114枚目
気がつくとそこに、姫路纏菜が座っていた。
「目を覚まされましたか?」
その言葉に反応したかのように、私は起き上がった。目の前には彼女がいた。まるで天使のような優しい口調で、彼女は語りかけてきた。
「目を覚まされましたか?家田杏里さん」
いや、起き上がったんだから目を覚ましてるに決まってるだろう?おかしなことを聞くなあ。
「いや、起きたよ!っていうか、なんでこんな所に姫路さんいるの?」
私の寝室にちょこんと、しかしながらピンと背筋を伸ばして座っていた彼女は、真っ直ぐで純粋に思えた。
「家田杏里さん!」
びくっとなった。いきなりの大声は、私の耳に劈いて離れなかった。
「返事がありませんね」
「いやいや、返事してるじゃん!!私だよ!?私が家田杏里だよ!?」
勝手に人の家に入り込んできて、何をしているのだろうか。私は姫路を憤慨したくなったが、それ以前に彼女がこんなことするのかという根本的な疑問に立ち返った。どっきり、なのだろうか。それにしてはなかなかに悪趣味である。というか犯罪である。
「隊長!隊長!」
そう姫路が台所の方を向いて呼びかけると、真っ白なスーツを着た濱野が入ってきた。
「隊長、やはり返事がありません」
「そうか。こうなったら人海戦術だ」
濱野はやけに気合の入った声でそう言った。というか隊長って、何の隊長だよ。
「え?え?何の?何の話!?」
私がそうやってあたふたしていると、今度は大量の人間が私の部屋に押しかけてきた。みんながみんな、真っ白のスーツを着ていて、胸には白百合の文様を施されたバッチをつけていた。
「杏里!杏里!」
昔の同級生がそう呼びかける。
「先輩!家田先輩!!」
こう言ってるのは恐らく遠垣だ。
「おい目を覚ませよ!家田!」
熱く問いかけてるのは有田だろうか。少しタイプとは違う気がする。
「杏里ちゃん!どうしちゃったんすか?」
この軽い声は沢木だろう。
「ねえ、しっかりしてよ!」
阿部ちゃんだなこれは。しっかりとした声色が耳に響く。
「ああ姫様!どうしてこんなことに……」
亀成か。最後まで気持ち悪いままだな。
「畜生、まだ、まだ何も返せてないのに……」
おい誰だ悔しがっているの?今野か?お前そんなキャラじゃないだろ?
「くそ!ダメなの!?これでも目を覚まさないの!?」
「いや覚してるから!ね?」
唇を大袈裟に噛む濱野に対して、私は全力でツッコミを入れた。そりゃそうだ。だって私は目覚めて、今オロオロしている姫路の近くにいるのだから。
「そのくらいにしとけよ」
その声で、周りは一気に静かになった。その声の張本人は、結城だった。
「おい結城!?お前何言ってんだよ!?!?」
「そうよ!俺たちは家田が戻ってくるように声かけてるだけなのに!!」
なんだなんだ!?!?茶番にしてもいまいち全容がよくわからないぞ。一体どういうロジックなんだ!?頭を抱え始めた私を尻目に、いきなり結城は語り始めた。
「もういいじゃねえか。昔の家田はもう、戻ってこないんだよ。いまのこの、宇宙人だなんだ言ってる家田が、本当の家田なんだよ。だってそうだろ?本当の人格なんて、当の本人ですらわかってないんだから。それを他人があれこれ言うなんて、できてたまるもんか。そうだろ?」
「でも、それだったら、この家田杏里は、もう2度と戻ってこなくなるじゃない」
「そうだ。もう、みんな諦めるんだよ」
え?なになに?何このb級映画のクライマックスみたいな流れ!?そう思って振り返ると、私はついぞ衝撃的なことに気づいてしまった。
「もう、家田杏里は、嘘なしでは生きていけないんだよ。彼女はもう、昔には戻れないんだ」
私が、寝ていたのだ。まぎれもない私だった。身長、肉付き、髪質に顔のパーツに至るまで、完全完璧に私だった。ただひとつ、目の下にある傷だけが無くなっていた。包帯も巻いていなかった。
そういうことか。私は死んで、私しか残らなくなったのか。全てを察して私は………私は…………
がばっと起きて、これが夢だと気づいた時には、もう頭痛で頭を抑えるしかなかった。いやまあ、よくよく考えたら夢以外の何物でもないのだが、しかしまた私の心の奥底をえぐるような夢なこと。こういうのを悪夢と呼ぶのだろうな。いやらしい話だ。
宇宙人だって夢は見るし、当然悪夢も見る。この星では夢というものに何かしらの力を期待している幻想野郎がいると聞いたことがあるが、そう言った類のものに関してはしっかりきっかり否定されている。例えば夢の中であった人は向こうが会いたがっているから出てきたのだとか。逆に夢に出てこない方が愛を募らせているのだとか。バカバカしいにもほどがあると、アルフェラッツ星人の見地から述べたい。だって夢というのは脳味噌が情報を整理するために行うものなのであって、そこになんらかの神秘性を感じろという方が無理難題なのだ。そのロジックを理解しておきながら夢になんらかの可能性を模索している層は、恐らく強烈な科学アンチなのだろう。
しかしながら、夢のロジックに神秘性がなくとも、じゃあ悪夢でダメージを負わないかといったらそれは間違いである。宇宙人でも悪夢には弱い。特にあのような、私の過去をえぐってくるような夢には、滅法弱いのだ。私達は、知識では結構な上位種であると自覚しているが、メンタルではそこまでの強度を保てていないのだ。それは私のせいではない。アルフェラッツ星の特色なのだ。
立ち込み続ける頭痛に悩まされながら、私は時計を見た。寝起き最初に見るのは時計だ。それは地球人と同じだ。問題はその時刻である。
10時、15分!!!
やばい!流石にやばい!!今日の集合時刻は10時だ。しかも場所は茨田駅だ。完全に寝坊してしまった。何の言い逃れもできない遅刻だ。
携帯を見ようとするや否や、電話が掛かってきた。電話の主は、もちろん結城だった。
「もしもし結城!?本当にごめん」
私は開口一番そう言った。
「お、やっと出た」
「もうついてるんだよね!?」
「やー俺も寝坊したからごめん遅れるって連絡したのに既読つかなくてさあ。どうしたんかなあと……」
「完全に寝てた。すぐ行……」
私は慌てて立ち上がったその瞬間に、世界が反転した。これは知っている。立ちくらみというやつだ。そのまま私は、布団から大きくずれた所で崩れ落ちてしまった。そしてそのまま意識を無くしてしまった。携帯を切ったかどうかすら、その時の私には判別できなかったのだった。




