117枚目
「ねえ、姫路さん」
「なんですか?家田さん」
「足辛くない?さっきからずっと正座してるよね?」
「大丈夫ですよ。武闘家の娘として正座の一つで辛いとか言ってられないじゃないですか」
「足崩してもいいんだよ」
「遠慮しないでください!大丈夫ですから!」
そう言って姫路は私の枕元にじっと座っていた。
「ねえ、姫路さん」
「何ですか?家田さん」
「私さ、ちょっと甘いもの食べたくなったから、台所に飴ちゃん取りに行ってきていい?」
「わかりました!結城さん!飴ちゃん取ってきて欲しいとのことです!」
姫路は少しびくっとなるほどの大声で叫んだ。
「いや、私が……」
「どこにあるのー?」
「どこにあるんですか?家田さん」
「や、ちょっと複雑な場所にあるから、私行くよ!!」
「この戸棚の奥とか?インスタントの味噌汁とか入ってるとこ」
「あーそこじゃない!その隣にある棚の上!」
そう答えた後に、私ははっとなって起き上がろうとした。
「いいよ悪にし、私が取る……」
ガシ!!!っと肩を掴まれた。
「寝ててくださいね?家田さん」
無理だった。姫路の鬼気迫る表情に降参して、私は再び布団に戻った。そんなにも力を込めなくてもいいのにというほど、姫路の力は強かった。
「あそこじゃね?ドーナツとかあるとこ」
有田の声が聞こえてきた。というか向こうで、彼らは何をしているのだろう。
「あーこれだな。のど飴?」
「あーうん、それだよー」
本当は違うよーと言いたかったけど、それ以外家に飴ちゃんがなかったから仕方ない。くそうドーナツとかにしとけばよかったと後悔したのは内緒の話だ。
「ほいよ!」
と結城は届けてきて、ほいと姫路に渡していた。私は少しだけ起き上がった。
「ほらー食べさせてあげますからねー!どれが良いですかー?みかん?イチゴ?ブルーハワイ?」
「ブルーハワイってなによ?頼んどいて何だけどさ」
「普通のやつでいいですか?」
「あーいちごでいいよ」
「はい、あーん!!」
姫路は袋を開けると口を開けるよう要請してきたが、無論そんなもの無視だ。私は飴の中身だけもらうとそのまま口に入れた。
「ありがとうね」
そう感謝するのも忘れなかった。
「いいってことですよ!!他にもして欲しいことがあったら言ってくださいね!」
「うーん、じゃあ立って歩きたい……」
「それはダメです」
姫路は真面目な顔でそう言った。
「何で!?!?」
「いや何で!?!?じゃないですよ!!あんな派手にこけた人間に歩かせるわけにはいかないです!!当然じゃないですか?」
「いやだから、あれはたまたまあの段差にぶつかってこけたんだって!!」
「あんな段差に転ける人なんていません!!安静にしていてください!!」
居るんだよなあ!?ガチで居るんだよなあ!?!?それこそが私なんだよなあ!?!?!?私は不満たっぷりな顔を姫路に向けていたが、それすらも姫路は私が無理して立とうとしていると解釈しているのだろう。
落ち着かない。さいっこうに落ち着かないのだ。そりゃそうだろ?私はまだ寝巻きだというのに、私の家のリビングには男ども2人が何かしていて、何のおもてなしもできていないのだぞ。まあ変なことは姫路がいるからしていないのだろうけれども、それでも落ち着かないものは落ち着かないのだ。
あー認めようよ。私はどじっ娘だよ。どじっ娘だよ。どじっ娘JKは宇宙人でこの世界を征服しにきたんだよ!!ほら認めたぞ?認めたから立たしてくれよ!!私に自由をくれよ!!
そうだ!!私は名案を思いついた。
「姫路さん、私トイレに行きたいなあ」
トイレだ!これだったら大丈夫だろ?本当はトイレなんて全く行きたくなかったけれど、これなら自由に歩き回れるってもんだ。おいどうだ姫路?認めろ!!
そんな私の期待も水の泡。
「わかりました!では……」
ぶん!!っとどこかへ飛ばされた掛け布団。そしてスルルっと膝裏に伸びる手。蛇のように背中を通る長い腕。
「1、2、3!」
そして浮遊する私の体。へ?もしかしてこれ、お姫様抱っこ?
「はい、それじゃあトイレまで行きましょうねー!」
「いや、ちょっと待って姫路さん!!」
「何ですか?家田さん」
「トイレくらい、トイレくらい1人で行けるから!!大丈夫だよ!!」
「だめですよーそんなこと言ってまたふらついたらどうするんですかー?」
「そんなことにはな……」
「これからは私達がしっかりと、厳格に、厳密に、家田さんの世話をしますからねー」
部屋を出て、リビングを少し通って、トイレの前まで連れてこられた。途中、すれ違った結城から
「めっちゃ情けないお姫様だな」
と鼻で笑われてしまった。う、うるさいうるさいうるさーい!私だって重々理解してるっつうの!!これめちゃくちゃ恥ずかしいんだからね!!お前もやられてみろ!有田あたりにやられてみろ!
トイレのドアを開けて、姫路は私を便器に座らせた。
「流石に出て行くよね!?」
「そ、そ、そ、それはそうですよ」
そりゃそうだよな。私は胸をなでおろした。
「それじゃあ、トイレの水洗する音が流れたら入ってくるので、ごゆっくりー!」
ごゆっくりじゃねーよボケが!!そう思いつつ私はトイレに座ったまま、服も脱がずにぼうっとしていた。そりゃそうだ。そもそもトイレに行く気などなかったのだから。
うーん、どうしてこんなことになったのだろう。私は今日1日を振り返ったが、何でかという理由はよくわからなかった。
まあでも、たまにはいいかもな。私は半分諦めた顔をしつつ、トイレットペーパーで目やにをとって、それをトイレに流した。
帰り道も勿論お姫様だっこだったが、部屋に戻ってきた瞬間に、さらにちょこんと座って居る女の子がいた。
「あ、先輩ちーす!」
相変わらずのミニスカート。笑えないほどの超ミニスカートから細い太ももを魅せる女。この太ももだけで誰だかわかる女。そう、遠垣来夏だ。
「何すか先輩それ?お姫様気分っすか?」
「あんたのその喋り方こそなによ?沢木の真似?」
「いやあ今日お客さんでこんな話し方する奴と相手してたんで。ほんと聞いてくださいよーそいつめっちゃ馴れ馴れしくてね」
「うるさくしないでください!家田さんは今療養中なんです!」
まるで姫路は看護婦のような注意を行なっていた。
「えーいいじゃないですかー!姫路先輩のケチ」
「もう今日だけで何回倒れてると思ってるんですか?」
「顔も火傷したしな」
有田が何かを持って部屋に入ってくる。しかしそれは遠垣への援護射撃に過ぎない。
「まあその原因姫路先輩ですけどねー?」
痛いところを突かれた姫路は、そのまましょぼんとした顔で私を布団に下ろした。
「家田ー?今飲み物とお菓子と家田スペシャル用意してんだけど他なんかいる?」
「なにその家田スペシャルって!?!?」
私はまだリビングにいた結城に対して即座に返答した。
「まあ食べてからのお楽しみよ!」
「……気になるから早く持ってきて!」
一体彼らは、なにを準備していたというのだろうか。時刻はもう、おやつの時間をすぎた頃合いだった。