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130枚目

 Tシャツを雑に脱ぎ、シャワーを浴び始めた頃にようやく、私は先程までの恥ずかしいやりとりを思い出して赤面し始めた。いや、流石にあれはダメだ。不純だ。不純異性交遊だ。そう誹りを受けても何1つ言い訳なんてできやしない。いやだってそうだろ?男の上に女がまたがって抱き合ってるんだぜ。ぎゅーって、ぎゅーって、熱い抱擁を繰り返してるんだぜ!?これを不純と呼ばずになんと呼ぶだろう。もしもここにアルフェラッツ星人が100人いたとしたら、100人が邪だと断ずるであろう。そして種のために子を増やせとそのいちゃつきを許容してくれるだろう。しかしここは地球である。相手は地球人である。そう簡単にことが運んでいくものか。とりあえず、いつもの私に戻ろうか。クールで、スカしてて、常に冷静ないつもの私に。何?そんな私見たことないだって?それは君の目が節穴なだけだ。私が何かに取り乱したことなど、一度たりともあっただろうか?私にはないな。うん。さっき動揺して冷水シャワーを浴びてしまったが、あれは違う。なんかこう、あれだ。違うのだ。

 暖かいシャワーをさっと浴びて、1日の汚れをさっと取ると、私は早めに風呂場から出た。1人で物を考えると、どうしても先程の現象に直面してしまう。羞恥で死んでしまいそうだ。き!今日は寝よう。今ちょっとき!っとまるで動物の鳴き声のような独白をしてしまったが、これも取り乱したのではない。そんな気分だったのだ。うん。

 貸してくれたパジャマは、ほんの少しだけ私より大きかった。下着類も貸してくれたが、どれも無いよりマシだけど私よりは大きめの人用だった。それでもそのサイズは、決して人より背の高い人用のものではなかった。恐らくこれは、母親のものなのだろう。向こうとしても母の下着を知り合いの女の子に着けさせるのは忸怩たる思いだったかもしれないが、それ以上にこんな身体で倒れるまで働き続けた母親の姿をその下着に映して心が痛んだ。

 結城の母親の名前は、私の名前と同じらしい。私は顔も見たことのない杏里さんに尊敬の念を抱きつつ、唯一ドアの空いている部屋へと歩を進めた。すぐに道を見失う私に見兼ねた結城の配慮だった。

 結城はベットのセッティングに勤しんでいた。シーツを丁寧にかけて、その上から掛け布団をふわりと浮かせ置いていく。

「あれ?来んの早くね?もう上がったの?」

 そう言いつつ私が踏み入れたのは、一目で結城の部屋だとわかる代物だった。数多く飾られたトロフィー、掲げられた野球選手のポスター、雑多な机周りに無造作に置かれたバットとボール。

「す、すごい部屋……」

 私はいろいろ見て回りたい衝動にかられつつ、結城の方を見た。

「結城ってやっぱすごい選手だったんだね!」

「いやいや、大したことないよ」

「ほらこことか!県大会優勝って書いてるよ!?」

「あー中学の軟式のやつね。そりゃ、ボーイズのエースが入ったから、県下では負け知らずだったよ。もっと野球上手い人はシニアやボーイズにいるから」

 そう謙遜しているが、私には県大会優勝の時点で凄いとしか言えなかった。アホな面を散々に晒し続けた後に、私はふと気付いたことを口にした。

「そういやさ、もしかして私ここで寝るの?」

「いやか?」

 いやむしろ綺麗な布団過ぎて寝るのにためらうレベルだった。

「本当は他の部屋で用意したかったんだけどどこも埃っぽくてさ。それどころか汚くなってる布団とかもあって、流石にこんなところで寝てもらうのは申し訳ないなってなってね」

「え?んじゃ結城はどこで寝るの?」

「リビングかなあ」

「いやいや、それは申し訳ないよ」

 私は全力で固辞し始めた。

「いやだって、今日私は急にここ泊まりに来たんだよ?いいよ私がソファで寝るよ。というかソファでなくても雑魚寝でいいくらいだよ」

「それは流石に申し訳ないって。わざわざ泊まりに来てベットの1つも貸し出さないなんて、家主失格でしょ?いいって最近めんどくなってリビングで寝てるから、使ってよ」

「いやいやいや、ほら、さ?ここ結城の部屋じゃん。じゃあ結城が使うのが道理ってもんでしょ?筋ってもんでしょ?アルフェラッツ星人は誰より道理に明るいの。だからそこはあんたが使いなさい」

「いやいやいやいや、泊まりに来たものをもてなすというのも人間として当然のことではないか?ほら、大丈夫だってお前の部屋みたいに隠さなきゃまずい物とかねーから」

 むむ、少し馬鹿にされた気がした。

「いやあ?隠さなきゃまずいものはなくても?なんかいかがわしいものは置いてるかもしれないわよねえ?なんせ男、地球の男の子の部屋なんですから。私は誇り高き宇宙人だから、そんな罠に引っかかりませんよーだ」

「何を言うんだい?何回も言ってるじゃないか?早く僕を殺してくれって。そんな僕が君にそんな感情を抱くわけがないだろう?罠なんて1つもないさ」

 さっきあんた、それはもう嘘っぱちって告白してたよなあ??むむむという視線を変えないでいたら、結城がこんな提案をして来た。

「そうだ、このベットセミダブルだし、2人で使わね?2人一緒に入ったら完璧だろ?」

 一瞬だけ照れた私は、しかしすぐに察した。これはからかいだ。その気がない癖に提案して照れた私を弄ろうと、そう思っているのだ。そんな、結城の思い通りに進んでたまるか!

「そうね、名案ね!じゃあ早速……」

「ええっっっっ!?!?!?!?」

「何驚いてんのよ、あんたが提案したことでしょ?ほら早く!早く!」

 私はにたっと笑って、そして結城の手を引っ張った。先に布団に入ってしまっては、向こうがリビングに行ってしまうかもしれない。動揺が続く結城の身体は、真っ直ぐにベットへと向かって行った。そしてどしーん!と寝っ転がった結城の隣に、私は寝転んだ。

「ほら、寝よ!寝よ!」

「ちょっと待てよ家田!?お前本気か!?」

「先に提案した人のセリフじゃないって言ったでしょ?ほら掛け布団かけるよ!」

 ふわりと掛け布団を浮かせて、それに2人でくるまった。実際に寝てみてわかったのだが、案外結城との距離が近かった。すうっーという少し大きめの鼻息が聞こえる。手を少しでも伸ばせば彼の筋肉に到達する。ふわっとする汗を打ち消す臭いが私の鼻を踊らせる。これは、中々に赤面案件だ。

 無論それは結城だってそうだったようだ。全くこちらを向こうとしない。私は彼の筋肉を見続けていた。背中の筋肉を見続けていた。

 数分間ほどお互い照れて黙りこくっていた。なんならほんの一瞬だけ寝てしまったのかと思ってしまった。無論私は、少しだけ動く彼の背中に、ずっと釘付けだった。寝る兆候なんて、微塵もなかった。

「あのさ、家田」

 ポツリと結城が呟いた。次に彼のいう言葉を、私はなんとなく予測していた。だってまだ、電気も消していない。言われていないこともある。そしてその告白に対して、私が答えなければならないことも、もう既に察していた。

「……転校することになったんだ」

 想定していた告白が、絞り切るような声で聞こえてきた。

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