120枚目
さて時刻はそろそろ夕方と呼べる時間が終わり始めていた。外が全く暗くならないから、感覚が鈍って仕方ない。
地球には四季がある。一部某所では『でも日本には四季があるから』などといった発言がフィーチャーされたらしいが、四季どころか二季すらない我がアルフェラッツ星からしたら羨ましい限りである。最近は温暖化のせいで秋という季節が存亡の危機らしいが、ぜひ生き残って欲しい。間違っても私らの星のように、太陽光線からの角度が変わらず常に同じ季節なんていうつまらない星にはなっていただきたくない。この陽の長さの移り変わりこそがこの星随一の長所であり、憧れる所だからだ。
「うっわもうこんな時間!?」
遠垣がお手本のようなリアクションで私の部屋の時計を見た。時刻はもう7時を回ろうとしていた。ここまで馬鹿みたいな馬鹿話を続けてきた御一行だが、そろそろ晩御飯というのを考えていかなければならない。
「晩御飯どうしよっか?」
「俺お腹すいたー!」
有田はそう言って床にゴロンと座った。こいつ、だいぶ私の部屋でくつろぐようになったじゃないか。
「でもどうします?どっか食べに行くのは家田さんが無理そうですし……」
いやそんなことはないんだけどなあ。相変わらず私は部屋でゴロゴロ寝転がったままだった。少しでも起き上がろうとしようものなら隣にでん!と座っている姫路に睨まれてしまう。
「いやもういけんじゃね?家田」
おうそうだぞ!!有田!!珍しくいい事……
「有田さん!!そういう所ですよ!!ほんと、そういう甘い考えだから何回も家田さんに迷惑をかけてしまうんですよ」
なんでやな!!!今に関しては100%姫路はん!!あんたが1番迷惑かけてるやで!!めちゃくちゃな関西弁を心の中で反芻させる程に、私は動揺し、落胆した。
「んじゃ、女子チームが何か作るってのは?」
結城が突然そんなことを言い出した。ほう、どういうことだ?
「どういうことですか?」
「さっき俺らが間食用意したから、今度は姫路さんと遠垣で作れって、そういうこと?」
「そういうこと」
結城がニヤッと笑った。悪いことを考えている笑いだった。
「ま、まあ私は別にいいですよ。メイド喫茶で料理とかも作ってますし……いいですか?ひめ……」
再び、固まる姫路。おいおい、あんたの得意技は石化じゃないだろ?どっちかっていうと私の技だ。
「姫路先輩!?!?」
「い、いや、私だって、人並み……人並みくらいは……できますし??できますし???」
「つうか、姫路先輩おかゆ黒焦げにしたんですよね?今日の昼間」
遠垣が言ってはいけないワードを使ってしまった。
「なんでそれ知ってるの?そうだけど」
「有田先輩に教えてもらいました!ラインで」
「ありたあああああ」
狼狽する姫路。
「それ知ってるお前が飯作れとか中々に鬼畜だな」
「無視をするなありたあ!!デマを流した反省をだな!!」
「無理、無理だよ姫路さん。わかってると思うけど、俺は雄二にも家田にもまだ言える内容しか言ってないからね。俺だけだからね。出来上がった最初のおかゆを観れたの」
結城の鬼気迫る表情。一体何を私の家のキッチンで作ったというのか。
「じゃあ要求しないでよ晩飯。別に出前とかでもいいじゃん」
私がそう言うとふいに姫路がこちらに抱きついて来た。私の顔に、姫路の胸が迫って来て圧迫してきた。
「ありがとうございます」
「いや、なにが?」
息苦しい!!息苦しい!!しんどい!!
「庇ってくれたんですよね??あんなひどい食べられないものを作った私を庇ってくれたんですよね??顔面におかゆぶちまけた私を庇ってくれたんですよね??」
それは買いかぶりすぎだ。私はただ、普通に飯を食べたいだけだ。
「ふが、ふがふが」
「ありがとう、ありがとうございます」
「姫路センパーイ、家田先輩死んじゃうのでその窒息兵器を離して下さーい」
その声でようやく姫路は私を解放した。遠垣は口元に両手を当てて、まるで大声を叫ぶような様子でそう言っていた。私はフラフラしながらまた布団に戻った。息苦しかったというよりは、まだ治りきっていない火傷の跡が擦れて痛かったのだ。
「ああ、大丈夫ですか??ごめんなさい」
「いやいや大丈夫だよ」
そう言って私はまたむくりと起きた。そうしたら奥の方で話し合いをしている男ども2人の姿があった。
「なあなあ」
「うん?」
「あれやばくね?」
「やばいな」
「でかい」
「うん、でかい」
「されたい」
「いやほんと」
「あんたら、そういう話はせめて外に出てから言えよ。なに私の部屋の中で堂々と……」
私の盗聴スキルに驚く暇もなく、結城は口を開いた。
「別にいいだろ、家田のは無いに等しいんだし」
ふぎゃー!!!!ふぎゃー!!!!!私はばっと立ち上がって結城の頬を思いっきりつねった。
「いった!!」
「も う い っ か い 言 っ て み ろ 」
「怖いっす!!家田先輩マジ怖いっす!!」
遠垣は怯えていた。本当に怯えていた。
「あれだな、そういう女性のコンプレックスな点は口にするべきじゃ無いということだな」
「お ま え が 言 う な」
私は有田の方もギロッと睨んだ。有田は明後日の方向を見て口笛を吹いていたがそんなことは関係ない。
「んじゃ、出前とりますか?」
話についていけない姫路は、私をベットに強制送還させた後に、電話機の方へ歩いていった。その時だった。
ガチャリとドアが開いた。人が入ってきた。私は忘れていたのだ。今日は、母が男を連れ込んでくる日だってことを。
「誰?」
母の不遜な声が聞こえた瞬間に、私は一気に飛び出した。
「私ですか?私は家田さんの……」
「私の友達!!今日ちょっと遊びにきててさ!!うん!!」
私は一気に玄関まで駆け出して、そして姫路の前に出てそういった。
「杏里言ってなかった?明日は友達来るけど、今日は来ないって」
「いやあ、ちょっとそれは事情というか……」
「家田さんが倒れてたので看病してたんですよ」
母の瞳は全くもって綺麗なままだった。心配の色など一つもない。
「あらそう、病院とかは……」
「いやいやただの立ちくらみだよ!!もう大丈夫!!平気平気!!」
騒ぎを聞き出してか、他の3人もこちらを覗きにきていた。これはやばい。
「あ、向こうに人待たせてる?」
人というか男というか愛人なんだけど。私はそれをぐっと飲み込みつつ尋ねた。
「すぐにみんな帰らせるね!!ほら、みんな」
私が振り返ったら、みんなビクッとなっていた。
「急でごめんだけど、ここでお開きみたい。今日はごめん、そしてありがとうね!」
さっさと帰らせなければならない。じゃないと聞かせることになる。部屋の中で、押し殺すように眠る私の姿を、みんなに晒すわけにはいかない。
「え……でも……」
「いいから!!!」
抵抗する有田に私は一喝した。そして怖くもなんともないだろうきっとした目つきで急かした。
「んじゃ、か、かえりますかー?」
遠垣はそそくさと帰ろうとしていた。それにみんなも同調して、それぞれカバンを持っていた。
さてこれで、楽しい話は終わりである。楽しい時間は終わりである。後は、いつも通り1人で耐える時間の始まりだ。まあ今日は、ここの所は、楽しいことが多すぎたから、仕方ないといえば仕方ないのだ。そんな少しの満足を得ていた私には、その後に掴んだ手を認識するのに時間が必要だったのだ。