123枚目
こんなにも嫌悪感を覚えているのは、恐らく今年に入って数えられないほどあっただろう。この目の前で正座をしてお辞儀をしているこの男の悪行に振り回されることなど、ここ数ヶ月で幾度あっただろう。私は何回この男の評価を差し替えれば丁度良くなるのだろう。先程まであった感謝の気持ちなど、忘れたといえばさすがに嘘になってしまうが、消えて無くなりそうだったというのは半分以上正解である。その原因は、まさしくこの男だ。
「さて結城、弁明はあるかしら?」
私はソファで正座する結城の目の前で見下ろし睨みつけていた。自分よりも数十センチ大きい男を睨みつけられるというのは中々に新鮮な体験である。
「いやまあ、ね?多少は、ね?」
「結城先輩取り繕う気無いじゃないですかwww」
キッチンでは他の3人が厨房に立っていた。私も、この男を叱り飛ばしたら野菜の皮むきに参加しよう。
「まあでも、勝手に机の引き出し開けたとかそんなレベルでしょ?結城先輩」
先程から遠垣はケタケタと笑いながら私らの方に話を振ってきていた。
「というか、部屋の中探したけど全然何も見つからんかった。あったのは中二くさいノートくらい……」
「中二くさいノートとは何よ!?!?あれは立派な報告書なのよ?アルフェラッツ星にいる上司に報告するためのものなのよ!」
「あーはい」
「何訝しげな目で見てんのよ!!」
「あーもう、いいじゃん別に!今日いっぱい助けてくれたんだから、それくらい許してやれよー」
有田がキッチンから結城を擁護していた。手際のいい包丁の音が聞こえてきた。
「それはそれ。これはこれ!」
「おかんか!」
「おかんだわ」
「いややめて下さいよ男子2人!!これは完全に家田さんに分の有る話ですよ!!」
姫路の方はあまり手際の良い包丁さばきではなかった。音でなんとなくわかる。
「まあでもベットの下と机の上しか見てないから、あとタンスの後ろと」
「結構見てない?それ?」
「流石に引き出しは見たら人間的にまずいと思って見てない」
「いやそれ当然だからね?結城?何の情状酌量の余地もないよ?」
私はガン飛ばしながら、結城に睨みつけていた。
「仕方ねえだろ?お前は起きないし、姫路は来るまで時間ちょっと有るらしいし、暇だし。それに暇だったし」
「暇でガサ入れしないでよ!」
「後遠垣さんに頼まれたし?」
「ちょ!!!それは言わない約束だったでしょ?結城先輩??」
遠垣の包丁音が一気に乱れた。私はぶんと首を動かして遠垣の背中を睨みつけた。
「遠垣???遠垣ぃぃ??」
「せ、先輩?その話は後にしましょ?ほら、今私ご飯作ってますし?」
「そもそもそんなに怒ることか?眼に映る範囲で確認しただけでしょ?そんな拘束するほど悪いことじゃねえと思うけどなあ」
有田がそうのんびりしたことを言い始めた。
「あれだよ、結城とイチャイチャしたいからってそういうのは良くないと思うぜ?」
は?????は??????私はは??????を何度も何度も思い浮かべてしまった。そしてこのよくわからない冗談に、女子陣まで乗っかってきた。
「そっかあ。結城先輩と戯れたいからさっきからずっと向こうにいるのかあ……」
「いやあこれは恋する少女ですね!結城さんと少しでも長い時間話していたいなんて、妬けるじゃないですかあ」
「まあそういうことで……」
私が2人を睨みつけている間に、隙を見て結城は私から距離をとった。正座の体勢からすっと立ち上がって、まっすぐキッチンへ向かっていく。
「あ、まだ話し終わって……」
「ほら家田も、みんなでカレー作ろっか!」
そう遮られて、私はすっとキッチンの方へ向かっていった。あれ?なんか良く考えると、何でこんなに怒ってたんだろう。部屋を漁られたといっても見えないものに手を出したわけではない。ならまあ、少し好奇心が過ぎるで終わらしても良い議題ではないか。あっれ?何でこんなに結城を拘束していたのだろう。
もしかしたら、もしかして、有田の言っていたことは本当だったんだ、なんておとぎ話が生まれるかもしれない。私は本当は、結城とおしゃべりしたかっただけかもしれない。そのきっかけの一つだったのかもしれない。あれ?もしかして私……
胸に浮かんだ一文字を、私は墓まで持っていくことにした。恐らく私は、そういうことなのだろう。認めたくはないが。しかも同じ宇宙人アルフェラッツ星人ではない。地球の男だ。それなのに、である。
まあいいや、どうせ私は、嘘なしでは生きていけない女の子。そして今の私が、誰かとそういう関係になるなんてありえないのだから、考えるだけ無駄である。私には、今の私には、そうした恋慕の情などこれっぽっちも欲しくないのだ。
それよりも、そんなことよりも、嘘をつきながらでも、偽りの自分でも信頼を置いてくれる彼ら彼女らと、同じ空間に居て、とりとめのないくだらない話をする方が、よっぽど苦労もしなくていいし楽だと思ってしまったのだ。そんなことすら私には未体験だったから、仕方のないといえば仕方のないことである。
私はそのまま、エプロンもつけずに厨房に立った。もう言ってカレーだからすぐ終わるし難しい作業なんてないけれど、それでもみんなで作ろうという気概だけでも見せたかった。私には、そうした感情が足りて居なかったからだ。
その後、姫路のアフターフォローに回りまくったことは言うまでもないだろう。彼女の行動一つ一つに自覚と監視を続けながら、私達はカレーを完成させつつあった。
「美味しかったー!」
「いや本当に美味しかった!!お袋のよりうまいかも」
「マジで!?雄二のお袋どうなってんの?」
「あの人常に料理は質より量だったから、質に少しでもこだわった料理が上手すぎて勝てない」
「あー5人兄弟だとそうなりますもんねー」
「そもそも有田先輩自身もカレーそこまででしょ?」
「中辛ならぎりいける」
「そうなんですか?てっきり甘口しか無理なんだと思ってましたー」
「私はこれくらいが好きかな」
話の流れを読んで私は発言した。
「私もー!」
「私はもうちょい辛い方が好きですね、まあ勝手にタバスコかけましたけど」
「そう!!料理としておかしいとおもうんだよ!!何でカレーにタバスコかけんの?」
「いやいやいや、遠垣家では伝統の食べ方ですよ!!」
みんなが一斉に首を振った。しゅんとする遠垣来夏。すまんが、その話に加勢することはできないのだ。
「んじゃ、これからの計画立てる?」
唐突に結城が繰り出した。
「具体的には、何時までここにいるつもり?みんな」




