112枚目
場違いという言葉は厳しい響きを持っているが、それは現在の私を表現するために生み出されたのであろう。そもそもサッカーの試合という時点で万年家引きこもりんな私には刺激の強いイベントであり、おそらく今日帰宅したら疲労困憊になること請け合いというのに、一緒に見ているメンバーがカオスなことになっているのだから救いようがない。
「嘉門さんってサッカー好きなんだ」
有田はファンクラブ会員の嘉門にそう笑いかけていた。お前気づけよ!向こう顔真っ赤じゃねえか!男は勘違いする生き物なんだろ?勘違いして笑顔で笑いかけるとかいう愚行を止めろボケが!!
「あ………うん…………そう…………です………」
そして嘉門もなんだその反応は!!お前私はいじめてた時もっとハキハキ話してただろうが。何下向いてんだ!!何小声になってんだしばくぞ!
「わああああ人いっぱい!!!!すごいね!すごいね!こんちゃん」
そして知り合ったばかりの………名前なんだっけ?馬鹿っぽい発言を並べに並べまくっててうざったい。その半音上げた猫撫で声もうざくて耳を塞ぎたくなる。
「でも、これだけいても君より綺麗な人はいないよ」
「んもう!!こんちゃん!!!」
そして1番イラつくのはお前だ今野!!安っぽい口説き文句で相手を調子付かせやがって、許さん、本当に許さんぞ!!
「ん?どうした家田?体調でも悪いのか?」
有田がそう声をかけてきた。
「別に?」
「そうか?なんか元気無さげだぞ。全然話せねえし」
「いいじゃん。私っていっつもあんま喋らんでしょ」
そもそも右隣に有田、左隣に今野という両手に男な配置なら、私のような男性恐怖症な人間には押し黙ってしまうのが当然の帰結であろう。ん?なになに?私が、いつ、男性恐怖症などという症例を発症したのかってか?そんなもん、そうだな……今日からということにしておこう、うん。
「そもそも、家田さんってサッカー好きなの?」
嘉門がそう疑問をぶつけてきた。私はなるべく嘉門の方を見ないで答えた。
「いや、来るの初めてだよ……うん」
「俺が誘ったんだよ。ガンバの方からチケット貰ったらしくてさ。本当はもう2人誘ってる予定だったんだけど両方ドタキャンされて、どうしよっかなって思ってたらこんちゃんの2人が来たって感じ」
「ふふふふふ、崇め奉りたまえ」
「たまえー」
なんだこいつらという顔をしつつ、今野と今野の隣に座っていたりっちゃんを見ていた。
「嘉門さんは、好きなの?」
私は恐る恐る尋ねた。
「まあね。私も家族みんなガンバのファンだから、もう子供の頃から染み付いちゃってるっていうか……そんな感じね」
「こいつの兄貴、去年までうちのサッカー部のエースだったんだよ。で、弟はガンバjrのレギュラー」
ジュニア?そんなものまであるのか。サッカーに本当に疎い私は、下部組織というものがあることすら知らなかった。因みに先程から度々出て来るガンバというのは、ここ万国展覧会競技場をホームとしているJリーグチーム、ガンバ北摂のことである。今日は常陸アントラーズというチームとの一戦らしい。電光掲示板にはガンバのカラーである青黒のストライプと、赤一色に黒点を彩ったアントラーズのカラーが浮き上がっていた。向かって右側がガンバの熱狂的ファンで埋め尽くされていて、左側の一部に濃い赤色のユニフォームを着た集団が固まっていた。
「いや、ほっさんにはマジお世話になったわ。元気してる?」
「はい。大学に入って、性懲りなくサッカーをしてます」
「あの人入ったの関畿大だよな?名門大でサッカーとか大変だろうなあ」
「そうですね。………結構大変だって聞く、うん」
「弟さんはどう?ガンバユース上がれそう?」
「やー結構当落線上らしいよ………うん。なかなか狭き門で」
「まあガンバって言ったら育成世代の質めっちゃ高いからなあ」
「そうそう、その辺が深谷ダイヤモンドレッズとは違うところ!あそこ補強してばっかだからさ」
「ワンチャンうちきてくんないかな?」
「いやあ、藤高は微妙らしいね。そうじゃなくてもガンバjrってだけで引く手数多らしいし」
「それもまあ、そうか」
「残念だけどね」
家紋と有田の話に、私は入りきれずにいた。そりゃそうというやつだろう。こんな話、サッカー自体見たことのない私が入り込める代物には思えなかった。現にもうすでに聞き覚えのない単語が乱舞していて、その理解すらなかなか及ばないレベルだ。私にはこの話は難しすぎたのだ。これは自明の理だった。
その一方で有田は、チロチロとこちらを見て来ていた。お?なんだ?私が浮いてるから構いに来たのか?しかしそれは良くない傾向だ。なぜなら私は1人でこの世界的人気スポーツの魅力について記しているのだから、他の人の邪魔など許さないというわけだ。私は宇宙人である。孤独を愛するアルフェラッツ聖人である。こんなところで油を売っている暇なの、なんて意見にはグーパンチだ。
どんどんとドラムがなって、選手が入場して来る。チアガールが踊っていて旗が振られている。その光景は綺麗で、それに見とれていた。周りなんてどうでもよかった。そもそも遠垣が居ない時点で、私は1人みたいなものなのだから。そうしてぼうっとピッチを見る私は、どこか昔に戻った感覚がした。
黙ってやり過ごす時のステルス機能は、いつまで経っても落ちることはない。息をひそめる。ただ単に、誰よりも息をひそめる。黙っているのではない。空気と同一化するのだ。周りの風景と完全に同化し、あたかもそこに誰もいないかのように振る舞うのだ。これは決してぼっちだから手に入れているスキルではない。私は宇宙人だ。誰がなんと言おうとも遠く銀河の果てから来たアルフェラッツ星人だ。そんなアルフェラッツ星人において、潜入捜査におけるこうした同化スキルは必須なのだ。わかるか?わかるな!よし。
それにしてもサッカーとは、よくよく考えると不思議なスポーツである。嘉門と有田がサッカー部の内輪ネタで盛り上がり、今野とりっちゃんがよくわからない2人きりの世界へ飛び立っている間、私はピッチに並んでいる選手達を見ながらそう思っていた。この星の人間は、足と手どちらがより発達しているかと言われたら、間違いなく手である。この手は箸を掴むこともできるし、物を創り出すこともできる。一方で足は、大凡歩くことや支えることといった重労働につきっきりである。にもかかわらずサッカーというスポーツは、手を使ってはならず、その殆どを脚だけで動かしていく。実に非効率的だ。あえて自分達の動きに制限を加えることで、よりゲームを面白くしている典型例と言えるだろう。私らの星には、こうした発想はなかなか無かった。
有田がちらりとこちらを見て来た。ピッチに選手達が散らばり、いよいよ試合開始といったタイミングだったので、目ざとく見つけてしまった。恐らく嘉門との話にもある程度満足したのだろう。それか、先程から黙りこくっている私の存在に、とうとう気づいたのだろうか。
いいんだぞ、というメッセージを彼に送りたくなった。私は別に1人でいいんだぞ。というかあんたといつも通りの馴れ馴れしい会話をしていたら、隣にいる嘉門から何言われるかわからないから、むしろ話しかけない方が嬉しいんだぞ。私は平穏に暮らしたいのだからな。前のような糾弾される日々なんて、もう2度と過ごしたくないのだからな。
「なあ、家田」
そんな私のささやかな願いなんて、この男に通じるはずがないのだ。まあ、知っていたというやつだ。ここで話しかけないほど、彼の感性は鋭くない。私は心の奥底で深く深くため息をつきながら、
「ん?どうしたの?」
とまるで少しボーッとしていたかのような声を出して振り返った。奥にいる嘉門が、少し怖い顔をしていた気がするが、気にせず有田の顔を見た。
「なんかお前、体調悪いのか?」
「え?全然!」
「そうか?なんか疲れてる気がしたんだけど……」
まあ疲れてはいるな。うん。それは間違いないわ。
「大丈夫だよー!あ、そろそろ試合開始だね」
自然と私から話題をそらす。そして嘉門の顔を見る。ほら、あんたの憧れの人が隣に居るんだぞ!もっと頑張って話せ!私はのんびりしてるから!
どれだけ伝わったかわからないが、嘉門はまた有田に声をかけ始めていた。私は、プレー1つ1つにすごーいというだけの作業を始めたのだった。




