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122枚目

 こんなにも多幸感を覚えているのはいつぶりだろうか。こんなにも現実を忘れているのはいつぶりだろうか。こんなにも、誰かに感謝しているのはいつぶりだろうか。私はもう、この時だけはもう、地球人にでもなりたい気分だった。いやそれはいきなりすぎるか。火星人あたりから始めよう。そうして徐々に慣れてきたら、私も地球人になれるかもしれない。そんな戯言を吐くほどに、私は腹の底の底の底の底から嬉しさがこみ上げてきていた。

 無論これは一過性のものである。今日はたまたまというやつである。私の家出は今日限りが限界だろうし、みんなとこんなに過ごせるのも今日だけだ。そんなことは重々承知している。そんなことに固執して戯れたことを抜かすほど、私たちアルフェラッツ星人は子供ではない。でもそれでも、今はこの日々を、精一杯満喫しようとそう決めた。そのために、結城だって私を救ってくれたんだし。

 あんなにも酷い家庭環境だったのにもかかわらず家出という選択肢を取れなかったのは、身を寄せる人が居なかったからだろう。いくら私が大人顔負けのプロポーションを誇っていたとしても、高校生を泊めてくれるネカフェなどなかなかに見つかる気がしない。おいそこ、笑うな。文字通り体を張ったギャグなのだからな。

「そう言えば、結城先輩の家って急に押しかけて大丈夫なんですかね?」

 遠垣はふとそんなことを尋ね始めた。夜風が涼しいくらいに感じる熱帯夜。私らは手で自身を仰ぎながら歩いていた。

「大丈夫だろ。親居ないし」

 またか……私は時折、結城の家庭環境が心配になる。この男は、一体どんな生活をしているのだろうか、と。まあ、知らない男連れ込んでくる我が家も中々に問題家庭なんだかな。それはこれ、これはそれ、というやつだ。

「親居ないんですか?居ないらしいですよ?家田先輩!」

 にやあと笑った遠垣の顔が、その顔で客の前立てるのかと忠告したくなるほどに歪んでいた。隣で歩く結城は少し照れていた。おいお前照れんな!

「まあ、別に前泊まった時も2人きりだったし……」

「いやあ、大胆!」

 むっとした視線。

「怒んないで下さいよー!」

「いや別に怒ってないけど」

「家田怒ったら怖いからその辺にしてたほうがいいぞ」

「お、経験者の発言ですね?」

 おい結城?余計なことは言わなくていいからな?あん?

「前に家田にちょっかい出したら、頬殴られたんだけどさ」

「やーん、青春♪」

「結城それ、あんたの怒られた原因今やってることと一緒だからね?わかってる?ねえわかってる?」

 私は指の関節をポキポキと鳴らした。

「覚えておくんだな、家田杏里。いや、アルフェラッツ星人。この星の人間は、学習能力がない」

「だめじゃねえですか!」

「特に男子高校生という人種はな、学習しないことでそのアイデンティティを保っているのだ」

「そんなアイデンティティ捨ててしまえ」

 私はビシッと結城を指差した。それを見て、結城はふふっと笑った。

「何がおかしいのよ?」

「いやなんか、徐々に家田が本調子になってきてんなって思って」

「あー確かにー!」

 遠垣もそれに同調していた。

「何を言ってるのかしら?私は昔からこんな感じよ?何も変わらない、幼気(いたいけ)なJKのふりした宇宙人よ?」

 そして私は伸ばした指先を口元に持ってきた。それがちょっとだけ、黙ってと言ってるポーズになってしまったのはミスではない。

「そうでしょ?」

 私はそう言って首をかしげると、2人はにっこり笑った。もしかして、本当に心配されていたのかもしれない。だとするならばそんなことは考えていただきたくない。何故なら私に染み付いた嘘つきの生き方は、こんな優しさなんかでは濯ぎきれないからだ。もちろん、嬉しい。最高に嬉しい。でもそれだけで、私は私を取り戻すなんてことはできない。ならばここからは、楽しい時間の始まりだ。地球人と宇宙人のハーモニーだ。決して、勘違いだけはしないように。嘘なしで生きていけるなんて、そんな戯言を考えないように。

 不意に背中をバン!と叩かれた。びくうっっっ!!!ってなって、私は飛び上がってしまった。

「ふぎゃああああ!!!!!」

 心の底から驚いて、心拍数で第2のショック死をするところだった。ばくばくと脈打つ心臓が、異常事態のサイレンを脳内に鳴らし続けていた。無論その声に、前と隣を歩く2人とも反応した。

「へへへー!びっくりした??ねえ、びっくりした??」

 相手は有田だった。有田は自転車を止めて、したり顔でこちらを見てきた。私はその場でへたり込みながら、信じられないという目線で有田を見ていた。もうそろそろ辺りは暗くなりつつあったので、学校No.1とも称されるその美貌はよく見えなくなっていたが、今はその顔が憎たらしくて仕方なかった。

「ちょっと有田さん!!!!」

 後ろから自転車で追いかけてきた姫路が、真っ先に私の方へと駆け寄ってきた。

「なんて事するんですか??家田さんはまだ病み上がりなんですよ??というか正確にはまだ病人なんですよ??」

 いや正確には健常者です病人ですらありません。当然病み上がりも正答とは言えません。そんなこと、この人に言っても無理だろうけれど。

「いけるだろ〜もう」

「いけないです!!!!あーもうこんなにまた汚れちゃって!!!!ほら、膝についた砂、取ってあげますからねー」

「って言いながらなんで顔近づけてんのよ!!大丈夫だからそれくらい!!」

 そう言って私は立ち上がって膝の砂を落とした。

「買い出しいってくれた?」

「勿論!!」

 有田は右手でVサインをしながら反対の手でカゴに入ってる袋も指差していた。

「あーでも服はなかったので買ってないです、すみません……」

「いやそれは冗談だったから」

 結城の悲しい一言に、姫路はついムキーとなっていた。まあそりゃ、ムキーともなるわな。

「まあとりあえず、結城の家行くわよ」

「おー!楽しみですぅ。家田先輩の家にはなかったので、しっかりガサ入れしないとですねえ」

「何が?」

「えっちな本」

 ん?ちょっと待て!私はその違和感に気づいてしまった。そして気づいたならば、それを口にするのは誠に道理というやつである。

「ねえ、なんでそれを、遠垣が知ってるの?」

「へ?」

「あんた、私の知る限り部屋から出てなくて、私の部屋でもガサガサしてたことなかったわよね?」

「い、いやあ……ほら、トイレの時とか……」

「あの時トイレに立ったのはあんたが来た瞬間だけよ。その時も部屋にちょこんと座ったままだったわよね?」

「そ、そ、そうでしたかねえ……」

 明後日の方向へ顔を背ける遠垣を見て、私は確信した。

「誰か男どもがガサ入れしたのね?そうなのね?」

 その瞬間だった。結城仁智が駆け出した。運動部ならではの全力疾走だった。

「おいこら結城!!あんた家に着いたら覚えてなさい!!」

 私のこの声をも遠くなるほどに、結城は真っすぐ家の方向へ逃げ隠れ走り出したのであった。

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