127枚目
あまりに突然の言葉に、私は固まってしまった。いやだって、そうなるだろ?ここに住む?私が、結城君と?そんなの、そんなの、許されるわけがない。
不純異性交遊という単語がこの星に存在している。恋愛は種を残す大切な手段として重宝されている我が星と違って、若者の間に異性と不必要に深い関係になることに対して片眉をあげる人種がこの星にはいるのだ。学校によっては校則に書かれており、男女が深く付き合うことに制限を加えているらしい。藤ヶ丘高校にはそんなもの全くないのだが。
私からしたら不思議で仕方なかった。ただ男女が付き合うのが不純なのだったら、この不倫浮気の蔓延する大人社会は一体なんだというのだろう。不純を通り越して汚泥となるのだろうか。だとしたら皮肉な話だ。泥塗れの大人が自身の行いをろくに反省せず子供に制限を加えるなんて、愚者を通り越してスパイにすら思える。最終的に種が細っていくのは自明だというのにと敵ながら同情してしまう。
恐らく、今この状況でさえ不純異性交遊と呼ばれるのだろう。もう日を跨ごうとしているのに高校生男女が同じ部屋にいるなど、その筋の人達から見たら発狂ものであろう。しかしこれに関しては許してほしい。だって実家では汚泥に塗れた大人達のワンナイト不倫が開催されているのだから。怒るなら私より母に怒って頂きたい。
しかしここで2人で暮らし始めるとしたら、それは確かに不純というか、不適格とは言わざるを得ないだろう。婚姻したわけでもない。彼氏彼女の関係ですらない。そんな2人が一つ屋根の下で生活する。しかも親はほぼいない。こんな状況、自由を標榜する我が高校でさえ教師陣からストップをかけられてしまうだろう。少なくとも、私が教師の立場ならそうする。
しかし、しかしだ。想像してみろ!あの子供を子供となど全く思う気の無い母と一緒にいるのと、この何を考えているかわからないが結構な頻度で私を助けてくれた少年、どちらと暮らすのが有益だろうか。そうだ。いつだって視点は広く、宇宙的視点で物事を見なければならない。私は今、エイリアンなのだ。アルフェラッツ星から派遣されたエージェントなのだ。ならばより情報を多く取れ、なおかつ我が活動に支障をきたさない方を選択するというのが賢者というものではないだろうか?そうだ!そうだ!私はどうせこの星の人間ではない。この星で高校生の男女2人が生活するのを咎めたとしても、私は宇宙人だからセーフだ。へーこの星ではそういう価値観なんですかーで終わりだ。だって、私は宇宙人なのだから。おお、これは中々の策士ではないか?我が母星の賢者、ユーキ・クラウディウス並の賢者ではないか?
しかし、しかし……かつての私が顔を出した。当然だ。当たり前だ。これは今後にも関わる決断だ。もしも嘘なしで生きていけるようになった時のことも考えなければならないのだ。
「や……ごめんごめん変なこと言ったな!忘れて」
あまりに長いこと塾考してしまったので、むこうから取り下げられてしまった。
「あ……あう……」
私は肯定も否定もまだ決めかねていたので、変な唸り声しか出ないままだった。優柔不断の極地だ。
「でもまあ、もしも辛くなったら、たまにはこうして抜け出すのもありなんじゃないか?勿論、俺の家だけじゃなくて、遠垣の家でも姫路の家でもいいし」
遠垣の家はわからないが、多分姫路の家はダメだろうな。女人禁制らしいし。
「そ、そうだね……そういう、結城もさ、今日も家に1人なんでしょ?たまには沢木とか有田とか今野とかに頼っても、いいんじゃない?」
私はそう気を使ったのちに、
「いやまあ?私は宇宙人で、だった1人孤独なアルフェラッツ星人だからいいけど、この星の高校生は親か祖父母かとにかく誰かと過ごすのが普通なんでしょ?それくらいの資料揃えてるわよ!」
「まあそうだな」
「……私の家はごめんよ!これでも宇宙的秘密事項がてんこ盛りだからね」
ふふん!と胸を張ってそして直後に気づいた。ほんの少し前から、結城は黙りこくっていたことを。それに気づいた時、私は調子に乗り過ぎたと思って顔を青ざめてしまった。
「え……あ……」
「ん?いやいやどうしたの?」
「なんか、ぼーっとしてるから、なんか変なこと言ったかな?っとか思っちゃって」
どうやら私が原因ではないらしい。安堵と疑問が目の前で小躍りし始めた。結城はそんな私の気持ちなんて慮らず、やはりぼーっとしていた。
頬にできたニキビ。最近伸び始めて少し黒色の濃くなった頭。見慣れたジャージ姿は、野球部自体は外で着ていたものだ。虚ろな目。虚ろな目。決して真実なんて見えるはずのない虚ろな目。私と同じ目同じ人。
不意にこう呟いたのは、論理ではなく私の欲望からだった。
「結城……」
言えるはずがない。尋ねられるはずがない。虚構の中で生きる私が、誰かの支えになんてなれるはずがない。何があったかなんて、自分が1番尋ねられたくないのだから、同じ目をする君にだってそれは同じなのだろう。理由を尋ねてはならない、虚構の世界が終わりを迎えてしまうから。過去を尋ねてはいけない、現実の世界が私を殺してしまうから。この世の真理だ。私の世界の、真理だ。
「何?どうしたの?」
結城はまだ何かを思案した顔で、そう尋ねてきた。どうやら彼には、私の呟きが呼び止めのように聞こえたのだろう。
「あーいやいやなんでもないよ!なんかぼーっとしてるから、目を開けたまま起きてんじゃないかなあって!」
あははははと乾いた笑い。何だ私も、遠垣(あの子)と同じじゃないか。尋ねたいことがあるのに、聞きたいことがあるのに、それを言えずに適当に笑い飛ばす。でも私には、いやあの子にも、痛いほどわかっているのだ。それを尋ねることは悪であると。私達の世界では、それは大罪であると。
「……テレビでも見る?」
「そうだね!」
先ほどのテンションを引きずって、私はやたらと明るく答えてしまった。チャンネルをいじる結城の指を見ながら、外に出んともがく溜息を必死に押し込んでいた。
「日付、変わるな」
ふとそんなことを呟く結城。
「そう、だね」
応対する私。チャンネルはよくわからないBSのドキュメンタリーになった。スポーツニュースだけは徹底的に避けている様子だった。
「お母さんから連絡は?」
私は首を振った。
「そっか……」
そして、長い沈黙。テレビは不治の病と戦う少女のインタビューが開始されていた。まだ始まったばかりみたいだった。
言いたいことも言えなくて、沈黙が何の金にもならない時間を過ごす中で、ぼそっと、ほんのぼそっと、結城が呟いた。
「母親の名前さ、杏里って言うんだ」
結城は全くこちらを見ないままだった。見ないまま、少し長い家族の話をし始めた。




