115枚目
「目覚めましたか?」
次に意識が戻った時、部屋にはちょこんと姫路が座って、心配そうにこちらを見ていた。ん?また悪夢なのか?そう思って身構えた私は、少しハキハキとこう言った。
「起きたよ!」
「わ!元気ですね!良かったです」
良かった見えるようだ。これは悪夢ではなく、現実のようだ。それだけで私は、ほっと胸をなでおろすことができ……
いや、ちょっと待て!何で姫路が、私の家に入ってきているのだ??
「あ、姫路さん家田起きたの?」
「起きましたよー!なんかふらふらしてますけど」
台所の方から声がした。その声の主は、よく聞き覚えのあるあいつだった。
「え?え?もしかして……結城??」
「おう、お邪魔してまーす」
「あ、私も僭越ながらお邪魔してます!」
姫路も結城に乗じてぺこりと頭を下げた。白色スーツ姿ではなく、いつもの学校指定ジャージを身にまとっていた。部活帰りだろうか?
「い、いや……何で私の家に来てるの??」
「そんなの、決まってるじゃないですかー!家田さんが心配だったからですよー!」
そう言いながら姫路は清涼飲料水の入ったペットボトルを手渡して来た。
「まず水分補給、その後であったかい食べ物、そして休息休養!家田さんに必要なのはこの3つですよ」
私はそれを手に取りながら、訝しげな表情をしていた。
「いやいや、話が全く読めないんですけど……」
「家田、ここで倒れてたんだよ」
台所の方で結城が説明し始めた。
「電話してたらいきなりどしーん!!って音がしたからよ。何だこれって思ってしばらく待っても何の反応もなくて、呼びかけても何の反応もないからよ。仕方なくお前のマンションに行って、ドア開けてもらったのよ。そしたら……」
「ん?ちょっと待って!!何で結城、私のマンションの場所知ってたの?」
私は少しの不気味さを感じた。
「もしかして……ストーカー?」
「違う違う!!あれだって」
「どれよ」
「お前のかあさんにお金渡されたことあっただろ?ほら、ボーリングで頭打った時!その時に念のためにって住所教えてもらってたんだよ」
「オートロックは?」
「管理人さんに開けてもらった。電話に出ないって言って、開けた時も管理人さん同行してた」
「……っていうか、そもそも今何……」
はっと時刻を見たら、もう午後2時を回っていた。
「2時!?」
「そうですよ。長らく寝込んでましたね」
そんなに気絶してしまっていたのか?
「で、マンション行く前後に他のメンツにも連絡取って、そん時に有田が昨日サッカーの試合で途中から家田の体調悪そうだったって言ってたし、過度な疲労か体調不良だなと思って看病を始めたと」
「私はたまたま今日部活が午前終わりだったのでそのままこちらに来たと。そういうことですよ」
そう説明しつつ、姫路は私の飲み終わったペットボトルを枕元に移動させた。
「有田がそろそろ部活終わるから、こっちに来るってさ。あと遠垣も今日はバイト早上がりだから顔出すってよ」
「ごめんね結城。今日はプラネタリウムの予定だったのに、こんなことになって」
私は心底申し訳ないと思いながら布団にくるまった。いくら私が人間を調査対象としか見ていなかったとしても、遊びに行く予定を台無しにしたのであれば罪悪感くらい芽生えるし、申し訳ないと謝る。当然のことだろうと言われてしまえばその通りだけど。
「いや、まあ、いいよ。いつでも行けるし」
結城の声色は優しかった。顔は見れなかったけど、少なくとも怒っているわけではなかった。それが余計に私を追い詰めて行く気がした。
「え?そんな予定、いつの間に立てたんですか?」
姫路はにやにやしながら尋ねて来た。
「そんなデートの約束……」
「デートではない!断じてデートではない!」
私は飛び起きてそう抗議した。
「いやいやデートじゃないですか!男性と女性が2人きりで何処かに遊びに行くなんて、誰がどう見たってデートですよ、デート」
「ふふふ、何を言う姫路纏菜!私はデートをしに行く予定だったのではない。そこにいる一般人にとって知り得ないであろう宇宙の広大さとアルフェラッツ星の素晴らしさについて語らおうと思っていただけだ。そう!これはPR!!PR活動なのだ!!わかったか?」
「へーわかりましたー」
姫路は何1つわかっていない様子で、相変わらずニマニマとした笑顔をこちらに向けて来ていた。全くこの星の人間は、すぐにそう言う色恋沙汰に持って行くから嫌なのだ。心が疼いてしまうだろう。
「というか、結城はうちの台所で何してんの?」
「ん?姫路さんが作ったおかゆらしきものを何とか食べれる物にできないか模索してる」
「ちょっと待ってください結城さん!!完璧におかゆでしょこれ!?むしろこれをおかゆと呼ばず何と呼ぶんですか!?!?」
「姫路さん、あんまりあんたにはきついこと言いたくないけど、黒ずんだペースト状態の何某をおかゆと呼ぶのは無理があるぜ」
なんだそれ!?めちゃくちゃ見たいんですけど!?!?私はそのまま立ち上がろうとして、姫路に静止されてしまった。
「どうしたの姫路さん!?」
「ダメです!!家田さん疲労からの立ちくらみで今日ずっと倒れてたんですよ!!いきなり立ち上がったらダメです!!」
「じゃあゆっくり立ち上がって台所に行くわ」
「ダメです!!大人しく!!安静にしていてください!!」
姫路があまりにも必死に止めるので、私は再び布団へ戻されることとなってしまった。
「はい、じゃあ私がしっかり看病しますか……」
この瞬間にドアがガチャリと開いて、少ししっかりとした私服を着た結城が茶碗と箸を持って入ってきた。
「家田、おかゆだぞー」
「ちょっと結城さん!!!」
ナイスだ!ナイスだぞ結城!!
「なんで持ってきてるんですか!?!?」
「いやいや、黒ずんだ所の除去作業ととろみを復活させたから、そろそろ食べれるかなって」
「いやいやいやいや、まだまだ黒いじゃないですか!?!?」
「じゃあ姫路さんやって見てよ!!!!これでもシンクめっちゃ汚れるくらい撤去したんだよ!?これ以上とか無理、絶対に無理!」
私は姫路の注意が結城の方へ行ったのを見計らって、すっと立ち上がった。そして結城の方へ近づき、そのおかゆとやらを見た。
「あ、ちょっと見ないでください!!」
それは、事前におかゆが変形変色したと知らされなかったら、おそらくおかゆとは気づかないであろう代物だった。一体どうなったら、主には米と水のみで構成されるおかゆに黒色の点が浮かび上がってくるのだろう。一体何を加えたら、こんなにもペーストというかムースみたいな見た目になるのだろう。片栗を入れ忘れたとか、そんなレベルではない。何かを加えたとしか思えない代物が、そこにはあった。そして何よりも恐ろしいのは、これが結城の手によって改善されたものということだ。実物はどうなっているのだろうか。
「見ないでーーー!!」
そう言って私の目を抑えようとした姫路の手が、ガンとお盆の底を強打した。結城も突然の衝撃に反応できず、お盆は彼の手から飛んで行ってしまった。そしたらどうなるか、おかゆを入れた茶碗が宙に待った。
そのまま、誰もが反応できないまま、茶碗は逆さになって私の髪の毛に着地した。どろどろと流れるムース状のおかゆ。それがおでこのあたりに到達する頃には、もうこう叫ぶしかなかった。
「あっつううううう!!!!!!」
もう記憶も何もかもなくなってしまうのではないかと思うほどの灼熱が、私に襲いかかったのだった。




