121.5枚目
近くのスーパーに着いた瞬間、姫路さんが話しかけて来た。
「にしても、本当にドキドキしましたね」
「あー仁智のこと」
自転車を止めている間に、姫路は自分の手を握り合ってうっとりしていた。
「救いに行って来る!って、かっこよすぎですよね……しかもその後、手を握って駆け出して救ったらしいですよ?ああー、本当にドキドキしますよ」
「……結構ロマンチストなんだね、姫路さん」
「え?そ?そうですかね??ちょっとあれでしたかね?浮かれすぎでしたかね?」
俺は鍵を取り出して、それをポケットにしまい込んだ。そして少し顔を赤くしている姫路さんを見た。姫路さんは少し照れたのか視線を逸らした。
「何買わなきゃなんだっけ?」
「あー晩御飯と……なんでしたっけ?確認します」
姫路さんは歩きながらスマートフォンを取り出して、買うものリストを確認していた。
「ジュース、なんか晩御飯、紙コップ、後衣服があったらそれも」
「あるわけねえだろここ佐武だぞ?ユニクロにでも寄れってか?」
佐武とはこの辺りで展開しているスーパーの名前だ。由緒正しいスーパーで、生鮮食品の品揃えが強みである。普通の高校生は飲み物が安いから買うくらいで、他の理由ではあんまり訪れないイメージだ。
「晩御飯何食べますー?」
「量食いたいかな?メニューはなんでもいい」
そう言いつつカゴを手に取った。
「これ、ガチで俺らが決めちゃうの?」
「そうじゃ無いですか?有田さんと私に全部かかってますよ」
「つうか、あいつん家で結城か誰かがなんか作れよ。これあれだろ?あいつの家の冷蔵庫ゼロだろ」
「というか、私達が急に向かって大丈夫ですかね……」
俺らはスーパーを適当に歩きながら、ふと黙ってしまった。
「大丈夫だから、LINEでそう言ったんだろ」
「それもそうですかね……」
ブーっとバイブが鳴った。誰からだろうと思ったら、遠垣来夏の文字がスクリーンに映し出されていた。
「誰からですかー?」
そこにはこう書かれていた。
『先輩たちイチャイチャしてて辛いので早くこっち来てください』
「なんか家田と仁智、イチャイチャしてて辛いらしいよ」
「やーん、いいですねえ」
姫路は頬に手を置いて顔を赤くしていた。これまで見たことのない姫路さんの姿だ。
「あいつらのために滋養強壮に効くなんか買ってやろうか」
「いやいやここは赤飯でしょ?」
そうして2人笑った後で、俺は近くにあったカレーのルウを見つけた。
「カレーでも作る?これならみんなで作れるでしょ?」
「あーたしかにそうですね!」
「何味がいい?無難に中辛?」
「そうですね!辛いの好きな人は自力で辛くしてもらいましょう」
そうして何も考えずにバーモントカレーをカゴに入れた。その時にふと、姫路が尋ねてきた。
「本当は、遠垣さんと一緒に来たかったですか?」
姫路にしては気を使った発言だ。俺は少しだけ黙ってしまった。まあ、一緒に来たくなかったかと言われたら、一緒に行きたかった。でも、そんな気に今はなれなかったのだ。
「仕方ないだろ。あいつだけ、仁智の家行ったことないんだし」
「まあそりゃそうですよね。私らなら最悪1人だけ先に向かうとかできますし……」
しかし理由はそれだけではない。俺はこういう時に、とても弱い。誤魔化すことができないのだ。例えば、仁智とか家田なら、ここで適当なことを言ってお茶を濁すことができるのだろう。俺は馬鹿だから、言ってしまうのだ。他人に何かを隠して話すことなんて、俺には耐えられないのだ。
だから今から話すことを、俺は漏らすだろうということは理解していた。その時に、遠垣よりは姫路の方が良かったのだ。遠垣来夏は幼い。自分も相当に幼い自覚はあるが、それと同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に彼女は幼い。だから辞めたのだ。こんなこと言ったら、どんな反応をするかわからないから辞めたのだ。
「俺らさ、今日の昼間お菓子とか用意してたじゃん」
姫路が不意をつかれた表情をしていた。2人歩きながら野菜のコーナーへ来ていた。
「その時に、偶然発見しちゃったんだよな。味噌汁とか置いてた戸棚と、ドーナツ置いてた戸棚の間に、写真が一枚落ちてたんだよ。めちゃくちゃ長い間そこにあったみたいで、すっげえ埃かぶってた。で、まあ見たらさ、それが衝撃的なもんでさ」
「あの人が父じゃなかった、とかですか?」
姫路は首を傾げつつそう尋ねた。
「それならまだ、良かったんだけどな」
俺は息を吐いて、そして真剣な顔をして姫路に忠告した。
「あんまり他の人に言わないで、な」
姫路はうんとうなずいた。
「その写真に映ってたのは、大体小学生の高学年くらいの家田だった。家田は間違いないと思う。面影とか残ってたし。でも、それ以外が違ったんだ」
姫路は黙って聞いていた。
「家族写真で、どっか旅行した写真みたいなんだけどさ。父親だけじゃなくて、母親もあの人とは全く違ったんだよ」
そして驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう。俺だって最初見た時に目を疑ったさ。
「それだけじゃない。あいつ、弟がいたんだよ。家田と似てた顔だった。多分年は、あんま離れてないと思う」
「えっ……」
ついに声を出していた。それを見て俺も、見つけた当時を思い出した。
2人で絶句してしまった。見つけた当時はなんか面白いものを見つけたからこれを元に家田弄ってやろうと思ったが、結城の発言でそうも言ってられなくなった。母親が違う、前に会った時の母親と違う。その上、見たことのない弟の存在。俺たちが黙って元の場所に戻すまで、そう時間はかからなかった。
「まるで幸せな家族を絵に描いたように4人が映ってて、それを見て思っちまったんだ。あいつ、わけわかんねえ宇宙人だなんだ言ってんじゃん。もしかしてそれって、裏ではすっごい複雑なもんがあってやってんじゃねえかなって……」
そうして2人、押し黙ってしまった。そして野菜コーナーで人参を手にしている時に、ようやく姫路が口を開いた。
「多分ですけど、それ、遠垣さんに言っても大丈夫だと思いますよ!」
え?今度驚いたのは俺の方だ。姫路はにっこり笑って続けた。
「あの娘だって、それを受け入れてくれると思います!根拠はないですが……そんな気がします!大丈夫ですよ!どんな過去があったって、今の家田さんが家田さんなんですから!」
そして慌てて口を押さえて、
「ちょっと声、大きかったですかね?反省します……」
そう笑った姫路さんが、1番大人だなと思った。向こうに行ったら、またいつも通り接しよう。そう決めていたことをさらに強く決心して、俺らは食材を買い揃えて行ったのだった。
家田の過去に、何があったんだろう。尋ねてはいけないこの話題が頭に何度も浮かんで来て、それをかき消すように姫路と他愛のない会話に終始していた。




