13枚目
「ねえねえ家田さん、ちょっといいかなあ?」
私は急に声をかけられビクッとなって声の主の方を見た。時は休み時間、私はなぜ地球人は水曜日になったら中だるみをしてしまうのかという謎について思考を張り巡らしていた頃だった。勤勉なはずの地球人がたるんでしまうには、何か原因があるのではないかと思い、雲を見ながら考え込んでいた。そんな時に話しかけられたのだから、こんな反応になるのも理解していただきたく思う。
声の主は同じクラスの出森楼早からだった。あまり話したことはなかったが、少しフランクな感じに話しかけてきた。
「今週の金曜日の放課後、クラスでボーリング大会をするのよ。良かったらどう?」
出森は両手をパンとあわせ、首を少し横にしていた。少し引きつった笑顔をするくらいなら、いっそ冷たく話しかけて欲しいとさえ思った。私は窺い知れぬ苛立ちに襲われた。理由はないが唇を少し噛んでしまった。
ふと後ろの方を見た。クラスの中でも発言力のある数人が、ケタケタと笑いながらこちらを見ていた。まるで私を見世物のような目で見ていた。被害妄想だと揶揄する人には一度その顔を見せてみたい。それほどに醜悪で悪意の満ちた顔だった。こんな奴らとボーリングなんて、行きたかなるはずがない。
「悪いけど私は…」
「なになに何の話ー?」
私と出森の間に、急に有田が入り込んできた。私だけでなく出森も動揺していた。
「や、今度ボーリング行くじゃん?それ誘ってるの」
「あーLINEで誘ってたやつだよね?クラスのほとんどの人間が行くんだっけ?」
「そうそう!」
「あーそういや、家田さんクラスのLINEに入ってないもんねーだから今聞いてるんだ!」
有田の今日の声はやたら大きく感じた。クラスの人達と話す時はこんなものだろうか?それとも遠垣に話しかける時が声小さすぎるのか…
有田は私の方をチラチラと見ながら言った。
「で、家田さんは来ないの?絶対楽しいよ!」
私は少しキョトンとしてしまった。そして有田の真意がわからなかったからだ。しかしそれを理解するやいなや有田にしか聞こえないであろう小声で言った。
「なんのつもり?私にボーリング大会来て欲しいの?」
有田も小声で返す。
「や、なんかさ。遠垣さんの件で色々と迷惑かけたじゃん?だから…代わりにお前をうちのクラスに馴染ませてやろうかなあと思ってね」
なるほど、遠垣さんの件について少しばかり迷惑をかけたと反省する気持ちはあるのだな。しかしながら、今から有田がやろうとしていることは大きなお世話である。間違いなくそう言えるのだ。
そもそも私はボーリングというものが嫌いだ。あんな重たい物を投げてピンを倒して、何が楽しいというのだ。私はこの地球に来る前に映像としてボーリングの風景を見たことがあるが、異星人であったからか全く楽しそうに思えなかった。明らかに重そうなボールを指に入れ、真っ直ぐ投げ続ける限り最高点が取れる競技性に、全く魅力を感じなかった。更に、周りの雰囲気もどこか退廃的で気だるく、かと思えば意味もなく騒いでいる連中が多いような気がした。あんなことでクラスの交友を深めようとするなど愚の骨頂だ。それならまだクラスで中間テストの勉強会でも開いた方がよっぽど有意義であろう。
「で、どうするの?」
出森は少し焦ったように言った。状況から察するに、彼女は今後ろの方でニタニタしている性悪女子達から頼まれて私のところに話しかけに来たのだろう。それが地球人古来の衝突関係、つまりいじめによるものなのか、地球人古来の交流方法、つまりお遊びによるものなのかは判別しづらかった。しかしながら私の決断は一択だ。行く意味などない。
「ごめんだけど、行かない…」
「えーなんでー?」
有田はわざとらしく声を出した。私はまた有田とひそひそ話をした。
「わざとらしい声出さないでよ」
「なんも用事ねえだろ?来いよ!いつまでクラスで孤立するつもりだ」
「これは栄誉ある孤立よ。私は宇宙人だから、誰にも情を持たないように日々過ごしているの」
「宇宙人だからとかなんでもいいから来い!」
周りが少しだけざわついていた気がするが、私は気にしない。地球人からしたらプリンスのような美しさでも、異星人からしたらストライクゾーン外だ。勝手に騒いでてくれと言った感じだ。
私は有田の誘いを振り切るように言おうとした。
「ごめんね出森さん!またさそ…」
「行かないの?」
いきなり聞こえたその言葉は、私の意識を繋ぎ止めるには十分だった。隣の席の丸坊主が、いきなり口を開いたのだ。これもまた私にしか聞こえない声量だった。結城はさらに続けた。
「ねえ、本当に行かないの?せっかくの機会なのに」
結城の声は本当に絶妙で、ぴったり私には明瞭に聞こえ、有田や出森には聞こえない声量だった。
「これは、宇宙人である君にとって滅多にないチャンスなんじゃないの?ボーリングと言えば、この国だけでなく世界中で楽しまれているとてもポピュラーな娯楽だよ?しかもボーリングはなかなか1人で行こうと思わないものだから、こんな機会でしか入らないと思うけど…?」
どんどんと風向きがおかしくなるのを感じた。結城の本領発揮、いや本性発揮である。
「君はこの国に調査活動に来ている宇宙人なんだよね?ならばこの国に深く根付いているボーリングという娯楽を調査することはとても有意義なものではないかい?なのになぜ君は断るのだ?予定?そんなものないだろう。例えあったとしても、この星の一端を観察できるこの機会と天秤をかけて、優先されるような事態なんてそうそうないはずだ。そうじゃないか?つまり、君が本当に宇宙人ならば、この集まりに参加するはずなんだ」
結城はねっとりとした口調で、それでも声量は一定を保ちながら私に疑問を投げかけた。嫌な汗が噴き出した。私が少しだけ結城の方を見ると、まるで見越したかのように彼は言った。
「家田さん、君は本当に宇宙人なんだよね?」
こ、こいつ…そんなことを言われては、もうボーリング大会に参加するしかないじゃないか…
「ん?どうしたんだ家田?悩んでんのか」
あまりにも長いこと黙って居たので、有田が声をかけて来た。ああそうだよ悩んでるよ。ボーリングに行きたくないことと宇宙人だと認められないことを天秤にかけてんだよ。マイナスとマイナスの悩みだよ。
「家田さん、ボーリングに行かない?」
結城はついに出森と有田に聞こえる声で言った。ここで断ったら、宇宙人ではないと思われてしまう…ここで断ったら…
「う、うん。参加したい…よ」
私は震える声で言った。苦肉の策だった。それでも私は、宇宙人という尊厳を守りたかったのだ。有田は嬉しそうな顔をし、出森は意外そうな顔をし、遠くの女子達は面白くなさそうな顔をしていた。そんな奴らの顔はどうでもいい。問題は、後ろで囁き続けた戦犯である。まるで俺は関係なかったですよと言わんがばかりの顔をして、眠そうにあくびをしていた。私は言い知れぬ徒労感と不安感を一身に浴びながら、当日のスケジュールについて出森から話を聞いていた。




