど、歌詞とか全然わかんないっす」
「………」
「私も反対ね。何より負担がでかすぎる。あんた、軽音部の方のステージでトリもやるんでしょ?ギターとボーカルで、30分間歌詞もコードも覚えてやるんでしょ?その上藤棚でステージやる時点でちょっと不安なのに、歌詞もメロディーも自作とか信じられない!」
「だ、大丈夫だよぉーそっちもちゃんとやるし、こっちもちゃんとやる!どっちでも私は、最高のパフォーマンスをしたいんだよ!」
3人の話し合いに、私と田中は混ざれていなかった。あ、一応注釈しておくが、ともちんが中島で、ともざわが田中だ。もう面倒になったので他の人と同じように苗字表記で統一していくことにした。異論は受け付けない。
「なあ、愚民ども」
やっと田中が口を開いたが、話を聞いてもらえていなかった。
「恵ちゃんだって、たまには自分で作ってみたいって思わない?」
「思わないわよ!ドラムなんてアレンジできるとこ少ないし、ギターボーカルのあんたと一緒にしないでよ!」
「あの……みなさん?」
「絶対クラスで冷たい目で見られますわ!歌詞の内容いじられて幾千幾万……」
「いいじゃん!かっこよく決めたらヒーローだよ!」
「あの……」
「決まるわけないじゃないっすか!!そんな……」
「あ……」
田中は泣きそうな顔になっていた。頑張れ田中。私はその気持ちよくわかるぞ。
「ん?どうしたのともざわ」
濱野がぶっきらぼうに尋ねた。
「なんか言いたそうだけど?」
「お前ら、1番聞かなきゃいけない者への意見が足りていないのではないか?」
田中は涙を引っ込めながら3人に提言し始めた。
「どういうこと?」
「たとえ歌詞を書いたとして、誰が歌うというのだ?そう、ボーカルだろ?つまりボーカルの意見を聞かなきゃ意味がないではないか」
ふ、ファ!?
「確かにそうね。失念してた」
「家田先輩はどうっすか?やっぱ嫌っすよね??」
「家田さん……」
いきなり回ってきたボールだった。いやいや、私何も考えないんですけど。いきなりそんなこと聞かれても何一つ返信できないんですけど……
正直なことを言おう。私にとって、既存曲をカバーしようがオリジナルの曲を歌おうが大した差がない。だって私は宇宙人なのだから。アルフェラッツ星人からしたら、こんな小さな星の小さな国ではやっている曲なんて微小な価値しか持たない。つまるところ、どうでも良いのだ。どちらでも良い。
でも濱野も中島も嫌なら、この話は彼ら側につこうか。歌詞とは詩である。そんなもの書くなんて、多感な思春期男女からしたら弾け飛ぶほど恥ずかしいのである。それは理解できたからこそ、私もそちら側につこうか……
ふと、武田の顔を見た。その瞬間だった。
「私は別に、歌うよ」
悲しそうな目をしていたのだ。期待した目をしていたのではない。諦めた目をしていたのだ。首を縦に振るわけがない。私の理想が叶うはずがない。そんな顔をしていたのだ。
「どんな曲でも歌うし、どんな歌詞でも歌い切るから、私は大丈夫だよ」
ならば首を振るしかないじゃないか。背中を押すしかないじゃないか。夢は叶うんだって、理想は実現できるんだって、そう訴えてやりたいんだ。だから私は賛成する。武田魅音に賛成する。
「濱野さんも、中島くんも、私のことは気にしなくて大丈夫だよ。好きに歌詞書いて、ね。いざ恥ずかしくなったら、私が書いたことにしてくれてもいいからさ!」
「あんた……本気?」
「本気本気、っていうか私音楽知らなすぎて、コピーの曲でもオリジナルの曲でも関係ないってか……」
「家田さん!!!!!!!」
ガバ!!!!対面に座っていた魅音がいきなり抱きついてきた。私は困惑しつつも為すがままになっていた。
「ありがとう!!ありがとう家田さん!!」
何がありがとうなのかわからなかった。私はただ、自分のために提案しただけだ。理想がかなわない瞬間なんて、全くもって見たくなかっただけだ。だだそれだけだ。
「まあ、そんなにやりたいんなら、やるっすか!キーボードの譜面作るのは別に苦じゃないですし」
「まあ俺からしたら大した問題ではない!!むしろ俺のこの偉大なる思想を色んな人に広めていける良いチャンスだ……」
「うーん、やっぱり全員に書かせるのは無しじゃない?」
濱野は冷静な一言でその場を落ち着かせた。
「無理なものは無理よ。私は書けないし、ともちんは書きたくないし、ともざわには書かせたくない」
ともざわこと田中はシュンとしてしまった。そこでなんでだ!と強くいけないところが何となく親近感を覚えた。
「貰ってる時間20分だっけ?」
「そうよ恵ちゃん。最大で4曲ってところ?」
私は大きく深呼吸をして言葉を発した。
「私……!」
少しだけ間をあけたから、沈黙が瞬間鎮座して即座退却した。
「書くよ、歌詞」
みんなが私を見ていた。誇張ではなかった。みんな私を、驚いた目で見ていた。
「が、頑張る!!」
「家田さん……!!」
武田はまたもや強い抱擁を強いてきた。痛い痛い痛い!!首が痛い。あと頬をスリスリするのはやめてくれ。流石に寒気がすごいぞ。
「……まあ、そこまで言うならノルわよ」
「まあ歌う本人が書くのが並っちゃ並っすからねー」
「せいぜい頑張るのだぞ!!」
「私も2曲分書く!!」
私の隣で、武田がビシッと手を挙げた。
「それで4曲にしよう!!私2曲、家田さん2曲。これでどう?」
「魅音、大変じゃない?」
「大丈夫!!」
武田はVサインを高々と上げた。そして私の頭をくしゃくしゃとしつつ、デンモクを手に取った。
「それじゃあ、頑張っていこうね!文化祭まで!!」
そう言いつつ、彼女は曲を入れようとしていた。
「お、カラオケするんすか結局」
「いやあ、家田さんの歌唱力を披露したくてね」
へ?へ?
「これからうちのボーカルになるんだから、お披露目しとかないと!!」
いや私、話し合い終わったら帰ろうと思ってたんですけど……昨日も結城の家でどんちゃん騒ぎしてて、何なら少し寝不足なんですが……
そんな私の心など意に介されず、私はそれからまた知らない曲を何度も何度も歌わされたのでした。




