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124枚目

 時刻はもう9時を過ぎようとしていた。そろそろ楽しい宴も終わりの頃合である。しかしながらその日は、全くもって帰りたくなかった。そもそも私は帰れるのだろうか。とりあえず今日はもう無理だろう。あんな風に男を呼んでいる時は、子供がいない前提が最も勘案案件になりやすい。いくら目の前に美しい女性がいたとしても、子持ちというだけでその魅力はくすんでしまうのだ。まあ中には、それがむしろ良いなどとぬかす阿呆もいるが、極少数派の性癖と言えるだろう。

 つまるところ、私は今日家に帰らない方がいいのだ。あの親が私を心配するわけもなし、帰ってきたら知らない男の人が裸になって母の隣で寝てるだけだ。そんなものをわざわざ見に行くほど私はデバガメではない。というか、普通に見たくない。

 しかしながら、ここで一晩を過ごすのは、他の人達には難しいのではないか?そんな私の予想は、即座に的中した。

「あーそろそろだな。帰んないと」

 そうぶっきらぼうに言ったのは有田だった。

「私もそろそろ厄介になりますかね」

 姫路もそう言って恭しく頭を下げた。

「えー先輩方帰っちゃうんですかー?」

 遠垣は少し寂しそうな顔をしていた。というか、遠垣は泊まれるのか?

「まあ私も帰りますけどー」

 あ、ですよね。

「家田さんは、どうします?」

 姫路の問いに、私は少し押し黙ってしまった。どうしよう。帰りたくない。帰らなければならないのだが、帰りたくない。

「結城」

「ん?」

「また世話になっていい?」

 私は斜め後ろに陣取った結城にそう尋ねた。結城はにっこりと笑って

「喜んで」

 と答えた。白い歯がくっきりと見えていた。満面の笑みというやつだ。それを見て私は安堵して、ついで周りの異様な視線に気づいた。

「ちょっとこれは……作戦タイムだな」

 有田がそう言うと2人とも打ち合わせたかのように有田の近くに集まっていった。

「どうするよ?これ」

「いや、ダメですよ有田先輩。今のこの2人の雰囲気で一緒の部屋に泊まらせたら」

「ダメだよな?だよな?」

「いや、まさかあの2人がそんなはしたないことしないと……」

「甘い、甘いよ姫路先輩!今が恋で1番楽しい時期なんだから、あの時期に突入した男女は一気に大人の階段登るよ!」

「そうだ!あーゆー表向き遊んでなさそうな2人が実は……みたいな?」

「そ、そ、そんな!!!それはダメです!!だって私達はまだ高校生……」

「最近はそこまでだけど、昔は高校生でそういうことする人多かったらしいし、今でもおかしいことではないよ!」

「これは私らの誰か1人を残して…….」

「あの……秘密の会議なら秘密裏にやってくれない?完全に聞こえてんだけども」

 そう3人に釘を刺した後に、私は結城の方を向いた。首を少しひねり、ちょっと上目遣いになった。

「もしも、もしも面倒だったら追い出してもいいんだよ?」

「いや、そんな、全然!」

 慌ててそう否定した結城。そして、

「むしろ……嬉しい」

 と返して来た。はにかんだ顔に少し可愛いと思ってしまった。彼の優しさが身がしみて仕方なかった。なんか今日は、なんだかんだ言って結城にすごく頼ってるような気がする。すごく、かっこいいと思ってしまっている気がする。ダメだダメだダメだ!!このままだと某大作映画の主人公一直線じゃないか。現地の男に肩入れなど、あってはならないことだ。

「まぶしい!眩しすぎるっす!」

「こんなこと言われたことないですよ。もう、これが尊くてしんどいってやつなんですね」

「仁智ー!いったれー!!男見せろ!!!」

「そしてお前らは邪魔で面倒だから追い出すな」

 結城の一言で場はうまく落ちた。みんなが笑った後に、有田と姫路はスッと立ち上がった。

「あれ?俺の荷物どこか知らね?」

「キッチンだろ」

「私のはここにあります!」

 どうやら帰るらしい。まあそりゃそうだな。いくら高校生でも、当日いきなりの外泊は親も許さない場合が多いだろう。無論私の親は、宇宙人だからと言って放置しているが。

 有田がキッチンの方へ歩いていく中で、姫路が私の肩をぎゅっと掴んだ。

「それじゃ、家田さんお疲れ様です!」

 相変わらず力が強かった。肩についた肉がむぎゅっとなった。そしてそれ以上に、その手は震えているように感じた。

「あの、家田さん?」

「ど、どうしたの?」

「前も言いましたけど、辛い時は頼ってくださいね」

「う、うん」

「家田さんは、家田さんですから。私にとって家田さんは、間違いなく家田さんなので!」

 う、うん。ちょっと意味がわからないな。そう思っていると、

「姫路先輩落ち着いて!意味わかんないこと言ってますよ?」

 と遠垣が突っ込んでくれた。

「う、うん。今日はありがとうね。また何かあったら、頼らせていただきます」

 私はそう言って、姫路から少し離れて、ぺこりと一瞥した。そして顔を上げた時に、偽りの私が出来る最大限の笑顔で答えた。それが、今の姫路への気持ちの表れだった。

「荷物あったーー!帰ろっか」

 キッチンから有田が出て来た。それを見て、遠垣が茶々を入れた。

「有田先輩はなにかないんですかー?」

「何かって?」

「ほらー、別れの言葉的な?」

「あーそうだな。避妊しっかりしろくらい……」

「さっさと帰れお前!」

 私の怒声とともに、有田と姫路はそそくさと玄関へ向かっていった。いや、姫路は全くもってそそくさする必要はないんだけどな。そして玄関まで行って2人を見送った。玄関に行くまでにもいろんな部屋を通った。この家、一度探し回ったことあるけど、本当に広くて迷いそうになる。こんな家、1日でも1人でいるのは嫌だ。

「それじゃ、バイバイです家田さん」

「んじゃ、養生しろよ!家田」

 そう言って出て行く2人を、3人で見送っていた。ん?3人?

「あれ?遠垣はいつ帰るの?」

 2人が出て行った後で、私は隣で当然のように手を振る遠垣に尋ねた。遠垣は少し視線を泳がしながら答えた。

「えーあーどうしましょうかねえ……」

「何を企んでるの??」

「い、いやあ何も企んでなんてないですよお。人聞き悪いなあ……」

 あはははははという乾いた笑い声。そしてその後に見せた少し意味深な表情。ついで目が虚ろになり、そして直前の表情とは裏腹の掠れた大声を出した。

「先輩方の邪魔になるし、やっぱり帰ろうかな?ほら、2人はごゆっくりーみたいな?」

 いくら人の感情の機微に疎い私でも、その時だけはわかった。隣にいる結城も、おそらくわかっていただろう。目の前の少女は、何かを尋ねたがっている。もしくは、何かを聞きたがっているのだ。それがなんなのか、なんとなく私にはわかった。私だって、友達を馬鹿にするわけにはいかない。あんな化粧マシマシの母と、若さ溢れる男が、こそこそと部屋に入って行くのをみたなら、誰だってその子の家庭事情を聞きたくなるだろう。

「んじゃ、カバン取って来ますねー」

 ぴゅーっとリビングへ行く遠垣。その瞬間、結城が囁いた。

「風呂ためてくるから、話すことあったら話しとき」

 振り向くともう結城は風呂場へと向かっていた。有無を言わさない優しさ。うーん、ちょっと今日の結城は出来すぎじゃないか?ガサ入れしてるけど。

「あれ?結城先輩は?」

 バイト先のカバンを持って遠垣は話しかけて来た。

「風呂沸かしに行ってる。今日はお疲れ様ってさ」

「私の時だけ扱いひどくないですか?丁重に扱って欲しいですー」

 ブーと文句を垂れる遠垣。でもそれが本気じゃないことも、尋ねたいことをぐっと抑えてることも、私にはお見通しだった。

「ねえ、遠垣さん」

 私は少し改まって尋ねた。

「何か私に尋ねたいことって、あるの?」

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